第16話


 合宿3日目は午前中から身体強化を使うことができたため、昨日にも増す激しさであった。

 人が吹っ飛び、宙を舞うのは当たり前。

 目の前の相手に集中しすぎて、周りが見えなくなり、激突し合ってしまうという光景は何度見ただろうか。


 騒音が轟き、衝撃が響く。

 床は汗が垂れ、何度も踏まれて、薄く広がっている。

 高速移動による摩擦によってできた移動痕なんてものもある。


 昨日の疲れとかはどこへ行ったのやらと言う感じだ。


「まぁ、私も人のことは言えないかぁ」


 私はそう言いながら鍛錬場の中を駆け抜けた。


「フッ!」


 一息の間で人と人の間を潜り抜け、地面から這い上がるように相手へ接近した私は、逆手に持った剣を殴るかのように振り抜いた。


「ウがぁッ⁉」


 今私の相手をしていた先輩は鈍い声を漏らし、そのまま吹っ飛んでいった。


「ひゃっはっは~! どんどん行くぞぉ~!」


 私も他の人たちと同じように、昨日の疲れなんて知らんと言った感じで戦いに戦い、打ち合いに打ち合っていた。

 それはもうボッコボッコのバッタバッタと吹っ飛ばしたりしていた。


 いや~本当に楽しい。

 メチャクチャ楽しい。

 先輩たちはみんなしっかり強いし、おかげで一瞬たりとも気を抜くことなんてできない。


 精神がピリピリとひりつき、意識は四方八方に向いて警戒し続ける。

 自分の今やっている相手だけでなく、やっていない相手に対しても意識を向け続ける。

 視界の端で捉えた人たちを観察しながら、目の前の相手とやり続ける。


 本当頭がパンクしそうだよ

 その上大変過ぎて変な笑いも出てくるし。

 おかげで何だかやっている先輩方全員、私と顔を引きつらせながらやってるし!

 ……。

 ……。

 まぁ楽しいから気にしないけど!

 凄い上手くやれてて気持ち良し!


「そ~いッ!」

「⁉」


 そんな風に考えながら私はまた別の先輩を吹っ飛ばした。


 ……あっ、そう言えばなぜ吹っ飛ばしてばっかなのかと言うと、もし相手が鍛錬場のど真ん中で気絶とかしてしまったときに、そのまま周りの人たちの邪魔になったり、蹴とばされたり、踏んづけられたりするのを予防するためだ。

 もしそんなことになってみろ。ろくに防御も取れていない状態なのだ。普通に大怪我に繋がってしまう。

 なので先輩曰く、むしろ加減とかせず、思いっきり吹っ飛ばしたほうが良いとのことだ。


「あはははは‼ 次、次ッ‼」


 まぁ私はそんなことはあまり考えておらず、思いっきりやってたら見事に吹っ飛んでいるというだけではあるのだけど。



 ひとまずはそんな感じで、2日目以上の激しさと疲労の3日目であった。



 *  *  *



 そして合宿4日目。

 事前情報が全くなく、何をやるのかさっぱりな特別メニューの日だ。


 何をやるのかちょっと気になっていた私は、昨日とか一昨日とか、さりげなくウェルスやフレンに聞いてみたりしたが、見事にはぐらかされたので本当にガチで何をやるのかがわからん。


 未知っていうのはそれだけでワクワクしてくるもので、おかげで私は朝から何をやるのか気になってしょうがなかった。


「何やるんだろうねぇ~」

「う~ん……なん、でしょうね……」


 私はティミッドとそんな風に話しながら食堂に向かっていた。


 ちなみにティミッドは2日目以降はちゃんと寝れたようで、この前みたいに疲れまくって寝不足という状態にはなっていなかった。


「いや~楽しみ、楽しみ」

「そう、ですね……」

「うん。それに明日の化け物狩りも楽しみだぁ~」

「⁉」


 明日の結果で三校祭に出れるかどうかが決まる。だけどそれ以上に、化け物と言うまだ戦ったことのない未知の相手と戦うということが本当に楽しみだ。

 どんなのだろうかぁ~。

 どんぐらい強いのだろうかぁ~。

 姉様曰く、大きさは大小様々で、形に関しても様々。普通の動物みたいなやつもいれば、完全におとぎ話とかで出てくるみたいな姿の化け物だっているそうだ。

 強さに関しては「数だけ」と姉様は言ってたけど……まぁ価値基準が最強な姉様ということなのでそこに関しては結構期待している。数だけな奴らではなく、しっかりと強い奴らだと。


「あぁ~楽しみだぁ~。今日明日は楽しみの連続だなぁ~」

「……」

「ん? あれ、ティミッド。急に止まって、どうしたの?」

「あっ……えっと……なんでもないです……」

「そう? なんだか顔色も悪い気がするけど……」


 ティミッドの顔色はまるで血の気が引いたように青白くなっており、到底何でもないという感じではなかった。


「もしかして貧血⁉ それともまた寝不足だった⁉」


 私はそう言いながらティミッドの肩に手を乗せようとした。


「だ、大丈夫です! 本当に大丈夫です!」


 だがその寸前、ティミッドによって私の手は振り払われた。


「あっ…………」


 ティミッドは「やってしまった」とでも言うようにそう漏らした。


「ご、ごめんなさい! ……ほんとうに、ごめんなさい!」

「う、ううん。別に気にしなくても良いよ。私こそ、急に手を乗せようとしちゃったんだし」


 私はそう言いながら視界の端で休憩用の椅子を見つけ、そこで一旦ティミッドを座らせた。


「ぅぅうう……ほんとうに、ほんとうに……ごめんなさい……」


 ティミッドは顔をより一層悪くして落としてしまっていた。


「気にしなくて良いから」


 私はティミッドの隣に座って、それを宥めた。


 う~ん、さっきのはちょっと気安すぎたか……てか普通に気安すぎか。私とティミッドはまだ会ってからほぼ4日。結構恥ずかしがり屋みたいな感じであるティミッドに対して今までの距離感自体が近すぎた。というか今考えてみるといつもの私じゃない感がある。

 ちょっと変なスイッチでも入ってしまっていたかもしれない。

 ほら、もしかしたら今は合宿ということで舞い上がってたのかもしれない。そのせいで若干変なテンションになって、距離感が一気に近くなってたのかもしれない。


 はぁ……。

 屋敷では精神落ち着かせるとかちゃんとできてたのに……ちょっと舞い上がっただけでなんか変な感じになってしまうとは……。

 やっぱり技術とか技とかに加え、精神的にもまだまだであるなぁ。


「はぁ……」

「あっ、ご、ごめんなさい……」

「あっ、いやいや。これはティミッドに対してじゃないから。不甲斐ない私自身に対してだから!」


 私が思わず漏らしてしまったため息をティミッドは自分に対して吐かれたものと勘違いして、さらに頭を落としてしまった。


「本当にティミッドに対してじゃないから! 変な感じな私にため息が漏れちゃっただけだから! 悪いのは私だから! 本当に気にしなくていいから!」

「ぅう……」


 私は慌ててフォローをするが、あまり効果はない。まぁ、逆効果となっている様子がないだけマシではあるか……。


「本当に……?」

「本当、本当! てか今までの私がちょっと距離感近すぎたんだよ! いや~何でかな~。やっぱ合宿で舞い上がっちゃってたのかなぁ~」

「えっ……あぁ……うぅぅ……」


 すると私の言葉を聞いたティミッドの上がろうとしていた頭が再びガクンッと落ちてしまった。


「えっ、ちょっ、どうしたの⁉」


 私はどうしていいかわからず、アタフタアタフタとすることとなった。



 しばらくするとティミッドは落ち着いた様子になった。


「本当に、すみませんでした……」


 そして椅子から立ち上がるとすぐに、私に向かって頭を下げてきた。それはもう鬼気迫るような感じで若干怖かった。


「あ、ああ。本当に良いから。ほら、頭上げてよ。それに私のほうこそ色々ごめん」


 私はそう言いながら、頭を下げるティミッドに自分も頭を下げた。


「ウ、ウイ、さんのほうこそ頭を、上げてください! 私が悪いんですから!」


 頭を下げる私に対してティミッドは慌てた様子でそう言ってきた。


「じゃあティミッドも頭を上げてよ」

「えっ、いや……だけど……」

「ティミッドが頭を上げないなら、私も上げないよ!」

「えっ、えっ、えっ……」


 ティミッドは戸惑ったように「えっ」としか発しなくなるが、私は途中で引かずに頭を下げ続ける。


「ほら頭上げて。そしたら私も上げるから」

「えっ、えっ……えっ……」

「ほら」

「うぅぅぅ……」


 そしてとうとうティミッドは観念したかのように頭を上げた。私はそれに釣られるようにして頭を上げた。


「今回は二人でお相子ということで。これ以上頭を下げるのはナシ!」

「は、はい……」


 こうして不毛な頭の下げ合いは終わった。


「それでティミッド。本当に大丈夫?」


 そして私とティミッドは再び食堂に向かって歩き出した。すでにティミッドの顔色は戻っており、さっきまでの顔色の悪さが嘘のようであった。


「えっと……大丈夫です。ご心配、おかけしました……」

「いやいや~。ティミッドが大丈夫ならそれで良いよ~」

「あ、ありがとう……ございます……」


 ティミッドは消え入るような声で返事を返した。



 このとき、ティミッドの顔にわずかに影がかかっていたことに、私は気づいていなかった。

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