第10話

 今まで破られることがなかったセオス王立学校の警備が破られた。その波紋はすぐさま学校中に広がった。しかし、そのことを学校が把握、理解しきる前に襲撃者たちが生徒や教師たちの前に現れ、襲いかかっていった。

 学校のあちこちで黒い煙が立ち始める。

 悲鳴。怒声。叫び声。そんなものはいたるところから聞こえていた。


 不意打ちとも言える初撃により、多くの生徒たちが怪我を負った。だがさすがは天下のセオス王立学校の教師たち。その後の対応は早かった。

 教師たちは即興のバリケードを生成。生徒たちを避難させつつ、襲撃者たちを魔法などで迎撃し始めていた。


 火。氷。雷。水。廊下を占め尽くすような規模の魔法などの数々の魔法が次々に放たれていく。


 すぐに襲撃者たちを撃退できるはずであった。


 だが一向に襲撃者たちを押し返すことはできず、むしろ押されかけていた。

 そうなっているのもひとえに襲撃者たちの数だ。その数があまりにも多いのだ。

 一人倒す。するとその後ろから一人来る。

 二人倒す。するとその後ろから二人来る。

 三人倒す。するとその後ろから五人来る。

 いくら倒しても小さな虫のようにワラワラと湧いてくる。しまいには回復し、復帰してくる者もいるため増えていた。


 いくら教師たちの腕が高くても、人数差というものはかなり厳しいものだ。

 襲撃者たちは自分たちの傷の回復を行う余裕が最低限あるのに対し、教師たちにはその余裕が最低限の最低限しかない。その上背後には守るべき対象たちがいる。

 教師たちの額には嫌な汗が垂れ始めていた。




「クソっ! 何人いんだ!」

「分かるか!」

「っ……口動かす暇あるなら攻撃しろ!」

「……そんなこと言われても……数が多すぎる」

「応援は‼」

「……学校中にこの白装束いやがるんだ! こっちに手を回す暇なんてねぇよ!」

「クソったれ…………おい! 怪我人の治療は終わったか?」

「まだ……あと、少し……」


 氷でつくったバリケードの後ろに隠れながら魔法を放つ教師たちは叫びながら必死に迎撃していた。彼らの背後には怪我を負った生徒たちが大勢いた。不幸にも最初の初撃で防御する間もなく大規模な魔法を受けてしまった者たちだ。

 ここを突破されれば、生徒たちの命が危ない。

 教師たちは必死に迎撃し、防衛していた。




「どうします先生……」

「う~む……これはワシ一人じゃ無理だな」

「そんな……」

「何か……きっかけでもあればいいのじゃがな」


 研究室を岩で囲い、立て籠もっている初老の教師と生徒たち。

 彼らは門から距離があったことで不意打ちを受けることはなかった。だがそこから避難しようにも、どこに避難するという話だ。

 そのため彼らは自分たちの方に逃げてきた人を中に入れつつ、研究室を岩で補強。そうしてそこへ立て籠もっていた。

 だが立て籠もるだけで、外にいる襲撃者たちに対して何かアクションを取ることができずにいた。




「助けに来たぞ!」

「……!」

「会長!」

「!」

「急げ! こっちだ!」


 逃げ遅れ、教室の隅に隠れていた者たち。そこには生徒会長率いる、生徒会の人間たちが救援に来ていた。

 一人でも多く、否全ての生徒の救援のため彼らは速やかに行動を行っていた。




 ある廊下では乱戦が起きていた。

 剣のぶつかり合う音。

 爆発音。

 叫び声。

 怒号。

 音が響く。轟く。


「うお!」

「はぁ!」

「うぉりゃー‼」

「……この野郎!」


 前線で切り合い、後方から魔法が飛んでいく。地面が削れ、壁が崩れる。

 血が飛び交い、人が倒れる。倒れた生徒を急いで回収して回復させる。

 生徒と襲撃者の衝突。そこでは怪我人が多数出ていたが、幸運にも今はまだ拮抗していた。




「……」


 正面門。そこには血を流し、倒れ伏した衛兵たちがいた。衛兵たちの着ている鎧は壊れ、へこみ、砕け、内側に刺さりと無残なものになっていた。

 数に押しつぶされ、この門をずっと守っていた衛兵たちは、襲撃者たちに踏み越えられてしまっていた。

 死屍累々。

 そんな言葉が合う状況であった。


「行くぞ……」

「……」

「へへっ。了解了解」


 そんな彼らを踏み越えていく白装束が新たに三人――しかしその三人は白装束の襲撃者たちとは明らかに雰囲気が違っていた。




「神敵を殺せ‼」

「「「殺せ‼」」」

「神敵を在校させるこの学校を壊せ‼」

「「「壊せ‼」」」

「神敵撲滅‼」

「「「神敵撲滅‼」」」


 白装束に身を包んだ襲撃者。彼らは狂ったようにそう叫びながら学校中を荒らしまくる。

 生徒。教師。校舎。

 等しく、平等に攻撃していった。


 この白装束の正体はウルトクフ教徒である。

 このウルトクフ教というのは世間一般的に邪教と呼ばれる宗教だ。

 血を贄に。

 子供を贄に。

 人間の臓物を贄に。

 彼らの信ずる唯一の神――ウルトクフに捧げる。

 そうしてそれらの対価に自分たちの幸福を得る。

 ほかの神は徹底排除。排斥。迫害。

 ウルトクフのみを信ずる。

 ウルトクフのみが絶対。

 そんな宗教である。


「ウルトクフ様のために‼」

「「「ウルトクフ様のために‼」」」


 明らかな邪教。

 セオス王国は天神信仰であるが、ほかの神を信じることは特には禁止していない。だがこのウルトクフ教は例外であった。この宗教のみ、セオス王国では禁止されている。

 それにも関わらず、セオス王国にはウルトクフ教徒がいる。しかも大勢である。その訳は単純明快だ。彼らの信じるウルトクフ。これというのは天神と同じく実在する類の神であるからだ。

 その身がどこにあるか、それは不明ではある。だが確かに実在する存在であった。確かに贄の対価に幸福――ある一面から見れば――を与えていた。

 そのため信徒が大勢いるのだ。


「神敵は……」

「「「滅せよ‼」」」

「神敵は」

「「「消せ‼」」」

「神敵は‼」

「「「殺せ‼」」」


 彼らにとってウルトクフ教徒以外は敵である。中でも天神に仕えるアマツカエ家の人間は絶対に殺すべき存在である。


「どこに逃げた!」

「探せ……」

「探せ!」

「「「探せ‼」」」

「「「神敵を探して殺せ‼」」」


 血走り、狂喜が混じったその目で彼らは暴れ回る。壊し回る。襲い回る。




 学校中で起きる騒音。それは時間が経つにつれ大きくなっていた。

 まるで戦場のようであった。



 だがその中を笑顔で駆けている少女が二人いた。


 剣を持つ少女は疾風のように駆けてゆく。

 その目立つ黒髪に気が付いた信徒たちは皆攻撃の矛先を彼女へ向ける。神敵撲滅。そう叫び、奇声を上げながら襲いかかっていく。

 いくつもの魔法が放たれる。

 接近戦が仕掛けられていく。

 しかし少女はそれに笑顔で対処する。

 迫る魔法は回避。急停止。旋回。急停止。後退。加速。減速。加速。急停止。そうやって攻撃を回避しながら誘導し、仲間同士で魔法を当てさせていく。

 仕掛けられた接近戦。信徒は激情を浮かべながら襲ってくるのに対し、少女はそれはそれは大層楽しそうな様子でそれらを受けていった。


 振り下ろされた剣を少女は自分の剣で受ける。

 鍔せり合っているそこへさらに囲むように追撃がくる。左右横、背後。剣を突きさすように迫ってくる。絶体絶命。そんな状況であった。

 だが少女は変わらない。楽しそうに笑いながら対処していく。

 少女は突如剣から手を離した。

 彼女へ振られていた剣が支えを失い、少女の剣と共に振り下ろされていく。だがその間際、少女は横に抜けながら自分の剣の柄を持った。

 穴から引き抜くように剣を回収。続いて背を屈めながら周りから迫る追撃たちへ順番に攻撃を仕掛けていった。


「はぁ!」

「ぐっ!」

「あがっ!」

「おのれえっ……!」

「うご!」


 神速とも言えようその太刀。見事と言えるその技で、ほんの一瞬で周りを囲んでいた敵たちを倒した。そして最後に鍔せり合っていた信徒に連続の突きをして、その信徒も倒す。

 信徒は飛ばされ、倒れ、皆散っていった。少女の剣には刃がないため死んではいないが、痛みと傷により今すぐ追撃を仕掛けることはできず、少女を逃がしてしまっていく。

 少女は己の技に惚れ惚れしながら駆けていった。


「ふぅうっ!」


 もう一人の少女は黒髪の少女と少しだけ距離を空けながら走っていた。その手には紙とペン。目の前の少女の戦う姿を一心不乱に、わずかでも逃してしまわないようにと描いていた。

 だがそんな彼女にも攻撃は飛んでくる。

 少女にくる攻撃ほどではないがいくつも魔法などが飛んでくる。

 絵を描く少女はそれを自前のストーキング技術を利用し、回避していった。全てを回避。

 手を止めることなく描き続けている。


 二人の少女は駆けていく。


「あはははは!」


 少女は戦い、剣を振るい、技を出す。それらを楽しみ、喜び、心を昂らせ。 


「良いね。良いね。良いね!」


 少女はペンを走らせる。黒髪の少女を描き続ける。たまらなく興奮しながら。



 学校襲撃。

 そんな一大事な状況下でこの二人だけはそんなものはお構いなし。絶好のシチュエーション。最高の状況。絵になる場面と自分の夢、欲望の赴くままに楽しんでいた。


 騒乱の中を突っ切っていく。

 何人もの信徒たちを倒し、踏み越えながら。

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