第21話


「はぁ……はぁ……」


 私と化け物たちの大群が接触して1時間ぐらいが経った。


 あんなにいた化け物の量はだいぶ減ってきていたが、それでも減ってきただけ。

化け物を減らせば減らすほど、どれだけ節約しようと、効率的動こうとも、体力や魔力は減ってしまう。

 その上、こんなにも戦っているのに化け物たちが残っているというのは、今残っている化け物たちがそれだけ手強いということだ。

 つまりそれは事態が悪化しているわけではないが、逆に好転しているわけでもないということであった。


「はぁ、はぁ……ハハッ!」


 私の呼吸も少々荒くなってきた。

 この物量を一気に捌くのに、一定の呼吸を保ち続けることなどできるわけもなく、すでに乱れ始めていた。

 だがそれでもこれらに関してはまだ問題になるほどではなかった。

 確かに疲れる。減っていく。

 だがまだまだ動くことができる。

 私にはその確信があった。


「はぁ!」


 体力にはまだ余裕はある。

 魔力にも余裕はある。

 鼓動は早く、息も荒い。

 だがそんなのは普通の反応。


「あははは……あはははは!」


 私は笑いながら呼吸をゆっくりといつも通りに戻していく。

 無理やりには戻さない。

 ゆっくり落ちついて戻していく。


「ふっ‼」

「――‼」

「――――‼」


 私の振るった刃が化け物の体を切り裂いていく。しかしそれは致命傷ではない。せいぜい体の表面を切り裂いた程度。この程度では倒しきることなどできない。倒すならばもっと深く刺し込み、切り裂かなければならない。


「ハハッ……やっぱり数が多い!」


 さっきまでの化け物。特に私が最初のほうにぶつかったあの化け物の群れ。あれらは体が小さく、毛もそこまで硬いというわけでもなかった。

 そのため何匹かをまとめて切り裂いて、そのまま致命傷にすることができた。


「はぁ‼」

「――⁉」

「――――――?」

「――?」

「「「――‼」」」


 今戦っているこいつらはそうじゃない。

 毛は硬く、皮膚も骨も硬い。もしかしたら内臓も硬かったりするかもしれない。防御力はあの群れの比ではない。そのため複数まとめて切り裂いたとしても、致命的な傷なんて与えられなかった。


 まさにあの猿。あそこからが本番で、あの群れの化け物はチュートリアルみたいなものだったとでもいうかのようだ。


「タイミングはしっかり合わせてぇっ!」


 私は地面を蹴って木に飛び乗って、前後からの突進を避けた。


「~~‼」「――⁉⁉」


 突進をしてきた熊みたいな化け物と牛みたいな化け物は目標を失ったことでそのまま互いの頭をぶつけた。熊の肩には牛の持っていた私の太ももぐらいの太さを持った角がぐさりと刺さり、低いうめき声を上げた。一方の刺してしまった張本人ならぬ張本牛と言えば、突然自分の角に刺さった熊に驚き、錯乱しながら暴れ回っている。


「ニッヒッヒ~……良いぞ、良いぞ~。その調子でやってろ~」


 流石にあのデカ物をまとめて相手するのは手が折れる。

 私は僅かにできた余裕を利用して呼吸を落ち着けようとした。


「――‼」


 だがその直前甲高い鳴き声が聞こえた。

 横を見ると、私が乗る木とは別の木の枝に猿のような奴――ただしさっきの奴とは違い、細身な猿――が立っていた。そして私が周りを見渡すと、そこら中に小型、中型サイズの化け物がいた。


「あぁ、忘れてないよ。私の相手はあれだけじゃないんだから」


 私は息を整えきる前にそう言った。

 こんな状況ではゆっくり息を整えるなんて夢のまた夢である。


「ふぅ~」


 それでも最低限呼吸を落ち着かせようと大きく息を吐いた。

 そのタイミングで化け物たちは一斉に飛びかかってきた。しかしそれは無秩序で策も糞も何もない物量による攻撃ではない。それぞれ一斉に飛びついたように見えて、タイミングをずらしたり、投擲をしたり、私の乗る枝を折ろうとしていたりと、連携らしきものが見えていた。


「⁉ ホントッ、どうなってんだか⁉」


 私はすぐにその場を飛び退き別の木へ移動。

 さっきまで乗っていたところが一瞬で折られ、太い枝が落ちていくのを眺めながら私は体を回転させながら間合いに入って来た化け物たちの指や手首を狙って斬っていく。


「⁉」

「――――‼」

「「「――‼」」」

「――――――‼」

「「「――――‼」」」


 だが結果は芳しくない。

 まるで統率されているかのように私の攻撃を避け、距離を取ってしまう。そしてすでに私が着地点へ下りたところ狙っている。


「はぁ……お前ら種族違うだろっ‼」


 私はそう叫びながら体を思いっきり捻り、そして私から離れきれなかった化け物の頭へ刀を突き刺し、そのままそいつを足場にして方向転換。一番化け物の数が少ないほうへと飛んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 それにしても。

 それにしてもだ。

 私は今のこの状況に違和感を感じていた。

 化け物の数が多い――ということではない。

 確かに数は多すぎるかもしれない。だがこのぐらい、大量の化け物に襲われるなんてことは起きないとは言い切れない。何せ私はさっきからずっと笑い声を上げたり、血の匂いをまき散らしたりしている。だからこんなに集まるのは別に不自然ではない。

 ならば何か。

 何に違和感を感じているのか。


 ――それは化け物たちの動きだ。


 熊と牛の挟み込むかのような前後からの突進。


 それにさっきの息を合わせたかのような多種多様な攻撃。


 後ろに下がるのも妙に息が合っている。


 まるでこの化け物たちが何かに統率されているかのような連携であった。


 別に統率されること自体はおかしくない。なにせさっき私が戦った猿たちはそれぞれ連携を取って、私に攻撃を仕掛けてきた。だから本来であれば別におかしくはない。おかしくはないことなのだ。

 だがことこの状況に置いては違うのだ。


「熊に、牛に、猿に、狼……」


 元の種族はバラバラ。

 多種多様。

 選り取り見取り。

 多分この森に生息している化け物、全種類をコンプリートしているかもしれない。

 そのぐらいバラバラなのだ。種族も生態も違うはずのモノ同士が集まり、連携し、たった一つの得物この私を狙っている。


「どう考えてもおかしいでしょう‼」


 思わずそう叫んでしまった。


 だがそう叫ばずにはいられなかった。


「……まぁそんなこと言ったり、考えたりしている場合じゃないか……。今はちょっと引かないと流石にヤバイ……」


 私は刀を逆手に持ち、進行方向にいる化け物の足を斬りながら急いでその場を離れていった。


「――‼」

「⁉ 邪魔ッ‼」


 急に頭上から降って来た翼が小さい鳥の化け物を鞘で吹っ飛ばしながら突き進んでいく。

 鳥は後方のほうで他の化け物とぶつかったようで、大きな音と振動が響いてくる。


「すぅ~…………はぁッ‼」


 私は足に魔力を集中させ、全力で大地を蹴った。足は少しだけ土の中に沈み、次の瞬間には大きく土を巻き上げながら加速した。


「ふっ、ふっ、ふっ」


 そして一定のリズムで地面を踏みながら少しずつ化け物の大群から距離をとっていく。

 だがあちこちから生えた木々の根っこが邪魔をするのと、地面が若干ぬかるんでいるせいで、完全に引きはがすことはできない。


「あ! ティミッド!」

「……」


 私が駆けていった先。そこは木が少なく、ちょっとした草原になっていた。大きく開いたところから見える空は相変わらず濃い雲が一面全てを覆っていた。


「……」

「こんなに連れてきちゃってごめん!」

「……」

「ちょっと危ないから逃げてッ‼」


 私はティミッドにそう伝えながら後ろを見た。


「――――‼」

「~~~~‼」

「――‼」

「「「――‼」」」


 そこにはさっきよりは距離はだいぶ離れたが、相変わらず大量で多種多様な化け物が私を追いかけてきていた。


「……」

「ちょっ、ティミッド。巻き込んじゃうから逃げて!」


 私はそう言いながらティミッドの前で振り向きながら止まった。


「……」

「ちょっ、ティミッド。早く!」

「……」


 しかしティミッドは何の反応を返すわけもなく、無言であった。

 これまでのように「えっ」や「あ」とも返すこともなく、ただ無言。何も反応は返ってこない。


「ティミッド……?」

「……」


 私は流石におかしいと感じ、ティミッドのほうを見た。ティミッドは朝と変わらず、硬い表情であり、髪が顔にかかっているせいか、それとも何かあったのか。少々影がかかったように感じる。


「…………ご」

「え?」

「ご、ごめん、なさい……」

「いやこれは私が悪いんだから。ティミッドは急いで逃げて。もし本当に危なかったら…………」


 ……。

 ……。

 ……あれ? 

 会長たちを……モーリェたちを呼ぶ……?

 あまり使いたくはなかったとはいえ、その手があった……。

 モーリェも言っていた。命は大事だと。蛮勇はするなと。

 わかっていたはずだ。

 もし危なくなったら、助けを呼ぼうと。

 私は姉様みたいに最強ではない。だから不可能なこと、越えられない壁、それがまだ存在することを……。

 だから本当に無理な状況なら助けを呼ぼうと……。


 なのに……。

 なのに……。

 なのになんで――私はそのことが頭に思い浮かばなかったんだ……。


 私の思考が止まった。

 前方から迫る化け物たちを機械的に認識し、反射的に刀を構えた。


「……」


 言葉が出ない。

 言葉が思い浮かばない。

 ティミッドの唐突な謝罪の言葉はすでに頭の片隅へと追いやられている。


 そして――


「……ほんとうにごめんなさい」


 グサリ。


「えっ?」


 背中から何か軽い衝撃があった。

 後ろから何かが刺さった。

 ジワリと熱いモノが広がるような感覚がある。


 私は恐る恐る後ろを再び振り向いた。

 するとそこには私の体に――腹部の辺りを突き刺さした短剣があった。


「……ティミッド……?」

「おとうさんが……おとうさんがやれって……いうんです……」

「……」

「だから……ほんとうにすみません……。

 わたしも……ついていきますから……」


 顔の半分を隠すその髪から僅かに覗かせる瞳は話し終えるとそのまま口元と同じように閉じられた。

 そしてティミッドのその手に握られた短剣は私の体にしっかりと突き刺さっている。

 それがこれを現実だと、確固たる現実だと証明していた。


「うぐっ……」


 私は予想外の痛みに思わずうめき声を上げた。

 剣が蓋となっているおかげか、流れ出る血は少ない。


 まさか今日一番の負傷がティミッドからによるものになるとは……これは……思いもよらなかった。


「……」


 私はここでようやく思考が追い付いた。

 何が起きているかが全部わかったわけではない。

 ティミッドが何をしたのか。

 何を思ったのか。

 そのすべてを理解したとは言わない。

 ただ一つ、ティミッドが私を殺そうとしており、そしてそのまま死のうとしていること。それだけは理解できた。


 前方からは化け物たちが血走った眼をしながら迫ってくる。


 化け物たちは小さな草原に踏み入った。


 草花をその足で蹂躙しながら私たちへと迫ってくる。


「「「――‼」」」


 その叫びは私の肌を震えさせるほどに大きかった。


「ねぇ、ティミッド……。

 ティミッドは何をやったの?」


 私はその叫びを感じながらティミッドにそう尋ねた。


「……」

「ごめんって言うなら、それぐらい教えてくれても良いよね」

「……せ、せいしんまほうを……。しこうゆうどうの、せいしんまほうで……ばけものたちを、ゆうどうして、おそわせて……」

「うん」

「それと……ういさんには……たすけをよんだり、しないように……しこうをゆうどうして……あとはここにくるように……ゆうどう。そしてういさんが、つかれているところを、いまさしました……」


 ティミッドはいつもの緊張したような口調ではなく、何か大仕事をして疲れたかのようにそう言った。


「ふぅ~ん。そう……」


 私はそれを落ち着いて聞いていた。


 思考誘導をする精神魔法か……。なるほど。化け物が変に統率が取れていたのはそういう思考をするように誘導した結果か……。


 私はそう言いながら刀を強く握った。

 力は抜けてない。

 まだまだ動ける。

 ちょっとまだここでは死ねない。

 せっかく楽しそうな相手がいるんだ。

 その相手にこうも手玉に取られて終わるとか、そりゃない。そりぁ、なしだ。


「ふぅ~」

「えっ……」


 私は短剣を無理やり引き抜きながら刀を両手で構えた。ティミッドは驚いたかのように地面に腰を落とした。


「この程度では私は倒れないよ。今までこれ以上の傷を負ったりしてきたんだから」


 私は笑いながらティミッドにそう言った。


 まぁだけど、そんな風に強がったところで危機的状況には変わりないけど。


 迫る化け物。その中に大型は3匹もいる。

 これをこんな開けたところで捌くというのは本当に大変である。

 私はスローモーションで動く世界を眺めながらそんな風に思った。


「ニヒッ……」


 虚勢か、実勢か。私の口からは笑みが零れた。



 そのとき。

 化け物の大群との接触まであと僅かのタイミング。

 まさにそのタイミングで雫が地面に落ちた。


 赤い雫。


 透明な雫。


 その二つが地面に落ちた。



 ポツ、ポツ……。


 ポツ、ポツ、ポツ、ポツ。


 ポツポツポツポツポツポツ。


 透明な雫は激しく、連続で、止めなく降り注いでいく。


 つまりは、雨が降ってきた。

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