第15話
「確実に撃破していけ! 決して囲まれるな!」
「「「は!」」」
セオス王立学校からそう遠くない場所、そこには二階建てで広い面積を有する騎士団の屯所があった。多くの騎士たちが配備され、日々訓練を積み、学校で異常が起きた際は駆け付ける。そういった目的で配置されていた。
「「「神敵撲滅‼」」」
狂ったように白装束たちは叫び、暴れる。
「……怪我人はさっさと下がらせろ!」
戦う騎士たちはその言葉の意味を瞬時に理解し、間を空けていく。そこへは白装束に身を包んだウルトクフ教徒たちが大勢雪崩こんでくる。
「撃てっ!」
その掛け声と共に、
ドゴンっ!
指令を飛ばしていた臨時指揮官の背後にいる騎士たちの手から火炎が放射される。それは雪崩こんでくるウルトクフ教徒たちのみを燃やしていく。
そのあまりにも高い火力によって白装束は燃え灰と化していき、彼らの肉体を炭に変えてゆく。
「確実に数を減らしていけ!」
「「「は!」」」
「ここで魔力を使い切ったりするなよ。まだ学校の方に行かなきゃなんないんだからな!」
「「「了解!」」」
セオス王立学校だけでなく、学校近くの屯所への襲撃。たまたま今日は訓練日だったためここにいた騎士は多かったためウルトクフ教徒による数の蹂躙は起きなかった。そして彼らは訓練された騎士である。そのため確実に襲撃者たちを排除していた。
どんどん白装束の数は減らされてゆく。
斬られ。
燃やされ。
潰され。
捕縛され。
次々に排除されてゆく。
だがそれでもまだ完全に排除しきれてはいなかった。学校とは違い押されに押され、もう敗北は確定しているような状況だが、それでもなお諦めず抵抗し続けていたため、ここまで時間がかかっていた。そしてそのせいで学校への応援に行くのに遅れてしまっていた。
早く応援に。
早く応援に行かなければその思いを胸に騎士たちは戦っていた。
臨時指揮官は戦場を見渡し、余裕が生まれてきたのを確認するとすぐに大声で指令を出した。
「第一から第四は優先目標! ほかは継続!」
その言葉と共に戦う騎士たちの一部が下がっていき、ほかは前へ前へと上がっていく。
下がっていった騎士たちは集団となり白装束の薄い所を突っ切っていった。息の合った進軍と共に彼らは学校へと向かっていった。
臨時指揮官はその背を追いつつ、
「にしても何で突然こんなことを……」
そう口にした。
そもそもの話、ウルトクフ教徒たちが今回のようなことを引き起こしたのは明らかに異常なのだ。
確かにウルトクフ教は血を、子供を、人間の臓物を贄にして、ウルトクフに捧げる。そうしてそれらの対価に自分たちの幸福を得る。ほかの神は徹底排除。排斥。迫害の姿勢。ウルトクフのみを信じ、ウルトクフのみが絶対。そんな宗教だ。周りに害を与える邪教だ。それはどうやっても塗り替えあることはできない。変わることはない、不変の事実だ。
しかしウルトクフ教徒というのはその邪教とされていることで、その信徒の大半が隠れている。大々的に自分はウルトクフ教徒だと言う者は一般社会では一切おらず、裏社会でさえそんなことを言うのは片手で足りる程度だ。
そのぐらい隠れて生きているウルトクフ教徒たち。
にもかかわらず今回こんな襲撃を引き起こした。
今までも個人個人、または数人程度が集まって犯罪を成すことはあった。
だがここまでの数で、しかも学校を襲撃などと言う大事件を犯すようなことはなかった。どいつもこいつも自分のこと優先。自身の幸せを追求していた。
そんな彼らがここまでの集団となり、大規模襲撃を行った。
何かがおかしい。
邪教徒で、教徒は皆頭が狂っているとも言われるウルトクフ教徒であるが今回のことはどう考えてもおかしかった。
* * *
激しく雨が降り注ぐ。
冷たい雨を浴びながら白装束たちと先生、生徒たちが必死に戦う中、ある場所でもそれは起きていた。
そこは不自然なほど周りに人がおらず、学校のあちこちにいるはずの白装束でさえそこには二人、たった二人しかいなかった。
いや――そこにいるのは確かに白装束だ。だが彼らはほかの白装束たちとは目的が違っていた。
ほかの白装束たちの目的がアマツカエ・ウイの殺害と学校施設の徹底破壊。ウルトクフ教の神敵とされるアマツカエの人間を殺害し、自分たちを邪教とするセオス王国に対して報復の意味をこめ、セオス王立学校を破壊。その後、自分たちのための場所として作り変える。
それが彼らの目的である。
しかし二人の白装束の目的は違っていた。
「あ、アロガンス様……早く、早くお逃げください」
「そうですよ~。ここは自分たちが」
「フェルゼン……ビエンフー……‼」
白装束二人――ドローガとトートの目の前にはアロガンス、フェルゼン、ビエンフーの三人がいた。彼らの制服は汚れ、まだ湿っている血が付いていた。
フェルゼンは傷を負いながら剣を構え、ビエンフーは体中に切り傷を受けていた。
アロガンスは折れてしまった剣を持ち、地面に倒れていた。そしてアロガンスの体も傷だらけであった。
「だがお前たちにだけ任せるには……!」
「大丈夫ですよ、アロガンス様……いや殿下……」
「私たちはこういうときのためにいるのですから。ですよねビエンフー……」
「ですよ~ですよ~」
「アロガンス様はこの国の未来を背負う御方。ですから必ず生きてください」
「二人とも……」
「さぁ、早く」
「……分かった。だが絶対に死ぬなよ! すぐに助けを呼んでくるからな‼」
決意したような表情になったアロガンスはそう言って駆けだしていった。
その様子をドローガはつまらなそうに眺めていた。
「茶番は終わったか?」
冷酷な声が響いた。
フェルゼンとビエンフーの背中に冷たいものが走った。フェルゼンは思わず剣を落としてしまわないように固く握りしめた。
「殿下は殺させませんよ!」
「そうだ~……」
「はぁ……さっさと終わらせるか」
ドローガは頭を痛そうにして抑えながらそう呟いた。
アマツカエ・ウイを餌にしてウルトクフ教徒を暴れさせ、その騒乱の陰に隠れ、学校という鉄壁の防壁に守られた第一王子を暗殺する。それがドローガたちの目的であった。
すぐに終わる予定であったがそうはならなかったことにドローガは頭を痛めていた。
ドローガの後ろにいる外套で全身を包んだ上に白装束を着ている人間。トートはドローガの様子を伺うようにして声をかけた。
「テツダイハ?」
「要らん。お前は索敵だけしてろ。……万が一ということがある」
「ワカッタ……」
そこへビエンフーの生み出した氷柱が飛んできた。学生としてはなかなかいいレベルのモノであった。
「児戯だな」
だがそれはドローガの足元――影から突如生えてきた漆黒の刃によって粉砕された。
「これでもか‼」
氷柱の影に隠れ、突撃してきたフェルゼンはそう叫びながら剣を振り下ろした。
「あぁ……児戯だ」
「なっ」
フェルゼン渾身の一刀はドローガの左腕で容易に止められてしまった。刃は何も斬ることなく、停止している。その事実にフェルゼンは思わず声を漏らしてしまった。
そしてそのフェルゼンの背中から鮮血が噴き出た。
「ガァッ……」
影から生えた漆黒の刃が一本、フェルゼンの背中を切り裂いていた。
フェルゼンは力なく地面に倒れていった。
「フェルゼン! 糞っ、貴様ぁ!」
ビエンフーはいつものやる気の感じられない覇気のない声を捨て、叫び声を上げながら氷柱をいくつも生み出し、ドローガへと発射していった。
しかし氷柱たちは追加で生えてきた刃によってひとつ残らず粉砕。塵と化していった。
「糞っ……」
そしてビエンフーは腹を刃によって貫かれ地に落ちた。
「さっさと終わらせる……」
ドローガは冷徹そうな声でそう言うとアロガンスを追って、歩き出した。
「はぁ……はぁはぁ……」
アロガンスは傷によりあまり走ることもできず、あまりドローガから離れることはできていなかった。血はポタポタと垂れ、アロガンスの歩んだ跡をつくり雨に流される。バシャバシャと地面を踏みしめながらアロガンスは必死に走る。
「がぁ……」
その背後へ何かが飛んできた。
アロガンスは回避することもできず、それらの下敷きとなった。アロガンスは口に入った土を吐き捨て、乗っかっているものの正体を確認した。
「?……なっ、フェルゼン。そ、それにビエンフー……⁉」
それは大量の血を流し、意識を失っていたフェルゼンとビエンフーであった。体温は低く、触れる肌は冷たい。
アロガンスは二人を抱え、必死に声をかけた。だが返事はない。
そこへバシャバシャと足音を鳴らしながらドローガはトートと共に現れた。アロガンスは二人を抱えながら、ドローガを睨みつけた。
アロガンスにできるのはもうその程度のことだけであった。傷と出血、突然の白装束たちの急襲に応戦した疲労、それが終えた直後のドローガの襲撃。もはや戦う力はなく、限界を迎えていた。
折れた剣はすでに手から零れ落ち、転がっている。
「手間をかけさせやがって……さっさと死ね」
ドローガの影から刃が一本、二本、五本と何本も生え、アロガンスへ襲いかかった。
だがそのとき、
「……⁉ ドローガ‼」
突然トートが声を上げた。
「何だ」とドローガが声を返す前に音が鳴った。
地面を駆ける音。雨水が跳ねる音。
そして、
キンっ‼
何か硬いものを斬るような音であった。
音は漆黒の刃、その先から鳴った。
そこには泥だらけのセオス王立学校の制服を着た黒髪の少女が漆黒の刃を切断していた。斬られた刃はまるで存在していなかったかのように消えてゆく。
少女の表情はなぜか楽し気な様子であった。
そしてそれに遅れるように四角いキャンバスを抱えた髪をぺったりとさえた茶髪の少女も現れた。
「黒髪……?」
アロガンスは思わずそう言った。
彼女――ウイは何も反応しない。ただドローガを見つめている。その表情はどこか楽しそうであった。
雨は激しく降り注ぐ。
アマツカエ・ウイ。
彼女が雨の中、体を火照らせ、心を昂らせ、そこに立っていた。
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