第5話
「どうするかな……」
私はベッドの中で眠るくせ毛の茶髪少女を見た。
彼女はスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てながら眠っていた。
私はあの後、伸びていた彼女を担いで保健室へ運んでいった。途中面倒三が絡んできたのだが、しっかり無視。高速移動でその場から一瞬で消え去って、さっさとまいた。
去り際に、遠くから見えたあの面倒三の変な顔。あれはかなり傑作だった。
……。
……。
少々脱線してしまった。
兎に角、彼女を私は保健室へと運び込んだ。
幸い、彼女は大した怪我もないようで、何か強い衝撃を受けて意識を失っているだけのようだった。
多分あの時私は急いで追おうとしており気づかなかったが、屋上までは届かず途中で落ちてしまったのだろう。
途中逃してしまったと思ったが、何はともあれ視線の主(推定)を確保することができたので良しである。
ただここで問題なのは見つけた。ならば次はどうするかということだ。
そもそもあんな四六時中見ていた人間が、捕まったぐらいで辞めるのだろうか?
むしろ今度は絶対に捕まらないようにとなったりしないだろうか。
そもそもこの子はなぜこんなにも私のことを四六時中見ていたのか。
それに、
「てかこの子……あの子だよな。剣の授業でたまに一緒だった……」
普通に面識のある少女だ。
なんなら朝教室で普通に見かけていた。
視線の正体としてはかなり、衝撃的な感じではあった。
「せっかく捕まえたけど、なんか面倒臭くなりそうだし……先生に預けるか?」
私がそう考え始めたとき、パチリッと彼女の目が開いた。
「あっ、起きた」
「ふにゅ~……んぅ、ここは……?」
少し頭を重そうにして顔を上げ、周囲を見回す。そして隣にいる私を見た途端その動きが停止した。
「あ……」
「おはよう」
「…………!」
そして布団の中に潜り込んだ。
目にもとまらぬ早業。
無駄に良い動きで布団の中に潜り込んだ。
「……」
「あの~確か……レオナさんだよね。レオナ・ビンチさん」
私は記憶の中にある名前から彼女の名前を引っ張り出し、そう言った。
彼女の名前はレオナ・ビンチ。
確か画家の家産まれの子であったはずだ。だがそれ以外のプロフィールは残念ながらあまり知らない。
「私のことずっと追いかけて見てたよね。どうしてかな?」
「……」
「?」
返事はなく、彼女はずっと布団に潜ったままだ。怖がっているのか、微かに布団を揺らしながら潜っていた。
う~ん。バレるのがそんなに怖いなら始めからやらなければいいのに。
そんな風に思いながらも、このままではらちが明かないので、私は勢いよく布団を引きはがした。
布団はなんの抵抗もなく、フワッと持ち上がった。
「……」
そこには震えている少女はいなかった。
「…………」
特に怖がっている少女はいなかった。
「………………」
一心不乱になって何かを描いているレオナがいた。
小さな紙。正方形のその紙を何枚も脇に置き、何かを描いていた。描いているモノ、それは瞳のようであった。
私が疑問になって、布団を引きはがしたまま止まっていると、
「あっ、ちょっと動かないで!」
「えっ?」
「いや……この際だしいいか。ちょっと顔こっちに近づけて!」
あまりの強引さに私はつい従ってしまった。
私はしゃがんで、顔を彼女に近づけた。
「そうそう。イイね……イイね!」
すると彼女の描く速度が加速した。
見る見るうちに瞳に線が書き足されていく。
「ふうぅ~」
そして彼女が描くのを止めるころには、その瞳は白黒で色はないにもかかわらず、まるで何十にも色を重ね合わせ、描かれたかのように感じられた。そう感じるほどに見事な出来栄えであった。
「すごっ」
そんな言葉が思わず私の口から零れた。
「でしょ! でしょ!」
そこへ彼女の顔が急接近。危うくぶつかりそうになるが、私はそれを横に移動し、回避した。衝突する相手がいなくなったことで、レオナは頭から床へダイブ。ベッドから転がり落ちた。
「ふにゅ~……」
「それでなんで私のことをずっとつけてたの?」
「うにゃ? そんなの絵を描くために決まってるでしょ」
レオナは何を当たり前のことをと言いたげな様子でそう言った。
「絵を?」
「うん。絵を描くため」
そう言うとレオナは顔をぱあっと明るくして、自分のポケットに手を突っ込んだ。そして中からさっき瞳を描いていたものと同じサイズの紙を取り出した。
バッ!
紙が舞う。
それらにはベッドの上で崩れている真っ白な紙の山とは違い、何かが描かれている。
髪。
横顔。
手。
口。
足。
胴。
そこにはさっき描かれた瞳とは遜色ないレベルの絵であった。
そして描かれているものはワンパーツずつではあるが、それは見覚えのあるものであった。
毎日見たりする。毎朝見たりする。毎晩見たりする。
私の体のパーツであった。
紙が舞い落ちる中でレオナは光悦した様子で喋り出した。
「君の姿を見たとき、こう……なんか嵌りそうだったんだ。それでバッチリ嵌ったのはこの前。この前の剣の合同練習のとき。君が王子を打ち負かした時、あれを見たときこれだっ! て思ったの! もう君しかいない! 私が追い求めていた絵の画題‼︎ 完璧な画題‼︎ そういう訳で君を追いかけていたの! 自然な感じを観察したかったの! まぁバレちゃったけど。
……だからもう隠さないわ‼︎ 思う存分画題になって‼︎
さあっ‼︎‼︎」
大興奮状態であった。
この状態、これに似たものを屋敷でも見た記憶がある。……そうだ姉様の興奮時。それと同レベルの興奮状態だ。
私はひとまずレオナの話を聞きつつ、彼女の興奮が収まるのを待った。
「あれもう一回見せて‼︎ あのきれいな動き‼︎」
「ねぇ、良いでしょ、良いでしょう! 別に減るもんじゃないわ」
興奮が収まるのを待った。
「こうポーズを取るのもいいわよ!」
「自然体な様子も捨てがたいわ!」
「いっそのこと全部やって‼︎」
口を挟む暇もなかった。
「どうせ時間はたっぷりあるわ‼︎」
「何せ人の一生は長いもの‼︎」
興奮が収まるのを待った。
だが興奮が収まる様子はなく、ますますヒートアップしていく。
てか時間がたっぷりあるって、その時間って一日とかじゃなくて一生かよ。流石に長すぎるわ。
それにしてもこのままでは話ができない。
私は顔を赤く染め上げ、くせ毛だらけの茶髪をバッサバッサと揺らし、口早に話すレオナの頭にチョップを入れた。
「うにゃっ!」
軽い悲鳴が上がったが、無視だ、無視。
「ちょっと落ち着いてね」
レオナは頭を押さえながら私の方を何だと、見上げる。
「ひとまず、レオナさんは私を画題にしたい?」
「そう!」
「それでつけてた?」
「そう‼︎」
気持ちいい返事であった。
……にしてもこれは思ったより厄介な人間である。仮に私が辞めるように言ったところで止まるとは到底思えない。
時間経過で冷めてくれるような熱でもない。むしろ時間経過でどんどん熱くなるタイプだ。
「ねぇ、良いでしょう? 良いでしょう?」
そう言いながらレオナは私の足元にすがり寄ってくる。
「君を描きたいの! ねぇ、良いでしょう!」
レオナの姿を見下ろしつつ私は思考する。
彼女のここまでの気持ち。完全にではないが、なんとなく理解できないこともない。
私がもし『雨の中でカッコよく刀を振るう』という夢にとって理想的な場面や状況、相手に巡り合えたりすれば大興奮する。それはもう周りの目なんか気にしない。道徳? マナー? ルール? 知るかそんなもん。そんな感じで思う存分心の昂りを爆発させまくるだろう。
そうしたら多分今のレオナのような状態になる。間違いなくこうなる。
なので彼女の気持ちというのは何となく理解できる。
私はそこまで考えると、床に散った紙を何枚か拾い上げた。
どの絵もすごい出来である。
パーツパーツのメモみたいな状態でこれなのだ。もし一枚絵。それも色アリだったら……それはもう凄そうである。確実にめっちゃカッコいい。
「ねぇレオナさん」
「何かな?」
「本番はもっと凄い? もっとカッコいいかな?」
「そりゃ当たり前! なんせ私が描くのよ! 本物以上の出来になるわ!」
もう確定だ。
すでに私の頭の中からは四六時中つけられていたことは消え去っていた。
「いいよ。私を思う存分描いて!」
「よっしゃー!」
「その代わり最高の絵にしてね」
「もちろんよ!」
「「うふへへへ~」」
保健室からは二人の幸せそうな笑い声が奏でられた。
それは大変不気味で、女子がしていい類の笑い声ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます