第19話
「よしっ。OK、OK」
私は慣れた手つきで自分の髪を一本に纏め終わるとそう呟いた。
「……にしても」
そう言いながら私はチラリと部屋の窓のほうを見た。
そこから見えた外の様子は少々薄暗かった。ただしそれは太陽がまだ昇っていないからではない。むしろ太陽はすでに上っており、食堂のほうからは朝食ができたことを知らせるウェルスの声が聞こえてくる。
本日の天気は曇り。
今にも雨が降って来そうなほどの密度で雲が空を覆っており、そのせいで太陽の日差しは大地に届かず、薄暗くなっているのであった。
そしてそんな景色を見ながら私は、
「いや~良い天気だ~。絶好の刀振り日和だぁ~」
そう言った。
他の人からすれば雨が降りそうな不安定な天気なんて迷惑極まりないかもしれない。だが、『雨の中でカッコよく刀を振るいたい』という夢を抱いている私にとってこんな天気は大歓迎だ。むしろ毎日雨が降ってくれても構わない。そのぐらい大歓迎だ。
まぁこのセオス王国は比較的雨が少ない気候なので、降って欲しい、ベストなタイミングで降ってくれることなんて現状皆無であった。
なので兄様のお面のおかげで大助かりであった。
だが今回はお面はナシという状況にも関わらず、こんな天気になった。
本当に「やっほ~」、「ヒャッホー」、「イェイッ!」という感じである。メチャクチャ最高である。
いや~天神様~。もう少し私とかに忖度してくれても良いんじゃないですかねぇ~。ほら~、私天神様に一応仕えていますし。。まだ何もやっていませんけど、仕えているんだから未来への先行投資みたいな感じで忖度してくださいよ~。と思ったりしたのが伝わったのだろうか?
それとも私の日頃の行いが良かったからだろうか?
まぁそんなのはどっちでもいいか。
とにかく今重要なのはこれから雨が降るか、否か。それだけだ。
ここからしっかり雨が降ってくれれば、本当に最高だ。
しかし、もしここまで降ってくれそうな天気をしておきながら、降らないなんてことされたらもう最高から一転、最悪である。そんなことされた暁には、もう何か色々とテンションがダダ下がりになること間違いなしである。
だからここで一気に喜ばない。
しっかりと、切実に、雨が降ることを祈り続ける。
「雨降れ、雨降れ。あ~め~ふれぇ~ふれぇ~」
私はそんな風に心を込めながら、空へ向かって祈りを捧げた。
「マジで降ってよ! ここまでなってて降らないなんてナシだからぁー!」
この後、部屋から出ると少々元気がないティミッドに心配された。
まぁ急に隣の部屋から大きな声とかが聞こえてきた普通に変だと思うに決まってるか……。寝起きだったのと化け物狩りが楽しみ過ぎたせいで色々とテンションがおかしくなってたみたいだ。
次から気を付けていこう。
* * *
「全員集まったかにゃ~?」
合宿場の外、草が生い茂る中に私たちは集められていた。先輩やアロガンスたちの手にはそれぞれ自分の使う武器が携えてある。もちろん私も自分の武器である刀を持っている。
「うにゃ~。ちょっと天気は悪いみたいだけど、まぁここに集まったみんなならこのくらい何ともないにゃ」
モーリェの言葉の通り、相変わらず空は雲で覆われている。だが雨は降ってこない。
悲しいことに雨は降ってきていなかった。
「じゃあこれから化け物狩りの説明をするにゃ。これの成果で三校祭への出場は決まるからみんな頑張るにゃよ~」
その言葉で周りの雰囲気は変わった。
それを見て、モーリェは「うんうん」と楽しそうに頷きながら、
「まずは私が化け物狩りの開始を宣言するにゃ。そしたらみんなは各自この合宿場を取り囲む森へ行くにゃ。そしたら終了の時間まで森の中で化け物をどんどん倒していってにゃ。誰が何体倒したかとかは生徒会のほうで記録しているから安心してにゃ」
雨降んないかなぁ~。
「それから今回の化け物狩りで一番大切なこと。それは自分の命にゃ」
降って~降ってぇ~。雨降ってぇ~。
「全力を尽くす、それは良いにゃよ。だけど、それで死んじゃったら元も子もないにゃ。だから無理はせず、もし危険と判断したらすぐに逃げるにゃ。もしそれができないときは、何か狼煙みたいなのを上げて欲しいにゃ。そしたら私かピストちゃんたち生徒会がすぐに駆け付けるかにゃ」
そう話していった。
それを私は頭半分で聞いていた。ちなみにもう半分は大変失礼なことに、雨が降って欲しいという祈りに使われていた。
反省はする。だが後悔とかは一切ない。
「命を大事にゃよ。無理はしない。勇気と蛮勇をはき違えない。それをしっかり心に刻んで、化け物狩りに挑んで欲しいにゃ」
うんうん、確かに命は大事だ。
死んじゃったらこれからの楽しいとか興奮とかも味わうこともできない。絶対、未練ダラダラなままで死んでしまう。
しっかりと自分の実力を理解して戦うことが重要になってくる。
……もしかしたら2日目の魔力なしでの打ち合いはこの為だったのだろうか。
自分の素の実力を知っておくことで、不可能がある、困難があるというのをしっかりと理解させる。そうすることで蛮勇を起こしてしまうのを防ぐ。
そう考えてくるとこれまでの合宿中のメニューも全部、今日に繋がっているのだろう。
ひたすら続く打ち合いなんかは集団の化け物と出会った際に連続で戦えるようにと長時間の戦闘においての体力の使い方。
目があった人との打ち合いは、周りの視線や意識に敏感にさせ、隠れている化け物からの不意打ちに対応できるように。
昨日の『化け物に関する知識』は言わずもがな、言葉の通り。
「そういうわけで前話は終わりにゃ。続いてはルールの説明をしていくにゃ」
「まずもちろんだけど、他の人の妨害とかは一切禁止だにゃ。それと協力とかはしても良いけど、なるべく単独でやって欲しいにゃ」
まぁこの化け物狩りで測りたい力というのは対人能力ではなく、単純な戦闘能力だろうし、納得は納得だ。
この対人能力と戦闘能力というのは似ているようで、実は違う。
対人能力は人に対してどれだけ強いのかというのだが、一方で単純な戦闘能力となると対人という枠組み外――つまりは化け物のような相手との戦う力も必要となる。
三校祭自体は対人形式であるが、それでも戦いの中では奇想天外な攻撃を仕掛けてくる人間は普通にいる。そしてそれはこの魔法が存在する世界ではむしろ当たり前だ。
予想外。
奇想天外。
規格外。
そんな相手とでも戦える人間。
それが三校祭で求めているであろう人間だ。
だからこの化け物狩りで妨害の禁止や協力の非推奨をしているのだろう。
もしそれを認めれば、これは化け物狩りではなく対人の戦いとなってしまうのは目に見えているからだ。
「えっと他にはにゃ~…………ねぇピストちゃん。他には何かあったっけ?」
モーリェは頬をかけながらそう言って、ピストリィに助けを求めた。
するとピストリィが呆れた様子でモーリェの傍に近寄った。
「はぁ、会長……。時間についての説明がまだです……」
「あっ、そうだったにゃ」
そしてモーリェは思い出したかのように話を再開した。
「化け物狩りの時間はだいたい3時間。ちょうど太陽が天辺に……って、そう言えば今日は曇ってたにゃ。じゃあ終わりになったら私が合図をするにゃ。合図が聞こえたら化け物狩りは終了にゃ」
あぁ……降りそう。降りそうだ。こんなに降りそうなんだから降ってくれぇ~。
そしたら絶好調が超々、ちょ~う絶好調になるのに。
あぁ~雨降れ~。雨よ降れ~。
私がモーリェの話に集中せず、そんなことを思っていると突然パンッという音が鳴った。
「?」
私や軽く準備運動を始めていた先輩たちの意識が自然と音の発生源であるモーリェの元に集まった。
「最後に一言にゃ!
もしみんなの化け物狩りの成果が芳しくなかったら、三校祭には出させないにゃ。そのときは、出場メンバーが生徒会オンリーになるにゃぁ~。
みんななら、そんなことにはなんないと思うけど……」
モーリェはそこで一旦口を止め、大きく吸い込み、そして――
「もぉ~しも、そんなことになったら。私が盛大に笑ってあげるにゃよ~!」
そう言い放ったモーリェは「にゃはははは~」と人を子馬鹿にしているような笑い声を響かせた。
そしてその笑い声は高らかに鳴り響き、それが響けば響くほど、私たちのやる気は見る見るうちに上がっていった。
ちょ~と馬鹿にしすぎでは……?
流石の私もこうも煽られるとより一層やる気が湧いてくるというものだ。
「舐めんじゃねぇぞ!」
「そうだ! この野良猫会長ッ!」
「言われなくてもやってやる!」
「にゃはははは。それならみんな頑張るにゃよ~」
先輩たちは口々に笑うモーリェに言葉を放っていく。
それを見て、モーリェ等生徒会の面々は楽しそうな様子であった。
「それじゃぁ、化け物狩りの開始にゃぁぁぁ~‼」
モーリェが甲高い声でそう叫んだ瞬間、私たちは一斉に地面を蹴った。
それぞれがバラバラの方向へと走っていく。
スタートダッシュに出遅れてしまった人が数人おり、その中にはティミッドもいた。朝から緊張していた感じだったから出遅れてしまったのもしょうがないと思いつつ、私は生い茂る草を越え、森の中へ入っていった。
森の中は大小様々な木々が自由勝手に生え、不気味な感じになっている。地面は若干柔らかく、足場としては少々踏ん張りづらそうである。そして私の正面のほう。そこから何かの呼吸音が聞こえた。
「ニヒヒ……」
私の前を走ってた人はいない。
つまりそれは――
「早速来たねぇ!」
「――‼」
大型の鳥のような化け物はキィーンと耳鳴りのような鳴き声を上げながら私へと飛びかかってきた。
人の頭ぐらいのサイズに膨れ上がった歪な鉤爪が私の胸へと迫る。
「対戦よろしくお願いしますっ!」
私は笑みを浮かべてそう呟きながらしゃがみ、スライディングをするように滑りながらその攻撃を避けた。
「――⁉」
鳥の化け物は途中で止まることなく、地面へズルリと落ちていった。
「――てね」
カッコつけながらそう呟いた私の右手にはすでに引き抜かれた刀があった。その先端のほうには青い液体が付いており、地面にポタリと雫になって落ちた。
「――? ――? ――?」
背後では何が起こったか理解できていない化け物が痙攣しながら、その胸から内臓――多分腸かな――を零していた。
「????」
動こうと、立ち上がろうと藻掻いているが、その動きもだんだんと鈍くなっていく。そしてすぐにピクリとも動かなくなった。
「一斬必殺ってね。まぁ、運が悪かったね」
私はそう言いながら立ち上がり、前を向いた。
視線の先は薄暗く、光がほとんどなかった。そんな空間にポツポツと小さな点がいくつも見える。それは僅かに届いている光を反射しているようであった。
「血の匂いに敏感なんだねぇ~」
小さな点は細やかに動きながら私の周りへと広がっていく。
「ふへっ……来なよ。しっかり斬ってやるから」
「「「――‼」」」
鳴き声が響いた。
いくつもの鳴き声が連続で響かせながら小さな――子犬のような見た目、しかしその毛は昨日の奴のように黒光りした強固な鎧となっている化け物たちが何匹も突撃してくる。
「ニヒッ。どんどん来ぉ~い‼」
私はそいつらを蹴り、斬り、叩きつけながら笑顔を浮かべてそう叫んだ。
「――‼」
「――‼」
「「「――‼」」」
森の中のあちこちから鳴き声、叫び声が轟き、響く。
「あはははは‼」
その中に私の叫び声も混ざり、鳴り響いた。
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