第18話
「……」
ピクッ、ピクピク……。
私は何とか笑い声が漏れないように抑えながらモーリェの話を聞いていた。
さっきは急に笑ってしまったが、みんなの意識は化け物とモーリェのほうに向いていたため、バレはしなかった。
ピクッピクッ……。
「……」
だが先ほどから無理やり抑えているせいで、肩がピクピクと震えまくっていた。おかげでずっと肩の所が上下に細かく振動しまくっている。
何とかギリギリ笑い声が出ないようには抑えられてはいるが、それもかなりキツイ。
これも全てさっきのめちゃくちゃ良い感じの構図のせいだ。もうあの構図が頭から離れないし、妄想も止まない。止む兆しなんて一切なく、どんどん妄想があふれ出てくる。
「……」
だがそれでも何とかギリギリであったが抑えられたはいた。もしこれが戦ったりしているときであったなら、抑えられなかった。だが今はそうじゃない。今はモーリェの『化け物狩りに関する知識』の説明を聞く時間だ。
だからこそギリギリ抑えられた。
……まぁ話は話で、戦う相手という情報で私の妄想を補強させ、妄想を止められない要因ではあったけど……。
「にゃにゃにゃ~。続いては化け物の防御とかの話にゃ」
モーリェはそう話しながらさっき気絶させた化け物の毛を引っ張った。その毛は鋼のように黒光りしており、動物の毛というよりは銅線だと言われたほうが納得する見た目だ。
それをモーリェは手元で軽く曲げようとした。
だがそれはほんの僅か曲がっただけで、それ以上曲がることはなかった。
「こんな風にこいつの毛はガッチガッチに硬いにゃ。人間の腕力だけだと到底折ったりすることも、曲げたりすることもできないにゃ。これが何でかと言うと、この毛が――まぁ正確にはこの化け物の全身が魔力で強化されているからにゃ」
私はあふれ出る妄想を抑えながら、モーリェの話に耳を傾ける。
さっきよりはマシになったため、震えの回数もちょっと減った。
「化け物自体、魔力を異常に溜め込んだ存在にゃ。だからその身にある魔力も膨大。てことで、その膨大な魔力で全身が強化されているにゃ」
魔力いっぱいなんだからそれを贅沢に使って強化すれば、あんなに硬くなるのは当たり前かぁ。まぁ私たちの身体強化も凄い硬くなれるしな。普通だったら剣で真っ二つだったりするような攻撃でも、身体強化していれば防ぐこともできたりするし。
「だから化け物の体は凄い硬い奴が多いにゃ。メチャクチャ多いにゃ。なのでその防御を突破するのに必要なのが、武器などへ魔力を纏わせることにゃ」
そう言いながらモーリェはピストリィから鍛錬用の刃なしの剣を受け取った。
そしてその剣を数回軽く振ると、勢いよく化け物の毛へ振り下ろした。
結果は当たり前ではあるがダメージなどなし。毛は相変わらず黒光りしている。
「こんな感じに、例え良い攻撃ができたとしても、武器に化け物を害する威力がないと意味はないにゃ。だけどこれに魔力を纏わせれば……」
その言葉と共にモーリェの持つ剣が淡い光に包まれていった。その光はきれいであったが、そこからは刀身を見たときに感じるような冷たさがあった。
「……⁉」
それを見て思わず私はビクンとなった。
供給が多い。妄想への供給が多すぎる。ヤバイ、ヤバイ……せっかく収まってきていたのに……また……。
そんな私の内心をモーリェが知るよしもなく、モーリェは魔力を纏わせた剣を再び振り下ろした。
バサッ……。
「綺麗に斬れるにゃ」
斬られた毛が音を立てながら地面に落ちた。しかしその音は鋼のような見た目に反し、軽いものが落ちたような音であった。
例え強化されていたとしても、その毛自体の質量とかが増えているわけではないということなのだろう。
「これに関してはかなり簡単だし、みんなは普通にやってると思うけど、一応ちゃんと説明しといたにゃ」
確かに。私も普通に使ったりしていた。
纏わせる方法としては身体強化と同じ感じ。全身だけでなく、自分の持つ刀にも力をジワ~と広げていくとできる。
そしてその刃で向かい合う相手に踏み込んで。その巨体から飛んでくる拳をギリギリで回避。わずかに掠ってしまい、頬から薄く血が滲み出てきて――
……。
……。
……失礼。妄想があふれ出てきてしまっていた。
……。
……。
もうマジで止められねぇ~。どんどん溢れ出てくるし。てかモーリェの説明でどんどん補強されるから、具体的な感じになって来ちゃうし~。
楽しく嬉しく、スゲェ~興奮するが、今は何とか抑えてほしい。いや本当に。マジで。このままだとマジでモーリェの話が集中できない……。
「ぅへへっ……ぅう……」
「えっと、ウイさん……大丈夫?」
微かに漏れてしまった笑みを聞いたティミッドが心配そうにしながら私にそう尋ねてきた。
「あ、えっと……うん、大丈夫だよ」
本当は到底大丈夫そうではないが、流石にあふれ出る妄想で笑みを堪えられないとか言うことはできない。普通に引かれてしまう。
「そ、そう……?」
ティミッドは怪訝そうな表情を浮かべながらそう言って前のほうを向いた。
「ふぅ~……落ち着けぇ~落ち着けぇ~」
私は周りには聞こえないよう、静かにそう唱えた。
「平常心。平常心だ……。妄想するのは後。夜にお預け……。だから今は落ち着け……」
溢れ出てこようとする妄想を落ち着かせ、モーリェの話に集中する。
「えっと、次は化け物の種類とかにゃ。
化け物は大きくに二つに分けられるにゃ。一つはこれみたいな野生動物が変異したみたいなやつ。そしてもう一つは、完全に別種になったやつ、普通のやつとは分けて、『異種』と呼ばれてるにゃ」
普通じゃないやつかぁ~。
ちょっと戦ってみたいなぁ~。
……そう言えば姉様、前それのことを話してたっけ。確か異種は、その姿かたちに元の生物の痕跡が一切残っておらず、完全に新しい生き物と化している。そしてそいつらは特に生存機能が以上に発達していて、バラバラに解体ぐらいしないと倒せなかったりするらしい。それと結構強いらしい。
しぶとい生き物だという時点でかなり面白そうだし、その上結構強い。いや~戦ったら絶対ボロボロになりながら戦うことになるだろうなぁ~。
死闘の果てに異種に勝利する。
……あぁヤバイ。すげぇ興奮する。
良い絵だ。
絶対良いシチュエーションになる。
「まぁ、この異種とは普通だったら会うことがないにゃ。出会ったとしても、海の近くじゃないとそうそう出会わないにゃ」
あっ、そう言えば姉様もそう言ってたか。
ちょっと残念だ。明日の化け物狩りで出会ったりしないかな~って思っていたのに……。
私は落ち込んだことで若干の落ち着きを取り戻した。
そしてその後もモーリェによる『化け物狩りに関する知識』の伝授は一度も休憩を挟むことなく進んでいき、あっという間にお昼を若干過ぎた時間となっていた。
「続いてはこれの調理にゃ」
「「「へぇ?」」」
モーリェの話した言葉に全員が思わずそんな声を漏らしていた。
私なんかは、その唐突なその言葉によって、さっきまで溢れていた妄想たちが一気にせき止め。興味が全てモーリェの話へと向いた。
調理。
調理。
調理……?
あの化け物を?
なんか生態とか完全に塗り替わって、毒とか持っていそうなあの化け物を?
えぇ……?
えぇ……!
えぇ……⁉
私の情緒は変な感じであった。
驚いているのか、不思議に思っているのか、驚愕しているのか、疑問なのか、怪訝なのか。さっぱりわからん不思議な状態であった。
「じゃあまずはこの化け物を一気に解体するにゃ。ピストちゃん、包丁ちょうだいにゃ」
「はい。会長」
モーリェはピストリィから包丁――ちょっと大きめのサイズの包丁を受け取るとその刃先を化け物へ向けた。
「まだ生きているから新鮮な肉にゃよ~」
そしてそう言ったかと思うと包丁をぐさりと、化け物の頭部へ一刺し。魔力を纏っていた包丁はまるで普通の肉を切るかのように、きれいに突き刺さった。
「にゃにゃにゃのにゃ~」
そうしてそんな風に鼻歌を歌い出したかと思うと私たちのことなど気にしてないかのように、どんどん包丁を走らせていった。
まずは毛皮が剥されて、続いて腹を裂かれ。臓器は一つ一つ丁寧に、しかし素早く手際よく取り出されて、フレンの持ってきた大皿に移されていく。その間モーリェは一切止まることなく、飛び跳ねたりしながら解体をしていった。
ピチャッ! ピチャッ!
と血が飛び散っていく。
そんな光景をバックに呆気に取られている私たちの前にピストリィが立って口を開いた。
「えぇ~本日の特別プログラム。その最後は化け物の肉での焼肉です。明日に備えてしっかり英気を養ってください」
そして楽し気な口調でそう言った。
普通だったら「ヒャッホー!」や「やったー!」みたいな感じに喜びの声を上げるのかもしれない。てかそれをピストリィ等生徒会の人たちも想定していたのだろう。
「……」
「……」
「「「……」」」
だがそれを聞いた私たちの表情は明らかに固い。目の前で繰り広げられる解体の様子で気分が悪くなったというわけではない。
「あの~」
一人の先輩が恐る恐ると手を挙げた。
「はい。何でしょう?」
「あれって、本当に食べて大丈夫なんですか?」
その先輩はそう言いながら解体され、並べられた肉――毒々しい感じで、明らかに食べ物ではないという見た目をした肉を差しながら言った。
そう。化け物肉はかなりエグイ見た目をしていた。
流れ出て、飛び散る血は辛うじてしっかりと赤くはなっているが、その身から取り出される肉たち。それらは微かに伸縮したり、変な湯気を出していたりと異常だらけ。
「本当に食べれるのこれ?」案件な肉であった。
「……まぁ見た目は悪いですけど大丈夫です」
「それに会長は海の方出身ということで、化け物を解体して食べる文化が根付いているところで住んでいました。なのでこのように、化け物の解体、調理はお手の物です」
「にゃにゃにゃ~」
「ですので安心して食べられます」
いや~それはそうだとは思うけど、そうじゃない。そうじゃないよ……。
その肉を……?
食べる……?
「にゃッはは~!」
モーリェは楽しそうにどんどん肉をバラシていく。そしてバラされた肉が毒々しく伸縮したりしながら積み上げられていく。
(((えぇ……)))
私たちの内心は完全に一致状態であった。
* * *
焼肉を終えた私たちはその後の時間は自由時間となった。それぞれ鍛錬をするも良し、明日に備えて休息するも良しとなった。
私は軽く剣を振って、他の先輩たちやアロガンスたちと打ち合い、それから休息をすることにした。
折角休めるのだ、鍛錬をやりすぎて明日のための体力がなくなったりしたら本末転倒である。適度に体力は残しておき、先輩たちから奪える技術は奪っておくのが得策である。
「……明日……やらないと……ちゃんと……」
「あっ、ティミッド」
「……やら⁉ えっ、あっ。ウ、ウイさん⁉」
私が部屋に戻ろうとしていると、朝ティミッドを座らせたところで彼女とであった。
「どうしたの?」
「えっと……」
「もしかして緊張してたの?」
「あぁそうです! そうです! ちょっと緊張しちゃってて…………」
ティミッドは相当緊張していたのか口早になってそう言った。
「ニャァ~」
そしてその腕には橙色の子猫が抱えられていた。
「その猫」
「あっ、えっと、さっきここを歩いてて……。迷い込んだ……のかな……?」
「あぁ~それ」
「?」
「会長だよ」
私は特に隠して驚かせたりせずにそう言った。
「えっ????」
するとティミッドは私の言葉に「どゆこと?」とでも言うように不思議な顔をした。
「その子猫はモーリェ生徒会長」
「あっ、ああ……会長さんの……飼い猫」
「違う違う。正真正銘、モーリェ生徒会長だよ」
「????」
ティミッドは首を傾け、意味がわからないという感じだ。
その姿を見て私は軽く笑いながら橙色の子猫の頭を撫でた。
「こんな可愛くていい子を騙すとはどういうことですかぁ~」
「ニャ~」
子猫はくすぐったそうにしながら鳴いた。
「ニャアニャア、ミャァ~」
「いや何言ってるかわかりませんよ」
「えっ、えっ、えっえぇ~?」
「ほらティミッドの頭もこんがらかっちゃってますから元に戻ってください」
「ンニャ~」
子猫がそう鳴いたかと思うと、突然ティミッドの腕から飛び上がった。
「何だよにゃ~」
「えっ……」
そして次の瞬間には人の姿に戻っていた。
「もうウイちゃんは意地悪にゃ。せっかく猫を満喫していたのににゃ」
「ははは。すみません」
「えっ、えっ、えっ」
「だけど会長も人が悪いですよ。子猫だと騙して近寄るとは」
「にゃははは~。騙すとは人聞きが悪いにゃ。さっきの私はただの子猫。か弱き子猫にゃ~」
「えっ、えっ、えっ?」
ティミッドはさらにわけがわからないよ、意味がわからなくなっている。多分頭のキャパシタンスを越えてしまっているのだろう。
……だけどそれにしては焦りすぎじゃないか?
「も、もしかして……あっ、えっ……聞かれ、あ……あぁ……」
「ほらティミッドだってこんな風になっちゃってますし」
「それはウイちゃんがバラしたからにゃ」
モーリェは呆れたような感じでそう言った。
「んにゃ。私は失礼するにゃ」
「あっ。そうですか」
「じゃあ2人とも、明日は頑張るにゃよ」
「えっ……」
「はい。頑張らせていただきます」
「じゃあにゃ~」
そう言ってモーリェは片手を振りながらその場を離れていった。私はそれを見送ると、ティミッドのほうを見た。
ティミッドは子猫の正体がモーリェだったことがショックだったのか固まってしまっていた。
……うん、これはちょっと悪いことをしたかもしれない。
「お昼のお肉美味しかったね」
私は話題を変えるためにティミッドにそう話しかけた。
「えっ、ああ、はい。美味しかった、ですね……」
「いや~あんな見た目なのにあんなに旨いとは。正に物は見た目によらないだね」
私はそう話しながらティミッドを見上げた。
ティミッドはビクビクとした感じで体を縮こませている。顔はピンクの髪で半分以上隠れ、この前見たあの顔は隠されてしまっている。
「……ですね」
「だからさ」
「?」
「ティミッドも見た目によらず強いんだから、そんなに緊張しなくても良いよ」
「あっ……えっと、ありがとう、ございます……」
「良いよ、良いよ。さっき子猫が会長だってバラシて、驚かせたお詫びみたいなものだから」
ティミッドは若干緊張が解けたのか、少しだけ雰囲気が元に戻った。
「よ~し、明日も頑張ろう!」
「は、はい……」
私はティミッドの返事を聞くと「じゃあ」と言ってその場を離れていった。
* * *
「はぁ……」
さっきは生徒会長に私の呟きを聞かせてしまったと焦ったが、多分大丈夫だったみたいだ。
……大丈夫じゃなかったら良かったのに……。
「…………ちゃんと……やろう」
私は走っていくあの子をの背を見ながらそう呟いた。
相変わらずやりたくないのには変わりない。
だけどやらなくちゃいけない。
ならばせめて――
「――せめて……最期は……」
* * *
廊下は陽が沈んできたことで薄暗くなっており、合宿場を囲む森のほうから化け物の鳴き声が不気味に響いてくる。
「ふっふ、ふ~ん」
私は廊下を軽くスキップしながら歩いていた。お腹はお昼の化け物の焼き肉の量が思ったよりも多くて、少し苦しかったが、明日のことを想像すると自然と和らいでいた。
体力は万全。
体調も完璧。
モチベーションは言うまでもない。
「さぁ、明日だ。全力でやって、そして楽しむぞ~」
「おぉ~‼」という私の元気な掛け声が廊下に響いた。
合宿5日目。
化け物狩り。
それもついに明日である。
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