第14話
午後の鍛錬では魔力による身体強化の使用が解禁されたため、午前に比べさらに激しい打ち合いとなっていた。
やり方としては基本的には打ち合いであるが、やる相手は目があった人同士というなんとも実戦的なものだ。
そしてそんな感じだからだろうか、鍛錬場に響き、轟く、音と衝撃は午前中の比ではなかった。例え耳を塞いだりしたとしてもその音と衝撃が肌を伝わり、その激しさを直接伝えてくると思うぐらいだ。
「はぁ‼」
「うぉりゃぁ!」
「――‼」
「チィッ」
「ふぅんッ!」
掛け声は止むことなくなり続け、
ドンッ!
ガンッ‼
踏み込む音、ぶつかり合う音、転ぶ音、吹っ飛ぶ音……幾重にも折り重なる音たちが鳴り響く。
アロガンスは壁に飛ばされ、フェルゼンは宙を舞う。ティミッドは汗に足を滑らせ、地面に転び、モーリェは壁を飛び跳ねる。
もはや大乱闘というあり様であった。
あまりの激しさに鍛錬場の面積が午前中よりも広くなっているような錯覚を――あっ、これ錯覚じゃねぇ。本当に広くなってるわ。
やっぱり空間に干渉する類の魔法を使っているということだろう。
ま、今はそんなこと考えている暇とかは全くないんだけど。
「おりゃぁぁー!」
「――にひっ」
私は思考をすぐに切換え、背後から迫っていた剣に振り返りながら合わせていく。そしてその勢いのまま万全に強化された肉体のパワーを惜しげなく使い、一気に持ち上げた。
「なぁッ……⁉」
「にひひひ……。あっま~い、ですよ、先輩!」
思わず口がちょっと軽くなってしまっているが、そこはご愛敬。
「ふぅ…………はぁ‼」
「はぁ!」
ガンッ‼
宙を舞った先輩への振り上げた刃は見事に防御された。だが威力は私のほうが上だったようで、先輩は少々鈍い顔を浮かべていた。
そしてそんな状況で手を緩めたりする私ではない。
例え先輩とかでも加減とかせず、思う存分力の限り剣を振らせてもらう。
「まだまだ!」
「⁉」
私は一発一発に渾身の力を込めて連続で振り上げていく。
その度に先輩の落ちてきた体は再び高く上がり、地面に落ちることなく宙を舞い続けた。
先輩は体を動かし、落下点をズラスことでこのループから抜け出そうとしているが、そうは問屋が卸さない。私は素早い足さばきで先輩の真下に移動して、何度も何度も打ち上げ続ける。
毎度毎度人一人を持ち上げるということで、普通だったら疲れてこう何度も行うことはできないが、今は魔力による身体強化を行っているため、全くと言っていいほど疲れはない。むしろ絶好調という感じだ。
「ちょっ。下ろせぇぇぇ!」
「あははははは‼」
いや~魔力が使えるって本当に素晴らしい。
午前中は対格差のせいでかなり大変だったが、こうやって魔力が使えると対等以上にわたり合える。
本当に魔力は凄い!
「ふぅ……せぇ~のッ!」
私は空中でジタバタとこのループから脱却しようとする先輩を高く高く、今日一番の高さで打ち上げた。
「なっ、ちょっ」
先輩はジタバタするのを止め、急いで防御姿勢を取りながら落ちてきた。
「はぁ‼」
そして私はそんな先輩をゴルフのようにボールを打つかのようにフルスイング。先輩はきれいな軌跡を描きながら壁のほうへ飛んでいった。
「はぁ、はぁ……にひひ……。次ッ‼」
私は周りを見渡し、相手がいなくなった人を探す。そしてすぐに見つかり、その相手も私に気づいた。
「「よろしくお願いします‼」」
互いに睨み合いながら、挨拶が鳴り響く。
そして私とその新しい相手となる先輩は同時に駆けだした。
剣を打ち合い、人がぶつかり合い、人が飛び交う中を駆け抜け、
ガンッ!
剣と剣が衝突した。
「はぁぁぁ‼」
「ふぐ、ぐぅぅぅ……‼」
ギシギシと鍔じりながら互いに押し合う。
ズズッ……。ズズズ。
そして先輩の足が静かに、ゆっくりと後ろに下がり始めた。
先輩は何とか耐えようと踏ん張っているようだが、足りない。むしろ変に耐えようとしているせいでズルズルと後ろのほうへ下がっていく。
「くっ……」
私は止まらず、止められず。勢いのまま先輩を一気に押し込んでいく。
「⁉」
瞬間、前からの加わっていた力が抜けて私は前方に体を投げ出した。
「先輩を舐めんじゃねぇぞ‼」
「⁉」
そう叫ぶ先輩の体は床のほうに後ろから倒れかかっており、このままでは私と床の間でサンドされてしまうだろう。はっきり言ってこの状態のままで何かができるかと言うと何もできないだろうという状態だ。
しかしその気迫から何かあると私は感じた。
「――」
私は地面を蹴って後ろへ下がった。
「……」
「……」
だが先輩は何か行動を起こそうとするわけではなく、そのまま床に倒れ、スゥーと勢いのままに床を滑っていった。
「……」
「……」
そして壁に頭をゴンっとぶつけて停止した先輩は無言のまま立ち上がって剣を構えた。
「……ふぅ」
一息ついた先輩を見て私は、
「……このぉぉぉ‼」
騙されたという悔しさを胸に抱いて踏み込んで行った。
見事に騙された。
何かあると思わされた。
下がらされた。
……。
……。
いや、まぁ……そうやってしっかりと警戒して、油断なく行動するのは良いことではあるが、今のはアウトだ。決められたのに、決められなかった。
こういうのは負けとかに繋がるあぶねぇ~やつだ。
「うがぁぁ!」
騙されたという悔しさが込められた一撃はきれいに先輩の体にヒット。
「ハハハハハ‼」
見事に私を騙して危機を脱したことが相当嬉しかったのか、先輩は良い笑顔を浮かべて私の剣で飛ばされていった。
「……次ッ‼」
「黒髪ィィィィ‼」
そうして私を騙した先輩を吹っ飛ばした所へ、叫び声を上げながらアロガンスが突撃してきた。
なかなかの速さであり、この前の決闘のときより若干早くなったかもしれない。
アロガンスもしっかり鍛錬していたということなんだろう。
だが――
「あっ……」
紙一重と言うタイミングで私はアロガンスの攻撃を避けた。
「⁉」
続いて私はアロガンスの足を払いのける。
「まっ」
アロガンスは何か言おうとしたがそんなものは無視だ無視。さっきはそういうのを無視できなくて決めきれなかったのだ。もうあんなことはやらかさない。
私はそんな思いを胸にアロガンスの腹へ一刀。
「てぇぐぅぅぅぅ」
剣から伝わる筋肉の固さを感じながら私は剣を振り切った。
「まだまだ足りなぁぁあい‼」
「うがぁぁぁぁぁぁ⁉」
アロガンスもさっきの先輩たちのように鍛錬場の壁のほうへ向かってすっ飛んでいった。
「ふぅ……すっきり。よし、次ッ‼」
* * *
合宿2日目の夜。
「はぁ~疲れたぁぁぁぁ~‼」
私の声が閉じられた空間ということで反響に反響し合って、その場所――お風呂で響き渡った。
「う、うん……本当に、疲れたね……」
湯船に浸かっている私にティミッドはそう言いながら体を洗いながら言った。
「いや~私強いからぁ~……先輩一杯一杯来たからぁ~」
「ほ、本当にすごいね……」
「えへへへ。それほどでもぉ~」
あぁ……お風呂の温かさが全身に染みるぅ~。
それに今日の充実感と褒められた嬉しさとかも全身に染みて、疲労を癒していく~。
「あぁ、気持ちいぃ~」
私はそう言いながら湯船の中に全身を沈めた。
この合宿場に備え付けられたお風呂は、あの鍛錬場と同じように空間が広げられており、そこそこの広さがある。湯船はかなりデカく、軽く泳ぐこともできそうな大きさ。そしてその大きさに合わせ、湯船の外も広い。流石に走り回れるというほどではないが、結構広い。
一応昨日も使うことはできたが、昨日は部屋に行って荷物をだし、剣を振って、そのまま寝てしまったので、入らなかった。
女子なんだからもう少し気を遣ったほうが良いんだろうけど、なんだかたま~に無性に風呂に入るのが面倒になるあれだ。
まぁ、今日みたいなびっしり鍛錬しまくって、汗をかきまくった後のお風呂と言うのはかなり気持ちが良いから、こういうときはしっかり入るようにしているけど。
「……うっぱあぁぁ……そう言えばティミッド~大丈夫~?」
湯船から顔を出した私はティミッドにそう話しかけた。
ティミッドは急に出てきた私に驚いたという反応をした。
「⁉ えっ、えっと……なにが……?」
そしてビクビクとしながらそう尋ね返した。
「ほら、昨日寝不足だったじゃん。だから今日の鍛錬しんどくなかったかなぁ~って」
「あっ、えっと……だい、じょうぶです……。いつもの……ことだから……」
「いつものことって……寝不足が? それとも疲れるのが?」
「……つかれるのがです。だから、つかれていても……動くのは、得意です……」
「へぇ~そうなんだ~」
なるほど。だから午前中は最後のほうまで残っていられたのか。
「まぁだけど、無理はしないようにね」
「えっ……?」
「だって疲れているのに動けるって、それかなり体に無理させてるでしょう。それなのにさらに無理とかさせちゃったら、本当に動きたいとき動けなかったりするかもしれないじゃん」
まぁ戦ったりするとき、疲労とか怪我とかそんなの度外視で戦ったりしている私が言えたことではないけどさ。
私はグ~っと腕を伸ばして湯船に足だけ付けているティミッドの隣に座った。
「まだ私とやってないんだからぁ~。その前に倒れちゃったりしないでよね。凄い楽しみにしてるから」
「えっ⁉ えっ、えっと……」
「まぁ私的にはいつでもバッチグゥ~だから」
「バッ、チ……グゥ~……ですか……」
「うん。だからだから。ティミッドがやりたいときにやろうね」
「えっ、えっと……えっと……」
するとティミッド何やら戸惑った様子で頭を落としてしまった。その表情はやけに暗いようにも感じる。
「ティミッド。大丈夫? お腹でも痛いの?」
「えっと……そういうわけじゃないです……。だいじょうぶです……」
「そう……?」
そう答えたティミッドの表情は相変わらず暗かった。
う~ん、どうしたのだろうか。
まだまだ短い付き合いではあるが、ティミッドはたまにこんな感じで表情を暗くすることがある。
こういう表情を見てると、なんだか私の危ない扉とかを開いてしまいそうになる。
まぁ開きはしないけど。開いてしまいそうになるだけだ。
「ねぇティミッド」
「は、はい⁉」
ちょっと甲高い声がお風呂に響いた。
「また膝枕とかでもする?」
「えっ、えっと……」
私ができるティミッドが喜びそうなこととかはこれぐらいしかわからん。なので膝枕でティミッドの影を吹っ飛ばすのだ!
それにそうすればもしかしたらやってくれるって言ってきてくれるかもしれないし。
「どうぞ~どうぞ~ウェルカム、ウェルカム~」
私はそう言いながら自分の太ももをポンポンと叩いた。
「えっと。じゃあ……お言葉に、甘えて……」
そしてティミッドはそう言うと私の太もものほうへ体を倒し、頭を乗せてきた。
「――⁉」
お風呂の温度によって火照った私の太ももの上に若干冷えた頭が乗っかたことで声にならない悲鳴を上げた。
思わずビクンっと体を震わせてしまった。
しかしティミッドのほうはそれには気づかなかったようで、落ち着いた様子であった。
「ここはお風呂だから、流石に寝ちゃだめだよ~」
「はい」
私は膝枕をするティミッドを見下ろしながら、手持無沙汰になった手を何となくティミッドの肩のほうへ置いた。
「ティミッドはさぁ……どうして髪で顔を隠してるの?」
「えっ、えっと……自分が嫌いだからです……」
「自分が嫌い?」
「はい……。自分が嫌いで、嫌いだから、そんな自分を隠したくて、見たくなくて……唯一好きな、この髪で隠してるんです……」
「そうなんだ」
う~ん確かにティミッドの髪はきれいだけど……
「だけどやっぱり顔出したほうが良いと思うな~」
「えっ……。どうして、ですか……?」
「だってティミッドって凄くかわいいじゃん。なのに隠したりするなんて勿体ないから」
「勿体ない……ですか……?」
「うん。勿体ないよ」
「そう……ですか……。だけど……私は……」
「まぁ無理にとは言わないし、ティミッドが今のほうが良いならそれで良いんじゃないの。どうせ最後に決めるのはティミッドなんだし」
「……」
私の言葉にティミッドは黙り込んでしまった。
「……もう少し、こうしててください……」
そしてティミッドはそう言うと目を瞑ってしまった。ただその感じは眠くて瞑ったというわけではなく、何か考えこんで瞑ったという感じだった。
「ん? 良いよ~」
私はそんなティミッドを見て、そう答えた。
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