第14話

 男は軽々とのこぎりを振り回した。それを見て私の刀を持つ手にこもる力が自然と強くなる。


「さっきまでのは手を抜いてたんですか?」

「? いやそうじゃねぇぞ。たださっきまで弱い奴とやってたからな……ちと鈍っちまってただけだ」

「そうですか。それは良かった」

「あ? 良かった? 意味分かんねぇな~。これでお前は死ぬっていうのに」

「いえいえ……私としては強い人と戦うというのは何より大事なことなんで」

「は~変わってんなぁ……いわゆる戦闘狂か?」

「そんなじゃないですよ。ただただ夢に向かって頑張ってるだけですよ」

「そうか」


 男の口調は変わらない。態勢も変わらず、力が抜けている。のこぎりは地面に突き立っている。とても今戦っている人間とは思えない。

 だからこそ不自然に感じた。

 さっきのように会話をしようとしていたのもそれを加速させた。

 男は変わらない。

 体は攻撃をしようとはしていない。

 だが私は直感的に察知した。


「よおぉぉ!」

「!」


 声はすでに真横から聞こえていた。視界には男の姿はなく、迫り来るのこぎりが見えていた。

 私は刀をそれに合わせて防御を取った。


「ヒッ……吹っ飛べ!」

「うっ!」


 ものすごい力が私の腕に伝わっていく。

 ミシッ……。

 そんな音が私の腕から聞こえた。

 だが私の体はそんなことを気にする間もなく、地面を離れた。踏ん張り、耐えることはできず、宙に浮く。そしてそのまま私は飛ばされていった。

 滞空を感じることなく飛んでいき、木へとぶつかる。衝撃が響く。低いうめき声が零れる。

 今回もさっきと同じく身体強化、その上防御姿勢を取っていた。にもかかわらずこれだ。外傷はない感じだが、その実体への見えないダメージというのは大きかった。

 一番痛いのは腕だ。どういう状態なのかはわからないが、骨にひびが入っている、それは確実だ。もしかしたら折れているかもしれない。

 そしてそのせいで刀を持つ手に力が入りにくくなる。


「キエェェェェ!」


 そこへ追撃を忘れるような敵ではない。

 奇声と共に男が迫って来てた。


 のこぎりが振り下ろされる。

 私はまともに受けるとまたさっきのように吹っ飛ばされる、だが避けるだけでは体力を消費するだけ、そう考えその攻撃を流すことを選択した。

 力の入らない腕を身体強化で補助。痛みは感じるが……まぁどうでも良い。


「ふぅっ!」


 衝撃が伝わってくるが、それを耐え、すぐに横へ流す。その攻撃による刀の破損は一切ない。刀は貰ったあのときの状態のままである。

 神刀『篠突』。きれいな刀ではあるが特に火を吹いたりする刀ではない。だが伊達にも神刀。普通の剣や刀とは違い、絶対に刃こぼれせず、折れることがないという凄い刀だ。

 そのため、確かに男の攻撃の威力は高いが、この刀を壊すこと、それだけは決してできない。


 男はすぐに第二撃としてのこぎりを振ってくる。

 私はさっきのように吹っ飛ばされないように足腰をしっかりとさせ、流していく。


 のこぎりが振られる。

 私は流す。

 のこぎりが突かれる。

 流す。

 のこぎりが振り下ろされる。

 流す。

 のこぎりが……。

 流す……。

 のこぎりが……。

 流す……。

 のこぎりが……。

 流す……。


 似たようなことが延々と繰り返される。

 このまま続けば不利になるのは私だ。


 私は反撃の隙をつくることはできず、ただ攻撃を受け流していく。衝撃が伝わる。疲労が溜まる。体力を消費する。魔力を消費する。

 だがそんな状況とは打って変わって、私の内心はとても昂っていた。


 楽しい。

 楽しい。

 本当に楽しい。


 強い人と戦っているだけでなく、今はその相手に押され、危険な状態だ。劣勢だ。だがそんな状況――連続で問題を出題され、答えていくようなこの状況。これがたまらなく楽しい。私が押されている? 劣勢? だからどうした。私はそんな状況で生きているのだ。戦い続けられているのだ。

 あぁ……。

 それはなんてカッコいいんだろう。


 間違えることなく正解だけを選び戦っている。

 自分にできる最大限を持って戦う。

 こんなの最高のシチュエーションだ。

 楽しい。

 気持ちいい。

 心の昂りは青天井だ。


 ここしかない。使いどころはここしかない。

 そう思ったときには口がすでに動いていた。


「我、天御座す……神の地立つ、許し願う……」


 魔力が高まる。それは私の付けるお面に集まっていく。笑みが零れる。

 男は怪訝そうな顔をし、攻撃の威力やスピードが増していく。


 ポツっ……。


 雫が落ちる。


 ポツ。ポツ。ポツ。


 連続で落ちてくる。


 ポツポツポツポツポツ!

 ザァー!


 それはすぐに激しいものとなり、私たちの体を濡らしていく。


 刀同士ではないのこぎりという変わり種であるが問題ない。これは良い。すごく良い。


「ふふっ……」

「?」

「あはははは!」


 私は気分に任せ、腕の痛みなど気にせず、のこぎりを受け流さずにそのまま押し返した。力は私の方が弱く、押し切られはしなかったが、ほんの一瞬隙間ができた。私はそこを逃さずに抜けていった。


「なっ!」


 男は驚きの声を出していたが、それがたまらなく気持ちいい。


 私は男と距離を取った。


 モチベは最高。

 気分は絶好調。

 心の熱は最高温度。


「楽しいな……楽しいな!」


 思わずそう叫んでいた。

 男はその様子に何か不思議な生物を見るかのように私を見ていた。


「楽しいだぁ?

 何か魔法を使うのかと思えば特に何も起きず、たまたま俺の攻撃から抜けれた。腕力の差で圧倒的に劣って、その上傷だらけだろう。何でその刀が壊れていないのかは分かんねぇが、お前が不利なのには変わらないだろう。……にもかかわらず楽しい? 本格的に頭がおかしいんじゃないのか」

「あははは。別におかしくなんかないから。それに魔法、いや儀式はちゃんと成功してるから」

「儀式?」

「そう。……知らない? 雨乞いの儀式。私の家、アマツカエ家で昔やっていたんだって。それを私はこのお面で簡易的に儀式を行って、雨を降らしたんだよ」


 私はお面を指さしながらそう言った。


「? ……分かんねぇな。その最初からその変なお面には気にはなってたが、雨? そんなもの降らしたところでなんの意味があるんだ?」

「ん~特に意味はないよ」

「じゃあなんだ。このお前にとっての危機的状況でそんな意味ないことをしたのか?」

「うん。確かに意味はない。特に深い意味はない。ただの賑やかし……だけど私にとってはとってもすごく良い起爆剤だよ」

「どういう……!」


 流石である。

 男は私の体の微妙な変化に気づき、のこぎりを構えた。

 男は私が何をしようとしているのか気づいたのだ。そう男自身がやっていたことと同じこと。それをやろうとしていることに。


「こういうさ!」


 私はノーモーションで男の目の前に移動した。完全に成功とは言えないがなかなかに上手くいった。


 刀はのこぎりとギシギシと音を立てている。

 私はそれを押し切る。


「何っ!」

「ふふふ」


 面白いほどきれいに男ののこぎりが横に払われた。私はそのまま攻撃を続けていく。刀が連続で切り込まれていく。だがさっきのようにはならず、男の方も負けじと防御、そして反撃を繰り出していく。

 斬って。

 斬りこみ。

 受け。

 払い。

 流れるように攻撃が繰り出されていく。

 傷だらけ。力もあまり出せないはず。だが私はさっき以上の力を込め、刀を振るっていた。どんどん力が溢れてくる。いわゆる火事場の馬鹿力。そういうやつだろう。

 メンタルというのはときに思いもよらないぐらいの力を出してくれる。


「どうなってんだ! さっきより強くねぇか!」

「だから言ったじゃないですか。起爆剤って! 私の心を昂らせまくる起爆剤!」

「心って……パワーを上げたりじゃねぇのか、よっ!」


 男は私から距離を取ろうと力ずくで吹っ飛ばそうとするが、私はそれを完璧に流した。


「そんなじゃないですよ。あくまで賑やかしなんですから」

「クソっ。バケモンかよ」

「化け物って……酷いじゃないですか。私はただ自分の夢――『雨の中でカッコよく刀を振るう』っていう夢に向かって頑張って、雨の中で戦うと気持ちがすごく昂る女の子ですよ!」


 元男だけどね。

 そう自分で自分にツッコミを入れつつ、私は刀を振るっていく。どんどん私の剣筋は鋭くなっていく。

 男は少しずつ後ろに下がり始めていた。


「それをバケモンっていうんだよ! 普通雨が降ったぐらいで人はこんなに強くなんねぇよ!」

「なりますよ。なってますもん」


 男の顔に焦りが見え始めてきた。

 私の刀を握る手により一層力がこもっていく。


「もっと行きますよ」

「!」


 そう言って私は男のことを軽く突き飛ばした。

 そしてのこぎりを避けるようにして刀を振るいながら、男の脇を抜けていく。男の脇にはそこそこの深さの傷が生み出された。

 男の背後に移動した私はそこから男の背中を足蹴りした。だが思ったよりも男を突き飛ばすことはできなかった。


「予想通りだよ!」

「みたいですね!」


 男が蹴りを入れられる、その直前で防御をしていたからだ。

 男は振り返りながら私の首を切り裂こうとのこぎりを振るってくる。遠心力で加速したのこぎりが迫る。私はそれを屈みながら避け、男の懐に入る。その際肩の辺りに熱いものを感じた。ギリギリ避けきれず、肉を削られたのだろう。

 だが私は問題なく男の懐に入っていた。


「狙いは鋭く! 正確に!」


 下からの突き上げが男を襲った。胸、無理なら顎、そのどちらかを貫くつもりの一刀であった。

 男はとっさにのこぎりを上に投げ、両腕をクロスして防御を取った。

 私の刃は男の腕二本を貫くことは流石にできず、途中で停止させられた。

 そしてその私の頭上からのこぎりが落ちてくる。斬れても斬れなくても、あの質量ののこぎりを頭から落とされればただでは済まない。


 刀は抜けない。

 男はニヤッと笑みを浮かべていた。


「はあ‼︎」


 私は男から離れず、逆に押し込んだ。私は男共々倒れこむ。それによりわずかに力が緩んだのか刀がスッと抜けた。

 雨によって地面はぐちゃぐちゃになってきていた。

 私の制服は泥だらけになる。男の白装束も血の色に上塗りするように泥だらけになっていた。


 私は膝立ちの体勢から刀を抜刀するように男へ斬りこんだ。

 男は拾い上げたのこぎりでそれを防御した。


「はぁ……はぁ」

「あははぁ……はは……」


 すでに私たちは息も絶え絶えの状態であった。


 私の体温は雨に濡れているはずなのに下がることなく、むしろ逆に上がりまくっていた。


「キ、キヤァァァ!」


 男は立ち上がり、奇声と共にのこぎりを私目がけて振り下ろしてきた。


 私は刀を再び抜刀するように構えた。


 世界がスローモーションになる。ゆっくりと動いているように見える。私の集中状態がそうさせていた。

 のこぎりが迫る。

 私はそれを冷静に見る。

 迫る。

 迫る。

 斬られる。

 その直前。私は紙一重でそれを避け、男の右腕と肩の間目がけ縦一閃に斬りこんだ。


 鮮血が散る。

 雨の中に血が混じってゆく。

 ドシャっと音を立て、のこぎりを握りしめた右腕が地面に落ちた。

 悲鳴があった。


 そして無防備となった男目がけて私は刀を振るった。

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