第2話

「ムシャムシャムシャ……」


 私は一人黙々とサラダを口に入れ、噛みしめていた。


「……」


 周りを見回してみるとそこそこ人がいる。

 ここは食堂だ。学校に通う生徒たちが食事をしたりする憩いの場。

 メニューはかなり豊富で、日替わり定食やハンバーグ定食、サラダ単品、パン5種盛りなどたくさんある。ちなみに私が屋敷でよく食べていた和食モドキは置いてない。


「……」


 周りには人がたくさんいる。

 たくさんいるのだが、私の席の周り――ちょうど席2個分を半径に、空白ができている。

 誰も私には近寄ってこず、きれいな穴を形成していた。


 人がたくさんいるせいで、視線は嫌というほど感じる。だがそれを気にせず、サラダを入れていく。


 口に入れることに没頭。

 噛むことに没頭。

 飲み込むことに没頭。


「ムシャムシャムシャ」


 サラダはあっという間にきれいになくなった。

 私は空になった皿を脇に退かした。そこには今退かしたサラダが乗っていた皿の他に、10枚ほど大皿が重なって置いてあった。


 私はこれでも女子ではあるが、かなりの食欲がある。

 鍛錬を毎日しているうちに、一日の消費カロリーがどんどん増大。一食抜いたぐらいで倒れたりするほどではないが、ちゃんと食べていないと空腹がキツイという感じであった。


「う~ん?」


 私は腹部をさすりながら満腹具合を確認。みっちりと隙間なく満たされてはおらず、だが隙間が大きく開いているほどでもない。ちょうどいい満腹具合である。


 私は積み重なった皿たちを持つと、それを食器返却口へ持っていった。

 そして持っていきながら午後のことを考えていた。


 午後は剣の授業。私にとって一番楽しみな授業である。だが同時に面倒な授業であった。

 別に担当の先生による嫌がらせがあったりするわけではない。

 組む相手がいないわけでも……まぁいないけど。いなくて余るけど、なんやかんや他の余った人とやったり、いなければ先生とやっているので別に問題はない。


 問題なのは今日の剣の授業は合同。あの私嫌いの王子のいるクラスとの合同授業だということだ。

 本当に面倒だ。

 面倒すぎて何だか憂鬱になってくる。

 そのぐらい面倒な授業だ。

 あの三人衆が、私の大好きな大好きな剣の授業に絡んでくる。想像するだけでもため息が出る。


 まぁ、なるべく絡まれないように離れた位置で存在感を消して、授業を受けよう。

 私はそう決意しながら皿たちを置いた。



 *  *  *



「さっきはよくも途中で帰ったな!」

「全くです。アロガンス様が寛大じゃなかったらただでは済みませんでしたよ!」

「その通りだ。俺が寛大だったことに感謝するんだな。なぁ、ビエンフー」

「ですね~ですね~。そうですね~」

「……」

「おい貴様! 聞いているのか!」

「アロガンス様の言葉ですよ。しっかりと聞きなさい!」

「そうだ~そうだ~」

「…………」


 私は目の前の光景に思わず頭が痛くなってきそうであった。


 私はずっと壁際にいた。存在感を消し、先生ぐらいにしか気づかれないように立っていた。おかげで授業が始まったばかりまでは三人衆に気づかれていなかった。

 だが授業開始と共に、ペアをつくることになったとき問題が発生した。

 いつも通り私は余り、先生とやろうとした……。やろうとしたのだが、なんとあの三人衆まで余っていたのだ。

 あの面倒三はずっと三人のまま固まっており、ペアをつくろうとしていなかった。


 私は急いでたまに余ってペアになっている女子を探した。

 だがその子はすでにペアをつくっていた。


 最終的にペアをつくっていなかったのは三人衆と私。

 三人と一人。

 どうなるのかなんて子供でも分かる。

 3+1で4。見事にペアが二つできました~。


 結果こうなった。

 さすがに存在感を消しても、一人余っていれば目立つ。三人衆は意気揚々と私の前にやって来た。

 先生はそれをちょっと気の毒そうにしてみていた。



「俺が一緒に授業をしてやるのだ! 感謝の一言でもしたらどうだ!」

「そうです。全くです」

「アーハイ。アリガトウゴザイマス~」


 多分今の私の目は死んでいるだろう。魚を食べるときによく見るあれ。死んだ魚の目をしているだろう。

 なんなら今なら死んだ魚のものまねとか完璧にできる気がする。

 私はこの現実に対して心を無にして受け流していた。


 面倒三が話かけまくる後ろでは先生たちが講義をしている。

 ただし話は全く入ってこない。

 なんとなく聞こえてくる内容から、初めて学ぶ内容ではないことはわかる。だが大事な授業を邪魔されるというのは本当に嫌だ。

 最悪だ。

 面倒だ。

 憂鬱だ。


 周りから来る視線に籠る感情は全部同じだ。

 先生よ。そんな気の毒そうな目でチロチロ見るぐらいなら何とかしてくださいよ。

 同級生たちよ。そんな目で見るぐらいなら私のボッチを解消してくれよ。

 そんなツッコミが頭の中を流れた。


 そうやって授業の半分が経過。もとい浪費し、講義が終わった。続いては実戦形式の打ち合いだ。

 すると面倒三は話し終わった。

 やはり男は剣を実際に振るうというのが好きなんだろう。

 まぁ私も話を聞くよりは実際に振るう方が好きだ。ただしそれはしっかりと学んだ上でやるからこそ意味がある。

 なので姉様に教わった部分と同じような内容を先生が講義していたとしてもだ。姉様とは違う視点から行われたその講義を聞くという邪魔をしたこの面倒三は許さんということだ。


「ふんっ、黒髪。ではやるぞ」


 剣を構えたアロガンスがそう言ってきた。

 横ではフェルゼンとビエンフーが応援しながらはやし立てている。


「はぁ……」


 私はいつも通り剣を構え、アロガンスを見た。

 彼の構えは……まぁ様にはなっている。

 剣先は震えず、しっかりと停止している。足幅もちょうどいい広さだ。

 伊達に第一王子をやっていないのだろう。しっかりと教育がされている。

 ただしそれは普通の観点、一般人視点で見た場合だ。

 姉様の構えを何度も見てきた私からすると、まだまだ甘い。その上気も緩みまくっている。多分私を舐めているのだろう。


 ちょっとムカつく。

 授業は浪費され、邪魔せれた挙句、私のことを舐めている。

 自然と脳裏には入学してからのことが思い浮かぶ。

 本当にこいつのせいで入学してからずっとボッチ。視線はウザく。避けられている空気もなんか嫌。面倒三はペチャクチャペチャクチャ絡んでくる。……めんどくさいし、鬱陶しい。


 ここいらで少しストレス発散。

 ストレスの根源に焼きを入れても別に問題はないだろう。


 私の纏う雰囲気が少しだけ変わった。


「なんだ? 急にまじめな顔をして?」

「きっとアロガンス様が怖くなって、緊張でブルブルしてるんですよ」

「なるほど、そういうことか。ならば俺はしっかりと俺の力を見せてやらんとな!」

「おお~! アロガンス様の本気が見られるんですか~!」

「はっはっは。本気は出さんさ。せいぜい本気の一割以下だ」


 そう言うとアロガンスの魔力が彼の全身に満ちていく。


 それを見て私は、念のため準備しようとした身体強化を解除した。

 この程度では身体強化は完全に余計である。


「では行くぞ! 黒髪ぃ!」


 そう叫びながらアロガンスは私に向けて突撃してきた。


 私は動かない。


「ブルって動けないでいやがる!」

「ですね~」


 どうでもいいその野次を無視し、私は動かずにそれを冷静に見る。


 やっぱりこの程度である。

 私は剣が振り下ろされる直前。あと少しで当たる直前で、避けた。剣が私の纏められた髪を掠る。


「なっ! 避けただと。運が良い奴があっ!」


 アロガンスは少し怒った様子で剣を振るってくる。


 私はそれを避けていく。

 剣も振らずに。

 身体強化も使わず。

 紙一重で避けていく。


 アロガンスが6回攻撃を外したとき、私はそろそろ仕掛けることにした。

 剣速はそこまで早くしすぎず、ぎりぎりアロガンスが捉えられる速さで剣を振るう。

 すると剣は攻撃を失敗し、振り切られたまま――隙だらけの手と簡単に命中。


「があっ」


 剣は軽い音と共に床へと落ちた。


 私はそこから攻撃を緩めず、連続で仕掛ける。

 顔。

 腹。

 足。

 ぎりぎり当たらないように、避けられるように攻撃を仕掛けていく。

 するとアロガンスの体はどんどん後ろに下がっていく。

 私たちは打ち合いをしている中を通過していった。


「なっ!」


 そしてとうとうアロガンスの体が反対側の壁に到達。

 私は剣先をアロガンスの真横に突き刺した。


 ドサッ。


 アロガンスの体が力なく床に落ちた。

 私はそれをほくそ笑みながら見下ろす。


「どうしたんですかぁ? 本気見せてくれるんでしょう?」


 私のその言葉にアロガンスはみるみる内に、顔を赤くしていく。


「くそっ、貴様! この黒髪! 覚えてろおぉぉぉー!」


 そう叫びとアロガンスは剣を放り投げて教室から走り出していった。


「ちょっ、アロガンス様!」

「待ってくださ~い」


 その後をフェルゼンとビエンフーが追いかけていく。


「ふぅ。すっきり、すっきり。……?」


 周りを見渡すとすっかり打ち合いも止まってしまっていた。

 ちょっと何か変な空気である。普通にやりすぎたかもしれない。

 まぁ、すっきりしたので後悔はしていない。

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