第20話


「あはははは‼」

「「「――‼」」」


 私は前へ前へと進んでいった。

 刀を振り上げ、振り下ろす。

 森を駆け抜けながら一閃していく。

 私へと飛びかかってきた小型化け物たちは足を斬られ、首を斬られ、腹を斬られ、地面へと落ちていく。


「ふぅッ‼」


 硬い毛で覆われた化け物の皮膚を強化した刃で切り裂いていく。


「多い多い! めっちゃ多いなぁ~!」


 私に襲いかかってくれる化け物は意外と多く、斬っても斬ってもどんどんやってくる。

 確かに一匹一匹の防御力はそこそこだろう。下手に魔力を節約してしまえば、上手く斬ることができないってこともあるだろう。

 しかし、純粋なスペック自体は高くても、それを扱う知能が残念なことに低い。とても低い。凄く低いのだ。

 さっきから飛んでくる攻撃はほとんどが真っすぐド直球の突撃ばかり。

 数が多いのに、それを利用した連携攻撃などなく、ただひたすらに攻撃あるのみという感じだ。

 感嘆に言えば、要は脳筋ばかりということだ。


 ほぼ、この前の学校襲撃のときのウルトクフ教徒たちのように、有象無象を蹴散らすと言った感じの状況であった。いや、もしかしたら若干の連携みたいなのがあった、あの襲撃のほうが少々歯ごたえがあったかもしれない。まぁ五十歩百歩。どんぐりの背比べと、あまり誤差はないのだが。


「まぁ、楽しいから良いけど」


 しかし私は有象無象であることを利用して、溜まったインスピレーションみたいなのが存分に発散させていた。


 例えば、もっと早く攻撃を避けれるのに、わざわざ紙一重で避けてみたり。


 例えば、敵をわざわざ引き付けて、一気に切り伏せる。


 例えば、わざわざ化け物の背後に移動して、後ろから一刺ししてみたり。


 などなど。

 見栄え。カッコよさ重視で戦っていた。


 どう考えても効率悪く、危険が高かったりするが、おかげで私のテンションは絶好調。心の中は燃えに燃えて、昂りまくっていた。

 そのせいでさっきからずっと、疲れたりしてないのに呼吸が荒くなり、鼓動が激しくもなっていた。


「さぁッ‼」


 私はそう叫んで後ろから襲いかかろうとしていた猿みたいな見た目の化け物へ振り向きながら刀を横に振るった。


「――!」

「ニッヒッヒィ~。やっと良い感じのが来たねぇ~」


 そいつは私の攻撃を白羽取りのように受け止めた。さっきまで私に飛びかかって来た化け物たちとは違い、若干の知性がある。


「――!」


 猿みたいなやつは低く笑い声を上げるようにして鳴きながら、その手で受け止めた刀を折ろうとした。


 しかし――


「1,2……4匹。良いねぇ、良いねぇ。一気に来なよぉ‼」

「――⁉」


 刀は折れず、逆に猿みたいなやつ――もう長いから猿で良いか。その猿の指を裂きながら、その手から抜け出した。


「――‼」

「――‼」

「――‼」

「あははは。何言ってるかわかんないよ~」


 猿たちは仲間が傷つけられたことが相当苛つくのか、それとも逆鱗なのか、怒ったように叫び声を上げた。

 私はそれを笑って聞き流しながら傷一つなく、美しいままである刀身を一撫でした。


 私の刀が折れるなんてことはない。前にも言ったが、この刀は伊達に神剣を名乗ってはいない。その刀身は決して折れず、曲がらず、刃こぼれせず。己の仕える神の敵を切り裂く。そういう刀だ。


 だからこそここまで何度も打ちつけられたり、斬ったりしているのに何の傷もないのだ。


「――!」

「はぁ‼」


 そうこう考えていると指を斬られた猿が、長い腕を思いっきり振り下ろしてきた。私はそれを危な気なく余裕を持って避けた。


 ドンッ‼


 衝撃が地面に轟き、土煙が舞った。そして私の姿はその中へと隠された。

 猿たちは私を始末できたと勘違いしたのか喜んだように鳴き声を上げながら、手を叩いていた。


「……」


 私はこれ幸いと言わんばかりに、声を出さずにその煙の中を一瞬で駆け抜けた。そして私から一番離れたところにいた猿の真正面へと移動。


「⁉」


 猿は驚き、声を上げることもできずに固まった。しかし、生物の体に備え付けられた反射という機能によって、数秒後にはその強腕を振るっていた。

 至近距離にいる私はいきなりの飛んできたその攻撃を回避できず、吹っ飛ぶ。

なんてへまは起こさない。


「ニヒッ……」


 笑みを零した私は、腰を低く下ろし、そこから一気に刀を縦に一閃した。


「――⁉」


 猿は軽い悲鳴を上げながら縦に両断された。

 化け物を倒すだけなら縦に両断なんてしないほうが楽ではある。てか両断とか相手の体全体重を刀一本で受けながら、引き上げなければならない。普通に実践向きではないし、非効率的な行為ではある。

 だが私はそれを理解しつつ、猿を両断した。

 なぜならばそっちのほうがカッコいいと思ったから。


「いや~本当良い刀だぁ~」


 刀身は相変わらず冷たい。

 その刃に付いた大量の血は、スーっと下へと流れ、刃先からポタポタと地面へと落ちる。


「「「――‼ ――‼ ――‼」」」


 背後では猿たちが怒りの声を上げている。

 未だ飛びかかってこないのは、私のことをきちんと警戒しているからだろう。今にも飛びかかり、私のことをバラバラに引き裂きたいという衝動をわずかに備え付けられた理性で押さえ、ジリジリと私を囲むようにして動いていく。


「冷静さもあるとは……。これは期待以上。

 さっきまでのが前座なら、ここからが本番だね」


 私はそう呟きながら今日初めて刀をしっかりと構えた。

 さっきからずっと気は抜いていないし、舐めていたわけではない。だがそれでも趣味を優先しても大丈夫な相手と判断して、戦っていた。

 だがここからは違う。

 今のこの猿たちはさっきまでとは違い、きちんと連携を取る。

 全員が息の合ったようにして少しずつ動いているのがその証拠だ。


 ここからはきちんとやっていかなければならない。

 なぜなら相手も強いから。

 それに相手が強ければ、自然とカッコよく戦える。

わざわざ意識をせずとも、カッコ良い戦いとなっていく。


「さぁ。さぁ。さぁ。さぁ、さぁ、さぁ、さぁ‼」


 興奮に身を任せて私は叫んだ。


「かかって来いよッ‼」

「「「――‼」」」


 その瞬間火蓋が切られた。


 猿たちは一斉に大きく動き出した。

 一匹一番遠くから、私へ向かって何か――恐らく石を投石。

 一匹は地面を這うようにしながら私へ接近。

 一匹は木の枝へと飛び移り、そこからひょいひょいと次々に他の枝に飛び移って、上から私へ襲いかかる。

 そして最後の一匹は大声を上げながら私へ突進。


 それぞれ一匹一匹が別々の行動を起こし、なおかつ様々な視点から私にアクションを起こした。

 それらの行動の狙いは恐らく私の意識の散乱。

 視覚、聴覚を名一杯に使わせ、行動を鈍らせる。そういうことなのだろう。


 一匹に集中してしまえば、他の奴の攻撃を受けて一気に崩される。

 だが全員に集中しようとしたとしても、それでは全員を把握するのに精いっぱいとなり、やがて崩される。

 数の利をしっかりと生かした波状攻撃。

 なるほど。そいつはなんとも大変だ。


「ふぅ~」


 私はまず呼吸を整えながら降って来た石を避けた。


「「――‼」」


 そして避けた私を待っていたのは、上と下からの同時攻撃。

 2匹の猿が甲高い声を上げながら襲いかかってくる。

 その強腕で殴られる、または掴まれてしまえば一巻の終わりであろう。


 なのでしっかりと対処する。


「はぁ‼」


 私は刀を上へと上げ、猿の腕の関節の所へと軽く突き刺す。そしてそのままもう一方の腕へ向かうようにして刀を回すようにして斬っていった。


「⁉」


 飛びかかって来た猿の腕は力が抜けたようにしてだらりとなった。

 私はそこで刀を止めず、体の向きを調整しながら刀を振り下ろすようにして、下から襲ってきた猿のうなじを深く切り裂いた。


「――⁉」


 猿は叫び声を上げ、ドサッと地面に落ちた。

 だが私のほうへ飛びかかったエネルギーは上からの奴も下からの奴も、どちらの奴のも消えたわけではない。

 人間小サイズの砲弾が私へと着弾。


「はッ‼」


 私は体を縮こませながら飛び上がって、それらをギリギリのところで回避した。


「――‼‼」


 そこへ好機と思ったのか石を投げてた猿も駆けだした。


「よいしょっ」

「⁉」


 すでに私へと突進してきていた猿の背に飛び乗って、さらに高く飛び上がった私は木の枝を掴んで空中で停止。そしてそのまま、足場にした猿の首へ足を回した。


「……‼ ――‼ ……‼ ……‼」

「‼」


 駆けだした猿は途中で急停止することもできず、私の足で首つりさせられた猿と衝突。そのタイミングで私は枝から手を放し、高さを利用して、2匹まとめて貫いた。


「――‼‼‼‼」


 そのとき私の背後でとてつもない叫び声が轟いた。

 さっき私に腕の関節の所を斬られた猿だ。そいつは顔を歪に歪ませ、血走った眼をしながら私へ体をぶつけてこようとしてきた。


 だが――


「――それじゃあ遅いよ」


 私はノーモーション移動でその猿の脇を抜けていた。

 そしてその猿のわき腹は深く切り裂かれていた。


「――……」


 猿は声にならない叫びを残し、地面に倒れた。


「ふぅ~。いっちょ上がり」


 私はそれを見届けるとそう言いながら一息ついた。


 流石に今のは疲れた。体力や魔力にはまだまだ余裕はあるが、そんなの関係なしだ。普通に集中しまくっていたから、精神的に疲れた。


「ひとまず近くにいるのはこれで終わりかな?」


 私はそう言いながら周りを見渡した。

 遠くのほうからは相変わらず叫び声が響いてくるが、近くからは聞こえてこない。物音は少々したりするが、それは私から遠ざかるような音だ。


「3時間もあるし、ちょっとだけ休むか」


 3時間ぶっ通しというのもやれなくはないだろうが、途中で気力が途切れてしまうかもしれない。なので休める時にはちょっとでも休んだほうが良い。


「いや~それにしても。雨降らないなぁ~」


 木に寄りかかりながら私は上を見て言った。


「まぁこんな森の中だし。あの草原の中で戦うってわけではないから、絶好っていう状況じゃないし、別に良いか…………いや、まぁ、良くはないけど……」


 私は思わず「はぁ~」とため息を吐いた。

 そしてそろそろ行くかと寄りかかっていた木から背を離したそのとき、


「ん? あれって……ティミッド……?」


 私の視線の先にピンクの髪の毛が見えた。

 しかしすぐに木の陰に隠れ、そのままどこかへ消えてしまった。


「ティミッドもちゃんとやれてるのかな……」


 私は朝のティミッドの様子を思い出しながらそう呟いた。


「ちょっと心配だし……こっそりついていくかな」


 生徒会の人たちが記録をしているとは言っていたが、多分探知魔法とかを使った精度の高い記録方法ではないだろう。

 あらかじめ何か記録できるように化け物に何か仕掛けを付けている?

 それとも何か記録用の魔道具とかを取り付けている?

 はたまた生徒会全員で森を駆けまわって人力で記録? ……これはないか。

 どうやっているのかはさっぱりだが、ひとまずモーリェたちから見て、私がティミッドをちょっとだけつけるというのはその程度なら何も問題はないだろう。

 別に邪魔してるわけでも、助けているわけでもないし。


 私がそう考えながらティミッドが見えた方向に歩いていこうとしたそのときであった。


 ドドドドド……。


「?」


 ドドドドドドドドドドドドドド‼


「何だ、なんだ⁉」


 何かが大勢地面を踏みしめ、移動するような地響きが聞こえてきた。それも今まさに進もうとしていた方向から。


 そしてその正体はすぐに判明した。


「なッ⁉」


「――‼」

「――‼ ――‼ ――‼」

「――‼ ――‼」


 大小様々。

 熊のようなもの。猿みたいなやつ。子犬、狼、鳥などなど。

 多種多様、そして大量の化け物が血走ったようにしてやって来た。


「「「――‼」」」


「ヤバッ……」


 この光景には流石に私も一気に冷静になった。

 ティミッドが大丈夫かとかを考えている暇はない。それよりもまず、今は自分の身を守ることである。


「「「――‼」」」

「さぁ……来なよ……」


 私は額から垂れた汗が頬の傷に染みているのを感じながら、刀を構えた。



 次の瞬間、私と化け物の大群が接触した。

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