第4話
合同授業からしばらくが経った。
あの日以来、面倒三――アロガンス・セオス、フェルゼン・ファーリス、ビエンフー・ミニストロの三人が私に絡んでくる回数が一気に減った。少ない日だと、一日中絡んでこない日もあるぐらいだ。
こうなるなら早めに焼き入れといた方が良かったかもしれないな。
まぁ、急に襲いかかったりしたら、王子相手じゃなくてもアウトだとは思うけど。そういう意味ではあの合同授業は本当に良かった。おかげで合法的に焼きを入れることができた。本当に良かった、良かった。
そして、絡まれることが減ったおかげでちょっとした変化が起きた。
「こんな風ですか?」
「ん~と、もう少し腰に力入れて」
「ウイさん。私の方にも教えてください」
「いいよ」
そう。私のボッチが少し解消されたのだ。
私の周りには剣を教えて欲しいという同級生がちょくちょく来るようになった。
そしてその流れで、たまに一緒に昼食を摂ったりするようになったのだ。
イエイッ!
やっほー!
やったぜ!
面倒三があまり絡まなくなったからだろう。
前よりは話しかけやすくなったのか、話しかけられる機会が増えた。具体的に言うと一だったのが五になったぐらい。そんぐらいだ。
相変わらず、周りで敵対的な感じで見ている輩はいるが、それでもこれは良い変化である。
これなら今度姉様と会ったとき、学校の生活を脚色したりして話さなくて済む。流石に姉様と話すとき、私はボッチですなんて言ったら心配どころではない。ちょっとだけ面倒なことになるに決まっている。
「どうかしました?」
「ん。……いや、なんでもないよ」
そんな感じに私を取り巻く環境はまあまあ良い感じになった。
なったのだが……。
「?」
新しく変なこと?
不思議なこと?
……不思議な視線を感じるようになった。
その視線は別に敵意とか、悪意とか、そんな風に感じるわけではない。なんか、舐めまわす……というか、毛穴の一つ一つを見ているような……、そんな感じの視線なのだ。
だがその視線を感じた方を見ても誰もいない。いても私のことを見ていない。
正体不明な謎の視線であった。
しかもその視線は本当にいつも、毎日、四六時中と言っていいほどの頻度で感じるのだ。
例えば朝起きたとき。
例えば寮から出てきたとき。
例えば授業を受けているとき。
例えば廊下を歩いているとき。
例えば食事をしているとき。
例えば日課の鍛錬をしているとき。
本当にいつも、気づいたらその視線があるのだ。
マジで謎。というか不気味な視線。
今だってそれを感じていた。
確かに私は自分で言うのもなんだが、結構かわいい。男子がたまに見惚れているのを見るくらいにはかわいい。……まぁ、私としてはカッコいい方が良いが。
……兎に角だ。私はかわいい。
だから私にちょっと執着的になる人が出ないとは言い切れない。だが流石に早すぎるだろ。まだ入学して数週間。そのうえ面倒三の処理が終わったばかり。その直後になんか面倒そうな事案が発生。
イベントが多いのは良いが、トラブル過多は大変結構。
だが起きていることは仕方ない。もう起きてしまったと割り切ろう。
ならば次にやるべきは、この視線の正体を明らかにすることだ。
ちょうどいいことに今も視線は継続中。多分私の後を追いかけているはずだ。
私は同級生と別れ、いつも剣を振っている裏庭に向かう。
この視線、不思議なことに剣を振っているときは必ず感じるのだ。なぜかはわからないが、今回はそれを利用させてもらおう。
裏庭は最低限の手入れしかされておらず、脇の方は雑草が生え散らかしている。その上真ん中に生えた大木のせいで、光は入らず、薄気味悪い。そのためここに人はあまり来ない。
そのためここならば、視線の主の誤認は恐らく起こりえない。
「ふっ。ふっ。ふっ」
私はいつも通りに剣を振り始めた。
視線は変わらず感じている。なんだか注がれるものがより一層熱くなった気がする。
視線は後方……左。
距離は……20……いや30ぐらい。
私は剣を振りつつ視線の主の位置を把握。
しかし態度は変えず剣を振り続ける。
「ふっ。ふっ。ふっ」
恐らく視線の主は私がこれまで何か大きなアクションをしてこなかったため油断しているはずだ。最低限、逃げる算段だけはしっかりして、私を見ているのだろう。
一発。
勝負は一発だ。
私は正確に距離を測る。
そして頭の中で思い描きながら、狙いを定めていく。
思い浮かぶのは校舎の陰に隠れる黒い影。
身長はわからないため、確実に当たるように低めに狙いを付ける。
「ふっ。ふっ。ふっ……はぁっ!」
私は剣を振り上げた瞬間、剣を持つ手を放した。
剣は目標へ向けて放物線状に飛んでいく。
「うぎゃっ!」
強化したうえで投げた剣はしっかりと目標に着弾した。着弾した方向から低いうめき声が聞こえた。声質からして、多分……女子である。
ガサガサ。ドサッ。バサッ。
だが当たり所が甘かったのかすぐに走りだすような音が聞こえてくる。
草がかき分けられ、越えていく。
「! 待てや、こらっ!」
ここで逃せば、次に捕まえられる確率は一気に下がる。
私は急いで自分に身体強化して全力で駆けだした。
「そこの茶髪待てっ!」
「……!」
校舎の角を曲がると、見えたのは半開きになった扉へ走りこもうとする、くせ毛の多い長い茶髪の人間だった。魔法を使っているのか若干姿がぼやけた感じに見える。
特徴はある。くせ毛を直す。髪色を変える。その程度のことで簡単に変えられる特徴である。
この特徴を変えられたら手掛かりはゼロになる。
校舎の中に入られたらほぼお終いだ。
「……!」
流石にここからさらに加速しても、加速しきったころにはもう中に入られている。
私は身体強化を緩め、減速して体をしゃがめた。
「うぉりゃあ!」
そして足元に落ちていた木の枝を拾い、それを投げた。
枝はくせ毛の茶髪を越え、校舎に入るための扉に命中。半開きだった扉が軽い音を立てて、閉まった。
そして命中を見届ける前に、もう一本枝を拾って投げた。今度の目標はくせ毛の茶髪だ。
くせ毛の茶髪は一瞬停止していた。
枝は一直線にその頭へと向かっていく。
だがくせ毛の茶髪が高くジャンプしたことで空投げ。カンッと音を立てて扉に当たった。
高く飛び上がったくせ毛の茶髪は、身体強化しているのか、かなり高く上がっていった。
どんどん上がっていく。
どれだけ身体強化をしたのかというぐらい上がっていく。
3階建ての校舎の屋上まで届きそうな勢いだ。
「まずっ……」
このままでは逃げられる。
私は再び身体強化。
今度はさっきのように余力は残さない。全力で身体強化をする。
助走は三歩。それだけ。
「いち、にの、さあぁん!」
大地を踏みしめる。
全身の力を地面に伝えていき、反動で高く飛ぶ。
ドンっ!
音を屋上に轟かせながら、私は着地した。
「あれ?」
だがそこには人の影が一つもなかった。
人の気配もかけらもない。
いくら屋上を見渡しても結果は変わらず。
そこには誰もいなかった。
「まさか逃げられた……?」
完全敗北。
まさかの逃亡を許してしまっていた。
私はまさかのことに思わず肩をガクッと落とした。
「マジかー。え……マジー? これで逃がすとか……」
身体能力勝負で逃げられる。
くせ毛の茶髪を逃したということよりも、それは私にとってかなり傷つく結果であった。
「まだまだ甘いということかぁ……」
私はもっと鍛錬しなきゃなと思いながら立ち上がった。
ひとまずは鍛錬……じゃなくてくせ毛の茶髪だ。
「姿は何となく見たけど……多分変えてるだろうし。……まぁ一応その特徴で探してみるか。幸運にも私にも話したりする人はできたことだし……」
私は今後の方針を建てつつ、屋上を飛び降りた。
「えっ?」
だがそこで目にしたモノ、もとい者を見てあっけらかんとした。
「ふにゅう~」
そこには潰れたヒキガエルのように地面に大の字になって伸びている女子――私が逃がしたと思っていたくせ毛の茶髪がいた。
「マジかぁ~」
私の口から呆れ声が流れ出る。
「ふにゅう~」
それに応えるように彼女の口からは変な鳴き声が飛び出る。
「えぇ~?」
「ふにゅ~」
私と彼女の声が裏庭に低く響いた。
ひとまず保健室に運ぼう。
私はそう思った。
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