第13話

「キヤァァァ!」

「!」


 突然現れた男は奇声と共に、小さい子供の身長ぐらいある巨大なのこぎりを横に構えて踏み込んできた。急な奇声のせいで一瞬体がすくんでしまい、私は動くのがワンテンポ遅れてしまった。

 その隙に男は接近。その手に握られた凶悪な獲物が横に振り切られる。


 食らえばのこぎり特有の荒い刃で私はズタズタに引き裂かれるだろう。

 私は流したりするのは間に合わないと判断。バックステップで回避に切り替えた。

 ヒュン!

 私の腹の辺りを狙っていたのこぎりは、目標を失って空を切った。風切り音がはっきりと聞こえ、起きた風圧は制服越しに私の腹を撫でた。


 ここまでの大きさののこぎりを扱い、その上それをここまでの速度で振り、移動する力量。なかなかにやりそうだ。これまでの白装束たちとは一味違いそうである。

 私は背中に冷たい感覚を味わいつつ、目の前の敵の力量を予想し、口角を上げて反撃の準備に移った。


 走るときのスタートをするとき態勢、いわゆるクラウチングスタートのときのように足を置き、そこから低い姿勢となって男へ向かって駆けた。

 そんなに下がっておらず、距離は短いのでかけるというより、発射。砲弾を射出するように飛び出た。

 瞬間的な加速。

 刀には加速による威力は完全に乗り切ってはいなかったが、人に――さっきまでの白装束たちに振るうなら十分な威力が乗っていた。


「はぁ!」


 刀は男の顔面目がけて振り上げられた。だが男を斬ることなく、途中で割り込んできたのこぎりによって防がれた。

 二つの金属音が鳴り響いた。


「ぐぅ……」


 私はのこぎりを押し上げようとするが、なかなか押し上げられない。のこぎりの質量は予想以上であったのだ。完全に下という状態で刀一本でそれを持ち上げるにはかなり厳しいレベルの重さが圧し掛かる。


 私は刀を下げ、今度はのこぎりを避けるように、突きを繰り出した。

 だがそれと同時に男はのこぎりをそのまま突き出してきた。

 刀とのこぎりがすれ違う。だがそれぞれの起こした結果は真逆であった。

 私は体を90度ほど右へ回転。のこぎりはさっきまで体があったところを突くが、すでにそれが裂こうとした肉はない。


「はぁ!」

「うぐっ」


 攻撃を外した男の口からうめき声が零れた。


 私の突きは男の胸のあたりに刺さっていた。だが貫通した感覚はない。表面だけだ。踏み込みが甘く、威力不足であったからだ。

 それに加え、男は私の突きを回避ではなく防御という選択肢を取っていたためだ。魔力によってつくられた硬い守り。私の突きはそれを突破はできたが決定打という威力にはなっていなかった。


「チッ……」


 舌打ちが聞こえてきた瞬間、のこぎりはメチャクチャな太刀筋で暴れ回った。私はさすがにこれを受けるのは危険と、下がった。

 胸の負傷。これは恐らく男にとっては想定外だったのだろう。


 男からの追撃はなく。男はのこぎりを下ろし、胸の傷を治療していた。だがそこに隙は無く、下手な攻撃は簡単に対処されてしまいそうな雰囲気があった。


「ふぅ……」


 今の一瞬の攻防、その結果は私はノーダメ、男が少しダメージ。実力差はそんなに大きくないと思われる。パワーに関しては相当なものだ。身体強化して体で受けてしまうと、恐らく肉を切り、骨にまで達してしまうだろう。

 私は昂る心を落ち着かせつつ、そう冷静に分析した。

 私は息を整え、刀に付いた血を払った。地面に飛び散った血は多すぎるという訳ではないが、人間の表面を傷つけただけとは思えない量の血が付いていた。

 白装束に身を包み、巨大なのこぎりを携えた男。のこぎりにはベッタリと血が付いており、それはまだ乾ききっていない。

 男の白装束の胸の辺りがわずかに血で滲んでいた。だが致命傷となるような深さの傷ではない。それに傷はすでに治療を終えていた。


 まだこの男と戦える。

 まだ斬り合える。

 まだまだやれる。

 そう思うと少しワクワクしてきた。

 今日はこれまでこの男ほどの実力を持った人間はいなかった。もしかしたらいたのかもしれないが、戦った感じそういうのはいなかった。

 無双状態。

 それは爽快感があって気持ちいいがやはり物足りなかったのだろう。


 斬り合い。

 技を出し合い。

 競い合い。

 己の死力を尽くして戦う。


 そんな戦いとは程遠い戦いばっかりなのだ。物足りなく感じるのはしょうがない。そしてだからこそワクワクする。一瞬で終わらなかった。もっと続く。もっと斬り合える。

 そんな相手が現れたのだ。


 私は興奮で息を荒げてしまわないように注意をしつつ――だが多少荒い息になりながら刀を再び構えた。

 さぁ、どう攻める。

 どう受ける。

 どう流す。

 どう避ける。

 どう決める。

 私の思考はどんどん加速していく。同時に息も荒くなってしまう。


「あー……黒い髪……それに刀……」


 そうして構えていると、男の口からそんな言葉が漏れてきた。


「?」

「こいつ餌の方か……」

「餌?」


 普通に意味不明発言であった。私は思わず聞き返してしまった。

 男の方は漏らしてはいけない言葉だったのか、「あちゃ~」という様子で頭に手をやっていた。


「あ~いや、なんでもねぇよ……気にすんな」


 気にするなと言われても、そう言われると逆に気になってくる。てか急にフランクな感じだな。

 敵だよな、私たち。今斬り合ったよな。殺し合ったよな。


 まぁ別にいいかそんなこと。

 今重要なのはこの男と戦うこと。それ以外は些事だ、些事。気にする意味はない。


「そうですか。じゃあ続きと参りましょう」


 私は笑みを浮かべつつ、戦闘態勢に切り替えた。

 体中を魔力が巡っていく。そして身体機能が上昇、上昇。女子とは思えない、いや通常の人間とは思えないような身体機能となる。


 男はそれを見てダルそうにしながらのこぎり構えた。


「普通に強い奴と戦うのは勘弁なんだけどなぁ……」

「そうなんですか?」

「そりゃそうだろう。戦いなんて弱い者いじめ、それが一番楽しいのさ。強い奴とやるなんて疲れるだけだ」

「……私としてはあなたと戦えるのが楽しいですよ」

「そうかいそうかい……」


 男も完全に戦闘態勢に入った。さっき以上の魔力を男から感じる。


「てか後ろの奴は加勢しないのか?」


 戦闘再開と思っていると男はそう話しかけてきた。


「俺としては楽だがな」

「ああ……レオナですか。彼女は加勢しませんよ」


 いつの間にそんなに距離を取っていたのか、レオナは私たちから結構離れた位置でペンを動かし、キャンパスに描きこんでいた。


「そうなのかぁ?」

「彼女は私のことを描いてくれる絵描きですので」

「絵描きだぁ……? 意味分かん、ねぇ、ナアァァァァァ!」


 再び男から奇声が上がった。会話からの急な奇声。そしてその声と共に一気に私への接近。不意打ちに近いその攻撃。

 だが今度はすくんでしまうことなく動いていく。

 不意打ちなど関係なく対処していく。


「……!」

「……」


 刀とのこぎりが鍔じり合う。ギシギシと音が鳴る。

 私の刀が刃こぼれしてしまったりしてしまいそうだが問題ない。この刀の場合はそういう心配はない。


 男は不意打ちを防御されたことに若干動揺し、目を見開いていた。

 私はその表情を見て思わずニヤッとなった。


「キヤァァァ!」


 男は無理やりのこぎりを押し込んでくる。それを私は何とか押さえつける。だが少しこれは厳しい。腕力勝負では勝てそうにない。

 私はそれを判断した瞬間、男の足を払った。

 意識が外れてしまっていたのか男の足は容易に払われた。そしてそれによりのこぎりに加わる力が一気に抜ける。

 私はその隙を逃さず男を押し返した。


「チィッ」


 バランスを崩す男に向けて連続で切り込んでいく。

 男はバランスを崩した状態でのこぎりを十分に振るうことはできず、いくつも切り傷を受けていく。


「うぉりゃ!」


 ドゴンッ!


 だがそのとき男の魔力が集中したかと思うと白い光と共に激しい衝撃が私に襲いかかった。

 私は防御姿勢を取れず、そのまま少し飛ばされ、木に激突した。


「また土なの! あーさっさと払わないと!」


 レオナのある意味マイペースな声が少し離れたほうから聞こえてくる。

 私はすぐに立ち上がり刀を構えた。激しい衝撃であったが、身体強化により目立った負傷とはなっていない。


「キェェェェェ!」


 奇声を上げ、男が土煙の中から現れた。

 私はそれをしっかりと回避。

 のこぎりは私の背後にあった木に衝突した。木はバギッと鈍い音を立てるとそのまま折れていった。

 騒音が轟き、木は地面に倒れ伏す。葉が舞い散り、砂や土が舞い上がる。


「やっと調子が出てきたな」


 男はそう言いながらのこぎりの先を地面に叩きつけた。


 私はその様子を呆気にとられながら見ていた。


「マジすか」


 流石にこれは予想外。せいぜいのこぎりが木に嵌って抜けないとかでもなるかと思っていたのだが、まさかの木を折るとは。

 さっきまでのパワーはまだ本調子ではなかったのかと思いつつ、私は立ち上がった。


「こりゃ熱くなるね……」


 厳しい戦い。

 そんな戦いだからこそカッコいい。

 私の心は昂りまくっていた。

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