第17話


「おはようございまぁ~す」

「お、おはよう、ございます……」


 私とティミッドはそんな風に挨拶をしながら食堂の中へ入っていった。

 食堂ではピストリィやフレンたちが机に並べられたプレートに料理を置いていっているところであった。私たちよりも早くに来た先輩やアロガンスたちも同じように渡された料理を置いていっている。

 流れ作業でテキパキとやっており、すでにほぼ置き終わっていた。


「おはようにゃ~」


 するとそのとき、他の人たちが動き回る中、モーリェは椅子を二つ使って寝転がっていた。


「えっと……どうしたんですか? そんなことしてたら副会長にまた怒られません?」

「んにゃ~? あぁ、それは大丈夫にゃ。なにせ私は朝からしごぉぅご……」


 そこまで言ったところで、背後から音もなく接近していたピストリィがモーリェの口を物理的に塞いだ。


「なにぃご、うぅご!」

「何するの、じゃないです。その話はまだしないはずでしょう」

「うごにゃぁぁぁ~‼」

「はいはい。暴れないでください」


 なんだかもう見慣れた光景だなぁ~という感じだ。いや、まぁ、本当はこんな光景、しかも生徒会長の醜態を見慣れるってちょっと慣れちゃダメなんだろうけど……。


 全部合わせてもたったの数日。そんな短い時間でこんなにも慣れてしまうとは……。

 ある意味よく今まで1年生に隠し通せていたな。1年と上級生は交流がまだ少なく、ほぼなかったとは言え、絶対どこかで目撃されてそうではあるのに。


「では2人とも。まだ仕事は残っていますので、手伝っててください。私たちは今日の準備がありますので」

「あるのにゃ~」


 そうしてピストリィは私とティミッドにそう指示を出すと、モーリェを人形のように抱っこしながら食堂を出ていった。

 今日の準備か……。

 う~ん、本当に何をやるのだろうか?

 まぁ気にはなるが、後でわかるし今は考えなくていいか。


「私たちも……手伝いましょうか……」

「うん。そうだね」


 私はティミッドと共に部屋の奥――調理室のほうへ行き、料理を分けているウェルスのところに行った。


「先輩。これ持っていって良いですか?」

「ん? ああ良いぞ。落とさないようにな」

「大丈夫ですよ~。私がそんなへまするわけがないじゃないですか」


 私はそんな風に軽口を叩きながら、料理が盛りつけられた皿を両手に持った。

 本日の朝食も肉であり、他の置かれた皿に乗せられた料理もまた肉であった。合宿での食事は朝昼晩すべてに肉が入っていた。これでスタミナを付けろ、とかそういう意味でのメニューなのだろう。

 ちなみにだが、2日目の朝食以降、モーリェ作の変な触感の料理は出てこなかった。食べていて不思議な感じではあるが、触感が面白くて、意外とまた食べてみたいなぁと思っていたので、ちょっと残念だ。


「黒髪」

「んー?」


 料理を運んでいるとアロガンスが話しかけてきた。フェルゼンは一緒というわけではなく、少し離れたところでデカいトレーに乗せた料理を運んでいた。結構デカいトレーで、バランスも悪そうな感じであり、運ぶのが大変そうである。

 ……。

 ……。

 あのギリギリの感じを見ていると背後からツンツンと突いてみたくなる。

 やりはしないけど、ただちょっとやってみたいなぁ~と思う。

 まぁ別にどうでも良いことだけど。


「何ですかぁ?」

「ちょっと聞きたいことがあってな……」

「?」

「あのティミッドという奴……あいつ、何か変じゃないか?」


 アロガンスは何か違和感があるという感じで首を傾けながらそう言った。


「変?」


 変。

 へん。

 へ~ん。

 ……。

 ……。

 う~ん……特にない。別に特に変っていうのはないだろう。むしろ変と言うなら私のテンションのほうが変だったというものだ。


「ちょっと緊張したり、ネガティブだったりしますけど、変ではないですよ」

「……そうか。なら良い。多分俺の気のせいだ。忘れてくれ」


 そう言うとアロガンスはウェルスのほうへ行った。


「そうですか」


 結局何だったんだ?

 アロガンスみたいな王族とかにとって、ティミッドみたいな感じの人っていうのは見慣れてなくて、変だっていうことなのかなぁ……?

 ……。

 ……。

 う~ん……なんか引っかかるような……。

 ……。

 ……。


「う~ん……」


 うん。考えても良くわからん。てかそもそも変ではないのだから、そこに何かを求めようとしたところで何もわかるわけがないか。


「……」

「まっ、良いか」


 私は持っていた料理を置きながらそう結論付けた。


「次はっ、てっ⁉」

「……」


 私が後ろを向くとそこにはティミッドが無言で立っていた。


「びっくりしたぁ~。ん? どうかしたの?」

「あっ、えっと……ごめんなさい。えっと……これ……置いてないところって……どこかな?」


 ティミッドはそう言いながら両手に持ったスープの入った皿を挙げた。

 その皿は少々小さめであり、他の人たちは結構雑な感じで置いていたため、置いてないところがわかりにくかったのだろう。


 私は食堂を見渡し、スープが置かれてないところを探した。そしてそこはすぐに見つかった。


「う~ん……あっ、あそこ。あそことあそこ、まだ置いてないよ」


 私はそこを指さしながらそう言った。


「あっ、本当だ。……ありがとうございます」


 ティミッドはそう言って私が指さしたところにちょっと駆け足気味で、スープを運んでいった。

 その様子を見ているとちょっと危なっかしく感じた。



 *  *  *



 私たちが朝食を終えた頃。料理を並べているとき、途中で食堂を出ていったモーリェとピストリィが戻ってきた。2人の着ている制服には若干の土が付いた。私の記憶違いでなければ、さっきまで付いていなかったはずである。


「うにゃ。みんな食べ終わったかにゃ?」


 モーリェは私たちのことを見渡しながらそう言った。

 その口調は何だか楽しそうであった。


「えぇ終わってますよ。先輩の方は、準備は終わったんですか?」

「もちろん終わったにゃ」


 エッヘンと胸を張るようにモーリェはそう言った。

 なんだか小生意気なペットが威張っているみたいでかわいい。


「では皆さん。本日の特別メニューの説明をしますので、トレーを片付けてから、入り口の方に集まってください。ただし、集まるのは外ではなく中ですので、気を付けてください」


 おっ、ついに来た。

 何をやるのかさっぱり。事前情報一切ないしの4日目特別メニュー。

 私は若干胸を高鳴らせながら自分の空になった皿を片付けた。



「――‼ ――‼  ――‼」


 入口のほうに行くと、外が何やら騒がしかった。


「――‼ ――‼ ――‼」


 何か生き物、それも気性の荒そうな感じの生き物の鳴き声が響いていた。


 先輩たちやアロガンスにフェルゼン。それにティミッドと私もそれには流石に驚いた。

何せこんな場所で聞こえてくる気性の荒い生き物となってくると、自然と答えは一つとなる。


 ――つまりは化け物。

 魔力を溜め込んだ異形の生物。


 それが合宿場の入り口のところにいるということになるのだ。


「にゃははは。みんな集まったかにゃ?」

「はい。大丈夫ですね。全員集まってます」

「そうかにゃ。じゃあこれから合宿4日目特別メニューの説明を始めるにゃ!」


 いやいやそれどころじゃないでしょう。

 メチャクチャ外から叫び声がするんだけど。

 凄い荒い叫び声なんだけど。

 てか今にもこの扉をぶち壊しそうな勢いだし!

 化け物避けがあるんじゃなかったの⁉


 そんな私の――いやここにいるほとんどが感じているであろう思いとは裏腹に、モーリェは楽しげな様子で話を続けていく。もはや外のことなど耳に入っていないという感じだ。


「今日の特別メニューは明日の化け物狩りに備えた『化け物に関する知識』とか色々を伝授だにゃ! きちんと最後まで聞くのにゃよ!」

「『化け物狩りに関する知識』?」


 その言葉を聞いて、私の脳は一気に冷静になっていった。


 先輩たちとかアロガンス等は慌てた様子であったが、生徒会の人間――モーリェ、ピストリィ、フレン、ウェルスの4人には一切そんな様子はない。むしろ平常運転。

 私たちから見れば異常発生であったが、彼らにとっては何も異常はない、予定通りだという感じだ。


 そしてそのことには私だけでなく、他の先輩方も気づき始め、それは波のように全体に広がっていき、そとの化け物が生徒会の仕込みであるということに気づくまでにそこまで時間はかからなかった。


「みんなが静かになったところで早速始めるにゃ。まずは基本の基本。そもそも化け物って何だって話だにゃ」


 私たちの前に立つモーリェはそう言いながらクルリと回転し、入り口の扉を開けた。


「――‼」


 するとそこには熊のような体躯――しかしその毛皮は鉄のように黒光りし、血管のようなものが毛を押し退けながら浮き出ており、眼球は血のように赤く輝いている。

 どう考えても普通じゃない見た目であり、異常な姿であった。


 そしてそんな化け物が鎖で雁字搦めにされ、入り口のところで寝転がされていた。


「――‼」


 化け物は拘束を外そうとしているようであるが、かなりきつく縛られているようで、ほんの僅かでも拘束が緩んでしまう様子は一切ない。


 モーリェはそんな化け物を指さしながら口を開いた。


「見てわかる通り、化け物と言うの「――‼」は基本的には野生動「――‼」物が異常な姿になったもののことを言「――‼」うにゃ。こんな風になって「――‼」しまう原因としては、生物なら誰で「――‼」も持っている魔力を、な「――‼」んらかの理由で異常に溜め込んでしまう「――‼」ことと云われているにゃ」


 モーリェが話している中でもその化け物は荒々しいい雄叫びを上げ続ける。体をギシギシと動かそうとする。だが拘束は緩むことなく、ただただ化け物の叫びを轟かさるだけであった。


「――‼ ――‼ ――‼」


 その叫びは余りにも大きく、私たちは思わず両手で耳を覆った。

 そして化け物の一番近くにいるモーリェはと言うと、耳を抑えながら、何だか不機嫌そうな表情になっていた。


「うにゃ~‼ うるさいにゃッ‼ 君の出番はもう少し後だから、ちょっと黙ってるにゃ‼」


 モーリェがそう言ったかと思うと、瞬間――


「うにゃ‼」


 モーリェの体は化け物の顔の上に飛び上がっていた。


「ちょっと寝てるにゃ!」


 そして化け物の頭へ踵落としが入った。いや正確にはその前に飛び蹴り、踵落とし、そしてそれをやりながら顔面への連続打撃。それらの攻撃を高速のスピードで行っていた。恐らく攻撃の全てを見切れていたのは私ぐらいだろう。


「――⁉」


 鎖で拘束され、まともに動くこともできなかった化け物はその攻撃を回避することなどできるわけなく、


 ドガンッ‼


 見事な衝撃音と共に化け物の頭は地面に付けられていた。化け物は叫び声を上げる様子もなく、瞼を閉じている。だが死んだというわけではなく、気を失ったという感じだ。


「ふぅ~これで静かになったにゃ。じゃあ話を続けるにゃよ」


 軽く地面を舞った土煙をバックにしながら、モーリェは化け物の頭に立ちながらそう言った。


 その構図はめちゃくちゃカッコよく、凄く羨ましかった。


 思わずモーリェを突き飛ばして、刀を持ってその構図をやってみたいと思ったほどだ。……てかここに雨が降ればさらに良い感じになる。めっちゃカッコいい。あぁ……急な良いシチュエーションの供給。ヤバい……よだれ垂れる……口緩む……笑み漏れる……。


「ふへっ……」


 あっ、漏れちゃった……。

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