エピローグ
「はぁっ!」
一歩で大きく進み、二歩目でさらに進む。下段に構えていた剣を上段に移動させながら姉様の元へ二歩でたどり着いた。そして二歩目が地面を踏みしめると同時に振り下ろした。
その際、足から腕の強化に変更。
私の腕は剛腕となり、その腕から放たれる剣が姉様目がけて振り下ろされた。
だがそれはちょっと体を動かすだけで避けられた。
予想通りである。
姉様にこの程度の直線的な攻撃は当たらない。簡単に避けられるか防がれるのはわかっていた。
わからなかったのは避けるのか、防ぐのかということだ。
どちらを選択するかによって私の行動が決定される。
そして姉様が選んだのは避けるであった。
私は振り下ろしきる前に、剣を一瞬止めた。
足に力を入れ、地面を踏みしめる。そこから剣を、バットを振るうかのように思いっきりスイングした。普通に当たれば今使っているのが刃ない剣だとしても、大怪我であろう。だがそんなことは気にせず振った。この程度、姉様であれば簡単に対処する。仮に当たっても問題ないだろう。そんな絶対的な信頼からのフルスイングであった。
そして信頼通り姉様はその攻撃に対処しだした。
迫る剣に対して、下から剣を潜り込ませた。剣はまるで流体のように、滑らかに潜り込んでくる。
「よいしょっ!」
「!」
剣は下から私の剣を持ち上げた。
あまりの力により剣が手から離れそうになった。
私は全力身体強化を行い、剣を持っていかれないように耐えた。
しかし、剣を上に持ち上げられたことで私は万歳をしたかのような状態になっており、胸から腹。体の前面に隙を晒してしまっていた。
「しまっ」
「一本行くからね」
そう言いながら姉様は剣を振り下ろした。
振り下ろされた剣を私は目で追うことができず、気が付いたときには軽く後ろに飛ばされていた。そして遅れるようにして剣を当てられた衝撃を認識した。
私は何とか倒れる、それだけはしないようにして停止した。
追撃はなかった。姉様は私を飛ばした位置から動かず、剣を構えている。
私は息を整え、再び剣を構え直して、姉様を見据えた。
姉様はやっぱりすごい。
さっきの吹っ飛ばし――これをした剣の動きが全く見えなかった。
体も反射神経とかで動くこともできず、何も防御姿勢を取れなかった。しかもほぼノーモーションであれを放ったのだ。私が移動しながら勢いづけて踏み込み、剣に加速を付けたのに対し、姉様はノーモーションで私以上の剣速を出した。
始まったばかりだが、こうして本気で打ち合いをしてみたことで改めて認識させられた。目指すべき剣の高さが。
本当にまだまだだ。
だがまだまだがどこまで通用するかはまだわかっていない。
思わず笑みが零れた。
そして再び踏み込んで行く。
今度はさっきとは違い体勢をできるだけ低くして行った。野生動物、四足歩行の動物のような低さで。そして一気に加速して駆けた。
私と姉様との距離はそこまで広くないため加速は仕切る前に、姉様の足元に到達。
剣を振り上げた。
横に振るのではなく、足へ向けるのではなく、振り上げた。
私は姉様の足へスライディングを仕掛けつつ攻撃を仕掛けていた。
さすがにこれには姉様も驚きの表情を浮かべた。
スライディングをしていることで、剣の威力は腕力と加速によるものだけになり威力はさっきより落ちる。それに体勢もかなり悪い。
だがこれで姉様に三択を迫ることができた。すなわち、剣の対処だけ、スライディングの対処だけ、もしくは両方の対処。
実戦であれば選ばない選択肢だが、今はそうではない。そしてそうではないからこそ、私はこれを選んだ。
どちらかが成功すれば大金星。
成功しなくても、姉様がどんな風に対処するのかが見られる。
それにもし姉様が飛ぶを選べば……。
「はぁっ!」
姉様は高く飛び上がった。
私の足は目標を失うが、剣はまだ目標を――足を狙っている。その剣を姉様は弾き飛ばそうとした。
万に一つの賭けが当たった。
私は思い描いていた予定通りに行動しだす。
体を支えていた左足に全体重を乗せる。身体強化をさらにかける。今の私ではずっとの身体強化はできないが、短い時間、そして瞬間的であればかなりの身体強化をかけられる。
不安定な体を左足が支え、持ち上げた。
私は片足で立ち上がる。そしてスッと飛び上がる。
すると私の剣の高さも自然と上がっていく。その高さは姉様の剣よりも上となっていた。
姉様の剣はまだ私の剣を弾き飛ばそうとしたままである。
そして姉様の体は重力に従って、地面へ下がっていく。
私の剣は完全に有利な位置を取っていた。
「はあぁっ!」
そこから剣を振り下ろした。
身体強化はすでに解け、剣速も威力も全然ない。だが問題ない。
剣は姉様の肩へと当たった。そしてそのまま姉様を地面に落とした。
私も少し遅れて地面に着地。
続けるように姉様を突き飛ばそうとするが、その前に下より迫る剣が視界の端に移った。
「!」
私は間一髪それに反応し避けることに成功した。
私と姉様の間に再び距離が生まれた。
「……」
「……」
剣を構えながら見つめ合う私たち。
私の息遣いは少し荒いが、姉様の息遣いは全く変わっていない。
「……すごいね。
本当に強くなったんだね……」
姉様は突然口を開いた。
「? そりゃそうでしょ。なんて言ったって姉様直々に教えてくれてたんだから」
私は思わずそう返した。
姉様直々に6年間も剣を教えてもらっていたのだ。これで全く強くなっていなかったら、私は生き残れていない。
「うん、そりゃあわかるけどね。実際に戦って生き残ったんだもの……強くなっているのは当たり前よね。
だけどやっぱりこうして打ち合うと改めてわかるのよ。ウイが本当に強くなったんだって。剣も鋭いし、反応も早い。それに私の隙を付こうと奇策も出してくる。……もう守ってあげるウイはいないんだなぁってね」
姉様は何か懐かしむようにそう語った。
そして表情を鋭くして再び口を開いた。
「だからこそここからはちょっと本気で行くから……」
姉様の雰囲気が変わる。体のわずかな動きでさえもなくなる。完全に静止した状態で止まっている。
その姿からは多少ながらも殺気まで感じるような気もする。
「――しっかりと付いてきてね」
次の瞬間姉様のその場から消えた。
だがすぐに現れた。
私の目の前に。
姉様のその高速移動はまるで瞬間移動のようであった。私が剣を合わせることができたのは、あの男の移動を経験したことがあったからであった。
消えたと認識した段階で、相手を探すのではなく次の攻撃に備えると行動。それによりギリギリ攻撃の直撃は防げていた。
「ぐぅ……」
私は剣に合わせることはできたが、その衝撃を受け流すことはできなかった。
ドガンっと何かが爆発したかのような衝撃が剣に響く。それはダイレクトに手へ、腕へと伝わっていく。あまりの衝撃により手が痺れ、力が抜ける。
「まだまだ行くわよ!」
「!」
痺れが抜けないうちに、姉様は軽く私を押し出した。そして生まれたわずかな距離を利用し、一気に加速、私の剣を打ち上げながら横を駆け抜けた。
剣が宙を舞う。
軽く回りながら上がっていった。
そして音を立てながら落ちた。
私は武器を失い無防備となる。
背後ではすでに姉様が次の攻撃を仕掛けてきているだろう。
私は後ろを振り返りつつ、その場から大きく飛んで離れようとする。飛ぶ方向はあえての剣の落ちた方。
目に映るのは迫る姉様であった。
予想通りである。
姉様は突きを繰り出して迫ってきていた。
私は剣の切先へ両腕を持っていった。腕が剣の勢いで押される。私はそれに合わせてさらに後ろに勢いよく飛んだ。
「……よし」
多少のダメージはあったが、無事剣を回収した。
そして眼前に迫った剣に全力の力を持って剣をぶつけた。
甲高い音が鳴り響いた。
姉様の剣は一瞬だけ止まったが、すぐに私を押していく。
私はすぐに下がる。だが間髪入れず、突進していった。
正面からは行かずフェイントを入れ、横から攻める。簡単に対処されてしまうが関係ない。私はまたすぐに下がり、再び突進。ヒット&アウェイで攻撃を仕掛けだした。
絶え間なく繰り返し攻撃を仕掛け続ける。
わずかでも隙を見せればさっきの猛攻が始まってしまう。
そうなれば私が倒れるまでそれは続くだろう。
これが私にとって最後の攻撃ターンであった。
私は絶対に攻撃させまいと何度も攻撃を続ける。
リズムは作らず。
単調にはせず。
ランダムに。ひたすらランダムな攻撃を仕掛け続けた。
そしてそうやって仕掛けながら策を何とかひねり出していた。
この状況も長くは続けられない。必ず限界が来る。それにこれ以上の体力の消耗をすれば姉様に一矢報いる体力もなくなってしまう。
ここが分水嶺。
ここが分岐点。
ここが最後の矢を放つ場所であった。
さっきの攻撃は姉様の隙を付けた。だが足りない。あの程度ではまだ足りない。
もっと姉様の予想外から攻撃しなければ……。
頭を回す。
思考を回す。
体は動き続ける。
攻撃を続ける。
一心不乱に攻撃を続ける。
目に映る姉様はとても嬉しそうな様子だ。
そんな姿を見ていると私もどんどん楽しくなってきた。
心は昂り、気持ちは上がる。
そして私の攻撃が止まった。
後ろへ下がる途中、停止した。
大きな隙。
そこを見逃さず姉様は仕掛けてきた。
剣を振るう。
それを私はしっかりと見つめていた。
剣筋は真上からの振り下ろし。きれいな一閃だ。
私はその未来を思考しながら、剣をはっきりと見据えていた。
持っている剣は私の背後に隠れている。
アズマ流は受けの剣。
カウンターの剣。
相手の一撃の隙を突き、仕掛ける。
私は右足を地から離した。大地に立つのは左足のみ。そしてその左足を軸にして体を回転させる。すると私の背後に隠れていた剣が加速しながら現れた。
「!」
姉様は私のしようとしていることに気が付いたが、もう止まらない。姉様はもう加速してしまっており、振り下ろす剣も同様。今更止め、防御に移ろうが遅い。
私の剣は姉様の胴の辺り――姉様が剣を振り下ろし、私に剣がぶつかりそれ以上は下がらない位置、そこへ目がけて振り切った。
「はぁ!」
「はぁっ!」
私の攻撃と姉様の攻撃が当たるのは同時であった。
私の上半身に衝撃が響く。だがその衝撃に反し、自然と痛みは少なかった。
そう考える合間に私は地面に倒れていく。少し後ろに飛ばされながら地面に落下した。
姉様は私の剣をもろに直撃。横に軽くだが飛ばされていた。
私は立ち上がろうとしたが、力が入らなかった。どうやら体力の限界のようだ。
その横へ姉様がやって来て腰を下ろした。
「ふぅ……今日はここまでしましょうかね」
「……はい……」
2撃。
私の渾身のモノは2撃だけだったが、確かに姉様に攻撃として体に当てられた。
私としてはまあまあ満足する結果である。
「さっきのはなかなか良かったわよ」
「ありがとうございます……」
「……ただしちょっと捨て身の攻撃過ぎるので、実戦とかでは絶対に使わないのよ」
「は~い」
疲れのせいで少し眠くなってきた。
私は重たくなってきた瞼を閉じてしまわないように耐える。
するとそれに気が付いた姉様が笑いながら言った。
「久しぶりに剣を振って、その上こんなに動いたんだもの。疲れるに決まってるわ。片付けとかは私がやるから寝てもいいわよ」
「……うぅ……じゃあ、お言葉に……甘えて……」
「おやすみなさい。明日からも頑張ろうねウイ」
「は……い。あねさま……」
私はそのまま眠りに落ちていった。
* * *
私は戦いが好きだ。
バトルが好きだ。
戦闘が好きだ。
剣戟が好きだ。
女の子が刀を持って戦うのが好きだ。
そんな私の夢は『雨の中でカッコよく刀を振るう』。
それを夢見て私は刀を振るう。
脇を見ずに。
ただひたすらに走り続ける。
夢に向かって走る続ける。
従うものは胸の中の昂り。
熱く熱く、燃える心の昂り。
私はもう止まらない。
止まらずに走り続ける。
なにせ私の夢はまだ始まったばかりなのだから。
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