第13話


 鍛錬場では幾重にも重なり合う剣と剣のぶつかり合う音が鳴り響いていた。

 鈍い音。

 甲高い音。

 轟くような音。

 そして鳴り響いているのは剣のぶつかり合いだけではない。

 呼吸や床を蹴るなどといった音もぶつかり合いに隠れるように鳴り響いていた。


 打ち合いを始めて、すでに5時間ほど経過していた。その間、何度か休憩が挟まれたりしたが、その時間はあまり長くなく、大半が打ち合う時間であった。


「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」


 私たちの足元には汗がいくつも垂れ、水たまりをつくるまでには至ってはいなかったが、汗のせいで結構滑りやすくなってしまっているので少々動きづらかった。

 変な体勢で重い一撃を受けてしまえば、そのまま滑って転びそうになるなんて想像は軽くできるほどだ。


「はぁ!」

「ーー‼︎」


 しかしそんな足元であっても私は気にせずに剣を振り、ぶつかり合い続けていた。

 隙を突き、


 ドンッ‼︎


 勢いよく踏み込み、


「うぐっ⁉︎」


 剣を振り下ろす。


 滑ってしまいそうに感じてヒヤッと感じることもあるが、そんなこと気にしている場合ではない。

 私と先輩たちを比べると、剣の技量自体は私が上だとしても、そもそもの体格や筋力に差がある。そのせいでいくら技量があっても、力が足りなくて良いのを入れづらいという現状だ。

 よって、私が先輩たちに上手く着いていくためには技量+αーー博打をしつつ、力の差を埋めたりする他ないのだ。


「サァ‼︎」

「……ぐっ⁉︎」


 魔力なしで戦ったりしたことは全くなかったため、この魔力使用禁止の打ち合いは本当に楽しい。

 何度も何度も吹っ飛ばされそうになる。

 何度も何度も攻撃を弾かれたりしてしまう。

 受けた衝撃で剣を落としそうになったことも多々だ。


 あぁ、本当に……楽しすぎだ!


「ハハッ……。行きますよ〜!」


 思わずそんな言葉が漏れてしまったが、まぁ別に良い。


 ドンッ‼︎


 ガンッ‼︎


 私は勝手に漏れる言葉も気にせずに踏み込んでいく。


 剣のぶつかり合う音が鳴り響く。

 呼吸や掛け声が轟く。

 踏み込む音は床を伝わり、鍛錬場全体が震える。

 体力がなくなった者は鍛錬場の脇のほうで腰を落としていく。


 そうしてだんだんと数が減っていくため、自然と使える面積も増えていく。


「あはははは‼︎」


「にゃはははは‼︎」


 私とモーリェは笑いながら剣をぶつけ合っていた。

 私の剣が一般的な長さなのに対して、モーリェの剣はかなり短い短剣だ。


「ちょこまか動きますねぇッ!」

「にゃはははは‼︎ 着いて来られるかにゃぁぁぁ〜!」

「着いていきますよ!」


 小柄な体躯を生かしたスピード攻撃。

 そして奇想天外なタイミングや角度から繰り出してくる攻撃。

 純粋な力や技量自体は私のほうに分があるはずなのに翻弄されてしまっていた。


「そこっ!」

「にゃはっ」


 突いて、斬りかかって、蹴って、飛んで、踏み込んで。


 全身を駆動させてこの野生動物に追いつこうと、思考を加速させていく。


「にゃにゃッ!」

「あぶっな⁉︎」


 しかし追いつけない。あと一歩というところで追いつけず、モーリェの取ってつけたようなにゃにゃ口調が鳴り響く。


「にひッ……」

「にゃはッ……」


 そうやって笑みを溢しながら、私たちは鍛錬場全体を駆けながらぶつかり合った。


 すでに私たち以外の人たちは壁際で腰を落としていた。



 *  *  *



「にゃはははは! ウイちゃん、つよかったにゃ〜」

「……」


 そう言ってモーリェは私の肩を楽しそうに叩いた。


「ぅうう……」

「にゃ? どうしたかにゃ? お腹でも壊したかにゃ?」

「どうしたも……こうしたも……ありませんよ‼︎」


 私はそう叫びながらフォークを持って立ち上がった。


「結局最後まで一発も入れられませんでしたし! 翻弄されぱなしでしたし!」


 私はあの後結局最後まで、モーリェに良い一発は入れることができないまま、昼食休憩ということで終わってしまった。


「ああー、もうっ! あと少し、あと少しだったのにー!」

「あっはは。そいつは残念だったな。まぁこの留年バカと純粋なフィジカルであそこまでやったんだ。ちょっとは喜んでおけ。それに何より、最後まで剣を振り続けた体力とか、普通に誇っておくべきだろ」

「ぅぅ……ですか?」

「ああ。ああ。……じゃねえと最後までやれなかった俺たちは何だって話になっちまうからな。あっははは!」


 ウェルスの笑い声に合わせて昼食を取っていた他の先輩たちの笑い声も響き渡った。


 まぁさ……。有り余る体力で最後まで剣を振ってたけどさ。だけどなぁ〜やっぱ悔しいもんは悔しい。魔力なしの枷があったとは言え、こうも上手くいかないのは悔しい!


「……そう言えば、その留年バカってのは何なんですか?」


 モーリェのことを言うとき結構な高確率で留年という単語が聴こえてくる。今まで大して気にしてはなかったが、こうも高頻度だと流石に気になってきた。


「ん? ああ、それはだな」

「にゃ⁉︎ ちょっ、ウェルくん。止めるにゃ〜⁉︎」


 モーリェはウェルスの口を止めようと宙を飛んだ。しかしウェルスに辿り着く前にモーリェの体はピストリィの手によって止められた。


「会長。さっきも言いましたよね。食事中に暴れないでと」

「ぁあ……ちがうのにゃ。ウェルくんが、ウェルくんが……」

「言い訳はこっちで聞きますから」

「うにゃぁぁぁぁ〜〜〜〜‼︎」


 首根っこを掴まれたモーリェはそのまま外へと連れて行かれていった。


「アイツはあんな感じでダメダメだろ」

「ですね」

「興味あることしかやろうとしないから、そのせいで1年と2年で留年したんだよ」


 ああ、なるほど〜。

 うん。なんかすごく納得する理由だ。


「……まぁ1年のときは猫化の魔法と三校祭準優勝っていう実績でなんとか進級できたみたいだが……まぁ野生に帰ったりしまくって行方不明になったりしていたせいで、見事2年生でも留年しちまったってわけだ」


 1年で留年。そして2年でも留年。てことは今年で実質4年生ということか。


「あれっ? だけどそんな風に留年しているならどうして生徒会長なんてやっているんですか?」


 ここまで逃亡癖みたいなものがあるなら無理に生徒会長をやらせる必要とかないだろうし、てかそもそも留年している人が生徒会長って、それでいいのか?


「ん? まぁそりゃ至極真っ当な意見だな。確かにあんな仕事嫌いな、野生に帰りたいとか言っているアホは生徒会長なのはおかしいよなぁ」

「えっと、そこまでは流石に……」

「ああ。これは2,3年全員が思ってることだから」

「「「うん。うん」」」


 ウェルスの言葉に合わせてその場にいた先輩が全員頷いた。


「えぇ……」


 その光景。まるで事前に示し合わせていたかのように息が合った頷きである。

 これには流石に私も驚きを隠せない。


「えっとならどうして生徒会長に?」

「それはだな……あいつがこれ以上ないくらい有能だからだ」

「ゆうのう……?」

「ああ。そうだ有能なんだよ。口ではああ言って、逃亡したり、野生に帰ったり。本当に面倒だったりするが、それでもやるべき仕事はいつもやっている。なんやかんやいつもちゃんと仕事を終わらせるし、緊急時とかは真面目に行動する」

「へぇ……」

「おっ。信じてないだろう。まぁ、信じないとは思うし、知っている俺も信じてはいない。だがそれでもあのアホはちゃんと結果を示し、行動を残している。だからあいつが生徒会長をやっているんだ」


 そこまで言うとウェルスは喋りすぎて口が乾いたのか水をグッと流し込んだ。


「留年してもなお、な」


 そしてそう言い切った。


 周りにいた先輩たちもそれに同感だと言うように頷いていた。


「よしっ。あいつの話はここまでだ。

 おーい、1年共、手が止まってるぞ。午後からはもっと激しくなるからな。しっかり食っておけよ」

「あっ。は~い」


 私がそう答えながら隣にいるティミッドやちょっと離れたところに座っているアロガンス、フェルゼンを見てみると、ウェルスの話に聞き入っていたのか確かに手が止まっていた。


「ああそうだ。ティミッド、ティミッド」

「⁉ えっ、えっと……何……かな⁉」

「午前は中々タイミングが合わなくて誘えなかったんだけど、午後は私と打ち合わない?」

「えっ……えっと……どう、して?」

「う~んと……私がどんな風に戦うのか知らなく、それでちょっと気になるなぁ~って」

「えぇっと……あんまり……強く……ないし、面白く……ないよ……」

「そんなの全然いいよ。てか合宿に選ばれているんだから強くないわけはないよ~」


 ティミッドはスプーンでスープを掬いながら、うつむいてしまった。


 もしかしたらここまで強く押されたりするのは慣れてなかったのかもしれない。


「えっと……もしかしてダメだった?」

「えっと……そういうわけじゃなくて……ただ……えっと……いまは……ちょっと……」

「ふ~ん。そう。じゃあティミッドがやっても良いと思ったらやろう」

「あ、うん……それなら……いいよ……」

「よしっ。じゃあ楽しみにしてるから」

「う、うん…………たのしみに……」

「おい、黒髪! 午後は俺と!」


 そのとき急にアロガンスが立ち上がり、私にそう叫んできた。


「その言葉は自分の膝をちゃんとさせてから言ってくださいね~」


 私は疲労で膝が震えたりしながら立っているその姿を見てそう言った。

 その言葉にアロガンスは力尽きたかのように椅子へ座り込んだ。その有様にフェルゼンは食事を止め、一瞬でアロガンスの傍に駆け寄っていた。


 いや~アロガンスって思ったよりスタミナがないんだなぁ。……いや、スタミナがないというより、魔力で身体強化できないのにいつも通り体を動かそうとして、余計に疲れているという感じかな。

 フェルゼンとかはあまり無理しているという感じがしてないのは、騎士団に所属しているお父さんにしごかれたりしているからかな~。

 まっ、予想だから本当かは知らんけど。

 ……。

 ……。

 う~ん、そうなるとティミッドが意外と平気そうな感じなのがちょっと凄い。

 寝不足とかのせいで結構疲れているはずなの、午前中は後半のほうまで打ち合いはしていたみたいだからなぁ。

 いや~本当に気になる。

 ティミッドがどんな風に戦うのかチラ見でも良いから見ようとすれば良かった……。


「えっと……ウイ……さん? どうかしたの……?」

「うん? いや~何でもないよ~」


 ティミッドとやれるのが本当に楽しみだ。


「うへへへ……うへへへぇ……」


 なんだか想像したら口角が緩んできた。閉じようと思ったがなかなか閉じられず、変な声が漏れてしまっていく。


「えっ……えっと……えぇ……?」


 隣では戸惑うティミッドの声が聞こえてくる。

 流石にこれは気味悪がられる。何とか口をしっかり閉じて、


「ふへ、ふへへへぇ……」


 う~ん、なかなか止まらん。より一層変な声になってしまった。

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