第8話
「そう言えばウイはなんでそんなに鍛錬してるの?」
美術室でレオナに絵を描いてもらっているとそんな質問が投げられてきた。
「何でって?」
「ウイはさ、もう十分強いじゃん。剣の授業だって、エピ先生を打ち負かすぐらいだし」
「あー、なるほど」
つまり彼女が言いたいのは、私はすでに結構な実力がある。それなのにもっともっと強くなろうとしているのはどうしてかということだろう。
これは多分、レオナはアマツカエ家の仕事を詳しくは知らなそうであるな。
「レオナは私の家の仕事って知ってる?」
「確か……なんか儀式をやったりする……だよね」
「まぁ、それもあるけど。他にも仕事はあるんだよ」
アマツカエ家の仕事は確かに儀式を行うことだが、それ以外にもう一つ仕事がある。
それは化け物退治だ。
この世界では魔力を異常に溜め込んだ野生動物などがたまに発生する。そういった生物は普通の生物とは違い、その体躯も巨大になったり、凶暴になったりする。魔力をため込んでしまう原因としては、詳しくは判明していないが、魔力を体外に出す機能を先天的にか、後天的にか、持っていないことによるものだというのが今の定説だ。
そういった生物はその見た目から一般的に化け物と呼ばれている。
そしてそれらは騎士団にも駆除されるが、その大半がアマツカエ家の者らによって駆除されるのだ。
なのでアマツカエ家の人間、もちろん分家の人間も、皆その仕事のために15から剣を習うのだ。まぁ私はそれより6年早い、9歳から剣を習っていたけどね。
「そういう訳なのだ」
「あ~なるほど、なるほど~」
「まぁ私の場合はその仕事関係なしだけどね」
「ありゃ? 関係ないのかよ」
「うん。関係ないね」
「じゃあ、その本当の理由は? ほれほれ~私に教えなさいよ~」
そう言ってレオナは脇から筆を取り、私ににじり寄ってきた。そして私が反応する前に密着。私の体を拘束し、脇に筆を差し込んで、くすぐり始めた。
「ちょっ! くすぐったい!」
私は思わずそう叫びながら、拘束を振りほどこうとする。だがくすぐられて力が入りにくいのに加え、レオナの奴、身体強化した上で抱き着いているためなかなか振りほどけない。
「話せ~話せ~」
「ふぁっ、っ!……んっ!」
「ほ~れ、ほれ~」
「いっ、いや、話すから。てか最初から話すつもりだから」
私もレオナに対抗し、身体強化。無理やりレオナを引きはがすとそのまま放り投げた。
「ふにゃ~」
奇妙な鳴き声と共にレオナが飛んでいき、地面に着弾した。
「う~ここまでやらなくてもいいじゃんかよ~」
「先にくすぐりだしたレオナが悪い」
「ブ~」
不貞腐れたような顔をしながらも、レオナは私の絵を描いていた。どうやらさっきのくすぐられているときの様子みたいだ。
本当に抜け目がない奴である。
「……それでどうして?」
そう思っていると、描いている手は止めず、顔が私のほうを見た。……描いてるところを見ていないのに普通に描いている。器用にもほどがある。
「簡単に言っちゃえば私の夢のため」
「夢?」
その言葉に私は軽く頷いた。
「昔ね、私誘拐されかけたんだ」
「誘拐? マジ?」
「マジも、マジの、大マジ。まぁ、家では珍しいことではないらしいけど。まぁそこら辺は今はどうでも良いけど。
まぁそれで、私は誘拐されてしまいました。このままではどうなるかわからない。私の運命は如何にという状況だったの」
「今ここにいるということは助けられたみたいだね」
「うん。それでその助けてくれたのが私の姉様」
「トウコさんだっけ。確か今騎士団で最年少で一つの部隊率いているとか。……それに凄くきれいでカッコいいという」
「そうだね。いやホント姉様は凄い人だよ」
姉様は元気にしているだろうか。しっかりと生きているのだろうか。私成分不足でやつれていたりしていないだろうか。
「それでそれで。助けてくれた姉様がどうしたの?」
「私を助けるときに私を誘拐した奴と戦ったの。それでそのとき私はたまたまその姿を見ることができたの」
「ほうほう……それで?」
前世の記憶を何となく思い出して、
「その姿にゾッコンになった」
あの日の光景は今のように蘇る。
雨の中、背後から迫る男を華麗に切り伏せるその姿。
息の乱れもなく、容赦もなく、切り伏せるその姿。
流れるような刀の動き。
技の凄さ。
斬られたところから遅れるように吹き出る血。
血が二人を中心に雨水によって広がっていく光景。
本当にカッコイイ。
本当に綺麗。
美しかった。
あ~! もう、想像しただけで涎が垂れてきそうだ。てか垂れている。
私はレオナに説明していたことを忘れ、自分の世界に入り始めていた。
「も~し、も~し」
ふへへへ~。
バッサバッサと斬り合って。
雨に打たれてて斬り合って。
互いの全部を出して斬り合って。
ふへへへ~。
「戻ってこいや!」
「ぎぁっ!」
自分の世界に入り込んでいるとチョップが私の頭に叩きつけられた。
私は思わず変な声を出す。そして現実に戻ってきた。
前は私がチョップした側だったはずなのに……今度は私が入れられるとは……。
「それで続きは?」
「あ……そうだった。まぁ続きって言っても、もう終わるけどね。
私は姉様の姿にゾッコンになって、自分もあんな風に戦いたいなと思った。それが私の夢『雨の中でカッコよく刀を振るう』になって、そのために強くなろうと鍛錬し続けているのだ!」
「お~」
話し終えた私にレオナは拍手を送った。
「なるほどなるほど、そういう訳なのね~」
そのレオナの姿を見た私は、私は「そういえば」と続けた。
「レオナの方はどうして私を画題にしたいの? まぁ私はかわいいけど、他にもかわいい人やきれいな人は学校にいるでしょう?」
「おっ、今度は私の番という訳ね」
そう言うとレオナはペンを置いた。
「ん~とね。ウイは私の家が画家っていうのは知ってる?」
「まぁ知ってるよ」
「了解、了解。
それで私のビンチ家って言うのは画家……それも抽象画だったり想像上のモノだったりをみんな描いているの」
「あれ? レオナが描いているのって……」
「うん。私が描いているのはそういうのじゃなくて人物画だね。
私は家のみんなが描いている想像して、頭の中のものを描くって言うのが苦手で、現実のものを描くのが好きだったの。まぁだけど家の方針は抽象画とかを描くだったから、それとは違う、むしろ反対なモノを描く私は何度も叱られたわ~」
「そうなの?」
「えぇ。そうなの。
酷いときは1日中折檻なんてこともあってわ。まあ、私はめげずに現実のものを描き続けたけど」
「どうして続けたの?」
「そりゃ楽しいからよ。
現実にある美しいものが、私の手でさらに美しいものになる。現実にあるカッコいいものが、現実以上にカッコいいものになる。現実を私が現実以上にする。それがたまらなく、楽しくて、快感なの」
「なるほど……?」
楽しい理由はわかったが、いまいち続けた理由としてはピンとこない。
歯切れの悪い返事で、私の内心を察したのか、レオナは一旦話を区切り、「そうね~」と私に質問をしてきた。
「ウイがもし『雨の中でカッコよく刀を振るう』ていう夢を家族、一族全体から否定されたらどうする?」
「どうするって……」
夢をみんなに否定される。つまり姉様がこの夢を否定……。
そうなると剣の鍛錬とかの量が減っちゃったりするな。それに兄様の作ってくれたお面もないということだから……今ほど夢に近づいていない。その上独学とかで鍛錬とかしなきゃいけないだろうから、夢への道のりはかなり険しくなるな。
う~ん。だけど……諦めるかと言われると諦めはしないよな。
叶えるための道筋がないわけではないし、不可能という訳ではない。
なら諦める理由にはならない。
「諦めないね」
「でしょ! つまりはそれが今の私」
なるほど、納得、理解した。
自分の中の願望・欲望に従って、周りを無視して突き進む。
ある意味周りの環境が違うだけで行動自体は私と似たような感じのため、スッと腑に落ちた。
「ウイが理解したところで、話に戻りましょう。
私は描き続けた。ずっとずっと描き続けて今に至った。それで思ったの……」
「なんて?」
「あ~! みんな煩いって。……はっきり言って私が何かこうがみんなには一切関係がないでしょ!」
レオナは突然そう叫ぶと、口早に喋り出した。
「なのにいちいち口うるさく、『こんなのは描くな』や『もっと自分の中のモノを描け』やら、『お前の気持ちを見せろ』やら…………私はこれが描きたいのよ‼ 指図すんな! てかみんなの描いている奴は全然意味分からんし。何だよあれ? ぐにゃぐにゃ線があったり、人の顔がカクカクしてたり……あー! 思い出しただけで腹立ってくる」
私はその様子を呆気に取られていた。
レオナは叫びに叫ぶとスッキリしたように落ち着いた様子になった。
「……それでどうしたら私の絵が認められるかって考えたとき、やっぱりそれは絵しかないってなったの。私の渾身の絵、誰もが現実以上のモノを感じるような絵。そんな絵を描けたら、みんなも認めるかな~て」
「……」
「そのための画題として、やっぱり私が好きなモノ、心の底から惚れたものを描きたいなって思って……それを探しながら生活をしていたら、この前の剣の授業。ウイが王子を捻り潰したでしょ」
「捻り潰したね~」
あれは本当にスッキリしたなぁ。
「そのときの剣を振るう姿。あれに私は惚れたの。ズバッと心に嵌ったの。
だからウイ、私は君を画題にしたんだ」
なるほどそういうことか。
話を聞き終えた私はレオナと自分は似ているなと思った。
姉様の姿に憧れ、夢を抱いた私。
私の姿に惚れ、夢の一部にしたレオナ。
「私たち、結構似てるね……」
「そうね……似てるわね」
レオナも私と同じ風に思ったみたいであった。
私たちは少しおかしくなって、互いに笑い合った。
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