第22話
雨は静かに降り注ぐ。
森の中のあちこちでは戦いが繰り広げられていた。
魔法が飛び。
刃が振るわれ。
爪が立てられ。
声が響き。
叫びが轟く。
それらは雨の音をバックミュージックにして繰り広げられる。
時折森の中から煙が上がる。するとその地点へ向かってフレンやウェルスが駆けてゆく。そして煙を上げた者を救助して、合宿場へと戻ってゆく。
下がったり。
救助を求めたり。
奇襲を仕掛けたり。
真正面からぶつかったり。
それぞれが、各々の判断を行いながら化け物狩りは進んでいく。
そんな様子を森の中のあちこちに設置された、小さな木の実のような赤い石がジッと記録・観察していた。
それは化け物狩りの成果を記録するために昨日の朝から森の中に取り付けていたモノ。
ウイの前世の世界で言う所の監視カメラのような魔道具であった。
ただしこの魔道具は記録したモノをリアルタイムで見るということはできず、5分強のタイムラグが存在しているため、あまり実用的ではないとされている代物だ。
そしてそれを利用し、モーリェたちは化け物狩りの成果を記録していた。
「にぁははは! みんな凄いやるにゃねぇ~」
その部屋は若干薄暗くされており、しかし壁中一面に配置された石板から漏れる光によって、それも感じさせないほど明るかった。その石板には森の至る所から送られてきた映像が映されており、どの石板を見ても戦っている生徒の姿がる。
「そうみたいですね。……だけど去年の私のように瞬間火力で大量撃破という手段を用いる人はいないみたいですね」
「にゃはは。そんなことやるのはピストちゃんぐらいにゃよ」
モーリェとピストリィは口々に感想を言い合いながらも、各自の化け物の討伐具合を記録してゆく。
「それにあの後ピストちゃん、ガス欠になってそのまま救助されちゃったじゃないかにゃ~」
「問題ありません。どうせ討伐数は稼げてましたし。それにアレが一番楽で、効率的ですし」
「まぁ確かに楽だにゃねぇ~。合宿の意味が全くないということに目を瞑れば、にゃけど」
モーリェはそう言葉を零しながらペンを走らせた。モーリェの隣には山のような書類が積まれていた。だがそれらは未完了の仕事ではなく、すでに完了した仕事の書類であった。
それを見てピストリィは不自然に思いつつも自分のペンを走らせた。視線は部屋中の石板。そこから映し出される映像だ。
「今年は最後までやり切る人が多くなりそうですね」
「だにゃ。ある意味合宿の成果がしっかりと出てると言えるにゃね~」
鼻歌でも歌うように、モーリェはそう答えた。
「……」
「? どうしたかにゃ?」
「会長……」
「?」
「さっきから気になっていたんですが、ウイさんとティミッドさんが全く映らないのですが……」
「うにゃぁ~?」
ピストリィの言葉にモーリェは惚けたような感じをしながら書類に集中しだした。
「その反応……何か知ってますよね」
「何のことにゃ~?」
「……」
「ふにゃ~」
無言の圧をピストリィから感じつつも、モーリェの態度は変わらずであった。
「……はぁ」
そして根負けしたかのようにピストリィはため息を吐いた。
「どうせ教えてくれないんですよね」
「うにゃ~」
「ならせめてこれだけは教えてください」
「?」
「大丈夫なんですね」
生徒会副会長としてのピストリィのその言葉にモーリェは、
「そりゃもちろんにゃ」
いつも通りの調子でそう答えた。
* * *
ティミッドは目の前の光景が信じられなかった。
「あはははは‼」
黒髪の少女が雨に打たれながら笑い声を上げて刀を振るっている。
「せぇ~いッ‼」
「――‼」
振るわれる刀はきれいな一閃を描き、その軌跡の後を血の軌跡が追っている。
「「――‼」」
「同時にかぁ~」
「「~~‼‼」」
「それは面白いッ‼」
熊の化け物を2匹同時に相手にしながら、他の化け物たちによる横槍を捌いていく。
腕が飛び、足が飛ぶ。
肉が飛び、千切れた毛が何本も舞って、落ちていく。
さっきまでは穏やかな雰囲気であったこの小さな草原は、すでに血と泥に染まってしまっていた。
「――――‼」
「――!」
「――――!」
「「「――‼ ――‼」」」
そしてそんな場所で戦う化け物とウイ。
どう考えても数的に、そして先ほど私が与えた傷的にも、この結果はあり得ない。
「はぁ‼」
「~~⁉」
「――――――――‼」
「もう一匹‼」
「~~~~⁉」
「あはははは‼」
彼女は、ウイは、この化け物たちを圧倒していた。
刀で切り裂き。
足で蹴り飛ばし。
手で投げ飛ばし。
鞘で押さえつけ。
ときには飛んで。
ときには転がって。
ときには化け物の背に乗って。
そうやって縦横無尽に動き回って、この数の化け物たちを圧倒していたのであった。
すでに私の思考誘導は解いている。
そのためいつ私のほうに化け物が襲いかかってきてもおかしくはない。というかもう襲われ、食われ、死んでいるはずなのに、ウイの暴れ具合に気を取られ、私のほうには来る化け物はあまりいなかった。
「あはははは‼」
化け物たちの意識はウイに注がれ。
「「「――‼」」」
ウイを殺すために、私の魔法に関係なく、協力をしている。
「――‼」
「させないよッ、と」
そして時折私のほうにやってくる化け物はウイによってしっかりと防がれてしまう。
「ふぅッ……あと少しぃ~‼」
そしてとうとうあんなにもいた化け物たちの数は手で数えられるほどになっていた。地面には何匹も、何匹も、何匹もの化け物たちが横たわっている。
その体は欠損していたり、切り裂かれていたり、切断されていたりと様々だ。
「……んで……」
その光景が信じられなくて思わず言葉を漏らした。
「な、んで……」
言葉が漏れる。
「なんで……」
何度も何度も言葉は漏れていく。
「どうして……?」
疑問は止まず、何度も漏れる。
どうして死んでないの?
どうしてそんなに強いの?
どうして私を守るの?
どうしてそんなに楽しそうなの?
どうしてそんなに自由そうなの?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして⁉
疑問がどんどん湧き出てくる。
意味が分からない。
理解できない。
何より理解できないのはウイが私を守っていたことであった。
私の周りにはきれいに切断され、地に転がる化け物の死体がいくつかある。
それらはウイが私のことを守っていた証明であった。
これまでの合宿の最中。
私がウイのことを刺す前であったなら理解できた。
あのときは私の垂れ流されて勝手に発動されている思考誘導によって、私に対して好印象を抱いていたから。だから理解できる。こうなるのは理解できる。
だが今はそうじゃない。
今の私はウイを殺そうとした人間。
助ける価値も、守る価値もない人間。
害を与える人間。
思考誘導を使うのを止め、垂れ流し状態に戻ったことで自分への好印象を抱くように誘導されていたとしても、先ほどの行為で、私の小さな魔法なんて無意味になっているはずだ。
だから守ろうなんて思わないはずなのだ。
なのに……。
なのに、なんで……。
「これでぇ~、最後ッ‼」
「~~⁉」
ウイはとうとう最後の化け物の首を落とした。
雨で濡れる大地に広がる血の量が、どれだけ化け物を殺したのかを物語っていた。
「……ふぅ~」
その中でウイは一人、血に濡れた刀を持った手をダラリとさせながら佇んでいた。
その光景は思わず心を奪われそうになるほど、様になっていた。
「さてと……」
そしてウイはそう言うと私のほうを向いて無言で歩いてきた。
それを見て私は思った。
(あぁ……そうか……自分の手で私を殺すために守っていたのか……)
そう思うと自然に納得できた。
そして簡単に受け入れられた。
元よりウイを自分の手で殺して死ぬつもりだった。
それがウイを殺さないで済んで、その上大嫌いな自分も消えれる。
なんて良い結末なんだろうか……。
私は目を閉じた。
そして刀が振るわれるのを待った。
そのとき私の頭に浮かんだのはお母さんのことであった。
私が小さい頃に死んでしまったお母さん。唯一記憶にあるのは頭を撫でてくれたことと、私と同じピンクの髪であったことのみ。
(これでお母さんの所に行ける……)
意見を言えず。
反論できず。
言われるがまま行動した。
行動していた。
お父さんの人形であった自分が嫌いであった。
『お前なら簡単にやれるはずだ』
『お前の力なら証拠も残らん。ただの事故だ』
『必ずやれ!』
『俺の言うことに従うことがお前の役割だ!』
『だから』
『やれるよな』
お父さんの言葉は今でも一言一句間違えなく、思い出せる。
自分の手でウイを殺そうとしたこと。それだけが私のできた唯一の、小さな小さな抵抗であった。
『お前の力は使える。だから鍛えろ。それ以外は何もするな』
ただ言われるがまま。
ただそこにいた。
ただここにいた。
『ん? こいつ等か? こいつ等は組織に楯突いてきた奴らだ』
『何をするのか?』
『そんなもの罰を与えるだけだ』
お父さんの所業を見た。
痛みを与えるのを見た。
苦しませているのを見た。
不幸にしているのを見た。
ただ見ていた。
だけどそれも今日で終わり。
今で終わる。
あと数秒で終わる。
(もう少し……ちゃんと……やればよかった……)
後悔ばかりがいくつもある。
反論すればよかった。
もっとちゃんと話せばよかった。
何か行動すればよかった。
もっと、もっと……ウイと話してみたかった。
そして刀が振られ――
……。
……。
……。
……。
……。
……。
…………あれ。
私はいつまで経っても振り下ろされないことに不思議になって目を開けた。
するとそこには刀を鞘に戻して、私の目の前で不思議そうにしながら立っているウイがいた。
「目なんか瞑ってどうしたの?」
ウイはそう言って私に手を差し出した。
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