第15話
「じゃあこれから生徒会会議を始めるにゃ~」
合宿場に備え付けられた一般的な教室ぐらいの広さの部屋。そこには生徒会に所属している――モーリェ、ピストリィ、フレン、ウェルスの4人が集まっていた。
4人はそれぞれが向かい合うような形で座っている。彼らの正面には眠気冷ましのコーヒーと10枚ちょっとが束にまとめられた書類が置いてある。
コーヒーはまだ入れたてであり、良い香りが湯気となってその部屋に漂っている。
「まずはピストちゃん。報告よろしくにゃ」
猫舌なモーリェはコーヒーには手を付けず、代わりに夜食用のスルメを取り出しながらそう言った。
「はい。まずは合宿1日目お疲れさまでした。えっと、今の所予定外のことなどは特に起きてはおりません。また森の様子も例年通り落ち着いた感じなので、この様子なら4日目は問題なく化け物狩りができると思います」
「そうかにゃ。それならよかったにゃ」
スルメをしゃぶっていたモーリェは、それを一旦口から離すとピストリィにそう言った。
「じゃあ明日からも予定通り進めてく感じで大丈夫かにゃ?」
「まぁ大丈夫だな」
「はい。大丈夫です」
「問題なしですね」
モーリェの言葉に他の3人は静かに頷いていく。
すでに夜中。明日の鍛錬に備えて早く寝ている人たちの迷惑なったりしないように配慮したボリュームである。
「え~と、じゃあ次は1日目を踏まえて、みんなが良い感じだなぁ~って思った人を言ってくにゃ」
モーリェは手元に置かれた書類――今回の合宿に参加した生徒情報が書かれたものを掲げながら楽しそうにそう言った。
「ちなみに私はウイちゃんにゃ。あの子は良いにゃよ~」
「まぁ、そりゃそうだろう。あの襲撃のときも戦いまくってたって話だしな。あのぐらい強いのは当たり前だろう」
「ですね。それと非公式な情報だと入学前も殺されかけて、その相手を返り討ちにしたって話ですし」
「あっ? そりゃマジかよ⁉」
「マジかどうかは分かりませんが、そういう情報があるということです。まぁ、あの家ですからそういうことがあっても不思議ではないですけど」
「はぁ~そりゃ凄い。……てかメンバーの二人目はほぼ確定だろ」
ウェルスは自分の見ていた書類を机に置き、「はぁ……」とため息を吐くかのように言った。
その言葉に対して、この部屋にいた者全員が概ね同感と思っていた。
「ん~だけど先輩。まだそうとも言い切れませんよ」
しかしその思いとは裏腹にフレンは冷静に異議を唱えた。
「メンバーの確定は最終日。4日目の化け物狩りで好成績を残して初めて確定なんですから」
三校祭に出場するためには合宿の4日目まで万全に戦える体力を持ち、消耗したような状態であっても化け物を倒すことが、それも何匹、何十匹も倒すことが出来なければならない。2日目の調子が良いからと言ってもそれ以降が悪くなってしまえば、選ばれることはないのだ。
「確かに。そうだったな」
「そうですね。確定と言うには時期尚早ですね。会長……」
ピストリィは眼鏡を上げながらそう言って隣に座っているモーリェを見た。
「会長」
そう呼びかけられたモーリェの目は半開きになっており、口に咥えられたスルメはだらしなく垂れさがっている。そしてそのスルメを伝って涎がたらりと書類に落ちた。
「はぁ……」
「あっ」
「ヤバッ」
フレンとウェルスがそう漏らしたと同時に、
「起きろやぁッ‼」
「うにゃッ⁉⁉」
ピストリィの静かなに震えるかのような叫びと共にモーリェの頭へ拳が落とされた。
「ぅぅ……うぅ……」
「眠らないようにするためにスルメをしゃぶっているって言ってましたよね! なのに何で寝てるんですか!」
「うにゃ……ごめんにゃぁ~」
モーリェはそう言葉を漏らしながら拳を落とされたところを撫でた。
ピストリィはポケットから布を取り出し、それをモーリェの口元のほうにやった。
「はぁ~、もう全く……。涎だって垂れちゃってますから。はい、これで拭いてください」
「ぅう……ありがとうにゃ……」
「ほら、スルメもしっかり咥えて」
「うにゃ~……」
なすがままという状態であった。
モーリェは相当眠いのか日中とは違って何か抵抗することなく、大人しかった。そしてそんなモーリェの口元を「しょうがないなぁ」という様子でピストリィは拭いていた。
その様子を見ていたフレンはウェルスの横に移動。ウェルスに耳元で話しかけた。
「……あの、ウェルス先輩」
「……何だ?」
「相変わらずピストリィって……」
「世話焼きだな。まぁ、そうじゃなきゃ副会長なんてやろうとしないさ」
「ですね~」
「何か言いましたか?」
「「いえいえ何も」」
フレンとウェルスはきっぱりとそう言った。
もしピストリィに世話焼きとか言ってしまえば魔力弾の一発や二発飛んでくるのは目に見えていたからだ。
「じゃあ会長。ひとまず今晩の会議はここまでにしますよ」
「ぅうう……わか……たにゃ~」
「では2人とも。私は会長を部屋まで連れていくので」
ピストリィは眠たそうにするモーリェを抱え上げた。モーリェの身長は小さいため、特に身体強化で補助したりする必要もなく、ピストリィは容易に抱え上げることが出来た。
「おぉ。お疲れさん」
「お疲れさまでした」
「はい。ではお疲れさまでした」
そう言ってピストリィはモーリェを抱えながらその部屋を出ていった。
残されたフレンとウェルスは時間も遅いということですぐに片づけを始めた。ただ片づけと言ってもコーヒーが入っていたコップを洗い、机を軽く拭くとかぐらいである。
「あっ、そう言えば先輩」
フレンがコップを棚に戻していると、突然ウェルスに話しかけてきた。
「ん。なんだ?」
「先輩はさっきウイさんで確定だって言ってたじゃないですか」
「ああ、言ってたな」
「じゃあそのウイさん以外とかだったら誰が良い感じって思いましたか?」
「ウイ以外かぁ~」
ウェルスは机を拭く手を止め、顎に手をやった。そしてそのまま「う~ん」と考え出した。
「……」
「そんなに難しいなら別に良いですよ」
あの強さを見たらまぁ他の人、自分たちを含めて何だか見劣りしちゃうのは当たり前かと思いながらフレンはそう言った。
「……良い感じというより」
「はい?」
「良い感じというより、底知れないという感じでも良いか?」
「もちろん良いですよ」
フレンは返ってくるとは思っていなかったので意外そうにしながらそう答えた。
「それなら一人」
「へぇ~誰ですか? 多分2年生ですよね。う~ん、誰だろ「ティミッド」えっ?」
「ティミッド・アーディー。あいつだ」
「えっ? ティミッド・アーディーってあの何だかちょっと弱弱しい感じがする子ですよね。ウイさんといた」
「ああそうだ」
フレンは今日昨日で見たティミッドという存在のことを思い出す。
フレンの知るティミッドの情報と言えば、彼女は実技まずまず、実技なしの教科だったりなどはかなりの高成績という感じ。まぁ要は普通に優秀というあまり珍しくはない人間だ。
今回の合宿に選ばれたのもたまたまに等しかった。
「う~ん……底知れない……? 底知れないですか、あの子?」
「ああ。気のせいかもしれないがな。それに多分会長もそう感じてる」
「え?」
会長もそう感じている。
その言葉にフレンは思わず驚きの声を上げた。
「まぁ気のせいかもしれないがな。まっ、先輩の戯言とでも思っておけ」
驚いたまま固まっているフレンにそう言いながらウェルスは机拭きを再開した。フレンはそれを見て「自分も」と片づけの続きをやりだした。
「ティミッド。ティミッド・アーディーね……」
フレンはそう呟きながらカップの水気を取って、棚に戻していく。
「う~ん……まっ、いっか」
そして最後のカップを棚に戻したときにはティミッドのことは頭の片隅、隅の隅のほうへと置かれていた。
* * *
「じゃあおやすみ」
「お、おやすみなさい」
お風呂から上がった私とティミッドはそう挨拶をしてそれぞれの部屋に入っていった。
「ふぅ~疲れたぁ~」
私はさっきも言ったような気がするセリフを再び吐きながらベッドへ倒れ込んだ。
いや一日中ぶつかり合ったから流石に疲れるわ。昨日とか比じゃないわ。
う~ん、まぁだけど良い鍛錬になったのには変わりない。
あんだけ激しくぶつかり合って、その上連続で絶え間なくやるというのは本当に楽しかった。
もう少し贅沢とかを言うならティミッドともやりたかったなぁ~ぐらいだ。
「ああ眠い……」
私はそう言いながら布団の中に入――りはせず、ベッドから起き上がり、備え付けの机に座った。
そして机に積んである教科書を開いた。
昨日今日の合宿の間も学校のほうではちゃんと授業は進んでいる。なのでここで一切何もせずなんてことをしてしまえば、合宿終了後、学校に帰ったときに授業がさっぱりわからなくなってしまう。
それは普通にアウト案件だ。
「え~とまずは魔法基礎だったか……」
魔法基礎とは身体強化や火を出すなどと言った基本的な魔法を学ぶ授業だ。
これは筆記と実技で分かれており、私は筆記のほうの成績は結構良い。実技のほうは言わないでおく。
「『魔法による非物質への干渉』ねぇ」
私は開いたページに記してあった大見出しを見てそう呟いた。
『魔法による非物質への干渉』。
これで一番に思い出すのはやはりあの影の刃だ。本来なら実態を持たない非物質存在である影を刃として操ったあの魔法。あれが一番印象的だ。
「非物質に干渉するにはまずその対象となるものをしっかりとイメージする必要があります。そもそも魔法とは人間が全身に命令を送るように、自然な流れ、イメージで行うことが重要であり、これが滞り、自然な流れで行えなければ行えないほど難易度は上がっていきます」
転移や探知系の魔法が難しいのはこれが理由なんだろう。
自分が一瞬で別の場所に移動する感覚、そういうのをイメージするのが難しくて、自然な流れで行えない。探知系に関しては通常とは違う視覚・聴覚の感覚、それがなかなかイメージできない。
どちらも不自然すぎてやろうとするイメージがなかなか抱けない。だから難易度が高い魔法なのだ。
「まぁ私にはまだまだ過ぎるから覚えなくても問題ないけどさ」
私はそう呟きながら教科書に書かれた文章を読み進めていく。
そのときふと私の手が止まった。
「そう言えばティミッドはもう寝たのかな?」
昨日は眠れなかったらしいからなぁ。今晩はしっかりと眠れていたら良いのだが……。
「……」
私は壁のほうに耳を寄せた。
特に音は聞こえない。強いて言うなら落ち着いた呼吸音が微かに聞こえるぐらいだ。
多分今日はちゃんと眠れているみたいだ。
「ふぁぁああぁ……私もそろそろ寝るか……」
私はそう言うと部屋の明かりを消してベッドの中に入った。
「あしたもがんばるぞぉぉぉ……」
そしてそのまま目を瞑って眠りに落ちていった。
ウイの部屋の机。
そこに置かれた開きっぱなしの教科書。
それはさっきまでウイが見ていたページ――いや、正確には一瞬だけ見たページのままであった。
そのページの大見出しは『魔法による非物質への干渉』。
そして小見出しとして書かれていたのは――『精神魔法』。
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