第7話
夜が開け始め、太陽が昇り始めた時刻。
まだ薄暗いケセムの街の中。そこのある小さな家に怪しい人間たちが集まっていた。
家の中は光もなく真っ暗。
外からは全く人の気配を感じることはできない。
だが家の中には確かに、人間が三人――大きな外套で全身を包んだ者、右肩から先がない片腕の男、激しく貧乏ゆすりしている男がいた。
外套に身を包んでいる人間は家の中をあちこち行ったり来たり。念入りに周りを見わたしているようだ。片腕の男はその場でじっと目を瞑っている。貧乏ゆすりをしている男は、歪な球体を高く投げ上げて遊んでいた。
彼らはとある裏組織の人間たちだ。仕事内容は何でも。殺しに脅迫、誘拐、拷問……表には出せないようなことをなんでもだ。ただ一つ、金払う。それさえすればなんでも受ける、そんな人間たちであった。
「なぁー! リーダぁー!」
「煩いぞ。静かにしろドント……」
「うるさいって、別にいいだろう? どうせもう終わってるんだし」
そう言ってドントと呼ばれた貧乏ゆすりをしていた男は立ち上がって何かを投げた。
それは壁にぶつかり、カーテンを揺らした。カーテンの隙間から、陽ざしが差し込んでくる。
それにより床がわずかに照らされた。
あか。
アカ。
赤。
赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。
真っ赤っかであった。
床に広がっていたのは真っ赤な血。
辺り一面血に染まっていた。そして家の中にいる三人のほかにも人影が転がっていた。
しかしそれらはもう息をしていない。生命活動を行っていない。
ただの動かない肉の塊。
すでに死体であった。
体と頭が2つに分けられた者。
酷い拷問の跡と苦悶の表情で死んでいる者。
まだ幼いにもかかわらず、無残にも痛めつけられて殺された者。
この家に住んでいた者たちは彼らによって殺されていた。
投げられた物――絶望的な表情を浮かべた頭が片腕の男の足元に転がっていく。そして頭は男の足によって無造作に踏みつぶされた。
ぐしゃりと鈍い音を立てて、頭部だったものは肉と骨が混じったナニカとなる。
「ふん。終わったからと言って気を緩めるな」
「は~い」
気に緩んだ返事に、片腕の男が眉をひそめていると、その背後に外套に身を包んだ人間が近寄ってきた。
そして無言のまま片腕の男の背後で立ち止まった。
「……」
「……トート。他に人間は?」
「イナイ」
外套に包まれた体からそんな無機質な声が響いた。それは機械的で、感情はなく、男でも女でもない不気味な声であった。人によっては恐ろしいと感じるような声である。
片腕の男はその答えに満足そうに頷いた。
「よし、なら次の仕事について話をするぞ」
「おっ、もう次の仕事が決まってんのか?」
「ハヤイナ」
彼らへの依頼は時期によって変わったりせず、本当に予測不能だ。あるときは連日。またあるときは全く依頼が来ないときだってある。
「ああ。報酬もかなり旨い。必ず達成させねばならない」
「へ~、そりゃいいな」
ドントは調子良さそうにそう言った。その様子に片腕の男は目を鋭くした。ドントはそれに気が付くと、すいませんと――ただし反省している様子は一切なく――返した。
「ソレデドンナイライ?」
トートの声が発せられた。
「セオス王立学校への襲撃だ」
その言葉にドントは固まった。
トートは何も発してはいなかったが、明らかに雰囲気が変わっていた。
その場に不穏な空気が漂い始める。
「おいおいリーダー……いやドローガ、今のは俺の聞き間違いか? セオス王立学校? 今そう言ったのか」
「……お前は馬鹿だとは思っていたが耳も悪いのか?」
片腕の男――ドローガは態度を変えず、そう言い返した。
「悪くねぇよ。悪くねぇから聞き返しているんだ。マジであそこの襲撃って言ってんのか?」
「ああ。そうだ」
「ついに頭狂ったか。元々狂ってたがとうとうイカレたか」
「俺はいたって正常だが」
ドンっ!
衝撃音と共にドローガの目の前に巨大なのこぎりが振り落とされた。それはあとわずかでドローガの頭に当たるというスレスレの位置を通って、床に穴を開けていた。
だが当のドローガはと言うと一切顔色を変えることなく、平然としていた。
「何のマネだ?」
「何のマネだはこっちのセリフだ。俺はいくらでも汚れ仕事はするさ……だがな自殺する気はねぇよ」
ドントはのこぎりを振り上げながらそう言った。
それに反応し、トートは魔法の準備を始めた。
「ナカマワレハ、シマツ」
「うるせぇ。馬鹿真面目は少し黙っとけ」
セオス王立学校。
そこはセオス王国一の学校として有名であるが、学校という形になる前のその場所は難攻不落の砦としても有名な場所であった。
たとえどんなに激しい攻撃をしようと、その砦に籠られれば倒すことはできず。厚い壁を壊そうにも、強力な結界により守られており、壊すことはできない。
難攻不落。
それがセオス王立学校の昔の姿であった。
そしてその名残は今でも残っている。強固な壁。強力な結界。侵入者などネズミ一匹とて許さない完全な防壁が学校の周りを今でも囲っていた。
隠れて入れないなら、正面から堂々と入っていけばいい。ある意味ではそういう手段もあるだろう。
だがここは天下のセオス王立学校。その防御は建物だけではない。
門では学校の衛兵、それもかなりの手練れが立っている。不審な人間など絶対に入れないという構えで警備をしている。それに学校の教師や生徒の中にも手練れはいる。
学校保有の戦力がそうなのに、その上近くには騎士団が配備。何か不審なことや異常事態があればすぐにすっ飛んでくる。
裏の人間でも、その学校にいる人間の暗殺や学校への襲撃。そう言った依頼は絶対に受けず、断る。そのぐらい警備の硬い場所であった。
故にドントはドローガの言葉にここまでの態度になったのだ。
鉄壁の警備の場所への襲撃。確かに報酬は良いだろう。だがその報酬がいくら高かろうが、そこへの襲撃リスクに比べれば安すぎるのである。
「どんな依頼かは知らん。どんぐらいの報酬かも知らん。お前が何を思ってるのかも知らん。……ただ一つ言いたいのは、お前の自殺に巻き込むなだ」
ドントは苛々したような口調でそう言った。
「そうか。……だがこれは自殺ではない」
「あぁっ?」
「依頼主は襲撃経路、人数、情報、装備。すべてを提供するそうだ」
「だから?」
「あそこは確かに強固だが、数で攻めれば穴が開く。そして一度穴が開けば、簡単に中に入れる」
「で?」
「依頼に関しても失敗でも可らしい。無理と判断したらその時点で撤退だ」
ある意味で過剰なほど好条件。一方、セオス王立学校襲撃となれば正当な条件であった。
このような仕事をしているからこそ、不当な条件の依頼ばかりなため、ドントは少し勘ぐり、黙り込んだ。
「……」
「まだ文句はあるか?」
「……本気なのか」
ドントはドローガの瞳を睨みつけながらそう問うた。
「ああ。本気だが」
その瞳は一切ブレず、冷酷なままであった。
ドントは諦めたかのように振り上げていたのこぎりを床に落とした。そしてトートの方を見た。
「あー、トート。もういい……。俺はおっぱじめる気はねぇから止めていいぞ」
「ワカッタ……」
魔法を放つ準備をしていたトートが無機質にそう答えながら、準備していた魔法を解除した。
「勝算はあるんだろうな、リーダー」
「当たり前だ」
「数集めるって言ったて、有象無象じゃ焼け石に水だぞ」
「力量に関しては最低限、実力のある奴らを用意した」
「用意したって……もうかよ」
「ああ。とっくに準備済みだ」
「……てことは結構前から計画されてたのか」
「そうだな」
その言葉にドントはため息を漏らした。
ある意味で彼らのリーダー、ドローガのいつも通りの行動に呆れかえっていた。
仮にここでドントがドローガを始末していた。そうして依頼を受けなかった。そうなっていれば、依頼主側からすれば、自分は時間をかけてきた仕事を勝手に放り投げた人間。ほぼ確実に始末対象にされてしまう。
危ない所だったとドントは冷や汗を流した。
「ソレデ、シュウゲキノモクテキハ?」
「目的は――」
黒い影が、ウイのいるセオス王立学校に近づいていた。
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