第21話
私が目を覚ましてからあっという間に2週間が経った。
姉様はあれから毎日私の元に看病をしに来てくれていた。来るたびにリンゴを切ってくれていたので、リンゴばかり食べる生活であった。
体の傷は魔法による治療も併用して行ったことで前世では考えられないぐらいのスピードで治っていった。
日が経つにつれて固定していた箇所もなくなっていき、包帯も取れていった。
そして本日、ようやく医務室から解放された。
ドクターストップも無事終了である。
無事医務室から解放されて、久しぶりの自分の部屋に行くとかなり変わり果てていた。
壁や天井などに目立った傷があるという訳ではない。ベッドとかが壊れたまんまという訳でもない。むしろ逆、全てが新しくなっていた。
床のカーペットは前のものとは違うカーペットに。ベッドや机は真新しい物に変わっていた。
戦闘の余波でベッドや机を壊したんだ、とそのときようやく思い出した。
なぜカーペットもと思ったが、恐らく私や襲撃者の男の血が染み込みまくっていたからだろう。壁とかもよく見てみると、デザインは前と一緒だが、新品になっていた。これも血とかを吸い込んでしまったせいだろう。
私はしみじみと思いながら机の方に歩いていった。
新品の机の上には刀と兄様の残したお面が置いてあった。お面は相変わらずのへのへのもへじである。
「本当に絵のセンスはないですね……」
お面を持ち上げながら私はそう呟いた。あのときはなんとなくいいなぁとちょっぴり思ったが、やはり変である。これは流石にない。
兄様、作ってくれたのはいいんですけど……もう少し何とかならなかったんですか。
そんな風に心の中で兄様への嘆きをしながら部屋の中を見回した。
……。
……。
ここで戦ったんだなぁ。
そう思っているとあのときのことがフラッシュバックしてきた。それに伴い、私の熱も急激に上昇してくる。
そうしているうちに自然と口角が上がってきた。
私はお面を置き、今度は刀を持った。そしてそのまま姿見鏡の前に立った。
「にヒヒ……」
刀を持ち、そこでポーズを取り始めた。
刀を構え、抜刀の体勢。
刀を抜いて下段に構える。そこから斬り上げて――途中で一時停止。
そこから突きを繰り出して――一時停止。
続いて自分の記憶に微かに残っている前世で見た刀を振るう女性キャラクターたちのポーズを取っていく。思い思いに取っていく。カッコいい感じのもの、かわいい感じのもの、妖艶な感じのもの、次々にポーズを変えてみては、自分一人で盛り上がっていく。
そうやって時間も考えずにポーズを取って、自分に見惚れていると、ノックがした。だが私は気づかず、ポーズを取り続ける。
「えへへぇ……」
変な笑いが零れてしまったが、そんなものも気にせず鏡の前で様々なポーズを取っていく。
ノックがもう一度なったが私は気づかなかった。
私は鏡に映る自分の姿に夢中であった。
そのとき扉が開いた。
「ウイ~いないのかなぁ…………」
姉様が入ってきた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
私と姉様の目が合う。
時間が止まった。
私の体温が急激に上昇していく。顔が熱い。恐らく顔は紅く染まっているだろう。だがこれは楽しさによるものではない。興奮によるもんでもない。
羞恥心だ。
子供が家族に自分の趣味をしている姿を見られ、なぜか猛烈に恥ずかしくなるあの感覚だ。
「……」
姉様は何も言わず、流れるようにカメラを取り出した。
パシャッ!
パシャッ!
パシャッ!
パシャッ!
パシャ!パシャ!パシャ!
何枚か写真を撮ると、満足そうな笑みを浮かべながら、そっと扉を閉めていった。
私の体が床に落ちた。
「あああぁぁぁぁ!」
撮られた。
写真を撮られた。
別に取られるのは良い。……だけどこれはダメだ。こんないい感じのポーズの写真じゃなくて、顔を真っ赤にした姿をだ。
刀を構えたいい感じの姿だったなら良い。だがこれは違う。そんなのは撮らなくていいから。しかも無言で出ていくって、本当に何か恥ずかしさが加速というか、マシマシされてしまう。
私は羞恥心のあまり頭を抱えていた。
しばらくするとまたノックが鳴った。今度はしっかりと聞いた。聞こえていた。
中に入ってきたのはまた姉様であった。その表情はホクホクと満足そうである。
「ウイ~」
「姉様それ以上は言わないでください」
「えぇ~いいじゃない~。別に鏡の」
「言わないでください。それ以上喋ったら二度と口を利きませんよ」
「え」
姉様の表情が一変、この世の終わり、全てに絶望したかのような表情になった。そしてそのまま動かない。まるで姉様の時間だけが止まっているかのようであった。
私は姉様が停止しているうちに刀を置き、深呼吸をした。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
だんだんと恥ずかしさが消えていった。
「それで姉様。どうしたんですか?」
そして完全に落ち着いた。羞恥心はもう消えた。きれいさっぱりどこかへ行った。
私は何事もなかったかのようにまだ停止している姉様に声をかけた。
「……」
しかし反応はなかった。そうとうショックだったみたいだ。
「姉様、姉様。嘘ですから。口を利かないなんてしませんから」
「……」
「本当にしませんから」
「……ほんとう?」
「はい、本当ですから」
すると姉様はフラフラと萎れた状態から、ピキンッと生き生きした状態へ変化した。
完全復活みたいである。
「それでどうしたんですか?」
「あぁ、ウイも完治したし、気分転換お姉ちゃんと一緒に剣振らないかなぁ~て」
「やります。やります。やりましょう姉様!」
私は急いで道着に着替えた。そして着替え終わった瞬間姉様の手を引いて部屋を飛び出した。
そして姉様の幸せそうな叫びと共に鍛錬場へと向かっていった。
* * *
鍛錬場に着くと、すぐに剣は振らず、軽く柔軟、ランニングをした。私はまだ怪我が治ったばかりということもあり、すぐにやって体が追い付けないということがならないようだ。私はすぐに剣を振りたい気持ちを抑えながらそれらをこなした。
柔軟、ランニングが終わるとすぐに倉庫から剣を持ってきて、素振りを始めた。
久しぶりに剣を持つが、意外と重いとは感じなかった。
私は一定のリズムを保つようにして剣を振る。意識しようとしているせいか、かえってリズムがズレそうになる。
「ふっ。ふっ。ふっ」
隣からは姉様の息遣いが聞こえてくる。
横を見てみると姉様は私とは違い、特に意識している様子はなく、自然な感じで剣を振っていた。姿勢は少しも乱れることなく、一定のペースで剣を振り続けている。振る度に後ろでまとめられた銀髪が揺れる。私よりも豊富な胸も揺れる。
私はその姿に目を奪われつつも負けじと剣を振った。
一定に、一定に。
素早く。
鋭く。
自然に。
そう考えながら振っていると、リズムがズレそうになることが減っていった。
私は「よしっ」と心の中でガッツポーズをしながら、調子を崩さないように素振りを続けた。
「ふっ。ふっ。ふっ。ふっ」
ヒュンっ、ヒュンっ。
ヒュンっ、ヒュンっ。
二種類の音が鍛錬場に響いている。
どちらも鋭い音であった。
二本の剣が空気を斬る。
私は無限のような時間を感じながら剣を振り続けた。
そして私たちから軽く汗が零れ始めたとき、素振りは終了した。
私と姉様は汗を軽く拭き取りながら一息ついた。
「怪我で剣を振れてなかったけど、思ったより鈍ってないわね」
「そうですね」
自分でもびっくりである。2週間も剣を振れてなかったのだ。多少感覚を忘れてしまい、鈍っていると思っていたのだが、意外にもそんなことは全くなかった。
「これなら良いかもしれないわね」
「何がですか?」
「私との打ち合いよ。約束してたでしょう」
姉様は横に置いていた剣を持ち、私の正面に立った。
「ウイがしっかりと身体強化できるってことはもうわかってるしね」
私は大興奮しつつ、それを隠しながら立ち上がった。
目の前に立つ姉様は剣を下段に構え、いつでも来て良いよと待ち構える。その体からは高まる魔力が感じられた。
私は姉様を見据え、姉様と同じように下段で構えた。
「打ってきていいわよ。その代わり全力でね」
「わかってますよ姉様」
姉様は全力では反撃しないだろう。姉様は本気で剣を振るわない、真面目にやらないという訳ではない。そうしないと私に大怪我をさせてしまうからだ。だから私が身体強化を使えるようになるまでは打ち込みもあまりなかった。
姉様は自分のできる最大限の手加減で私に剣を振るうだろう。
だがそれでは面白くない。
私はまだまだ姉様には届かない。
それでもやるならできるだけ強く。強力で。強敵で。
だからこれから私がやるのは姉様にどれだけ本気を出させるかだ。
今まで学んだこと。
振り続けてきた剣。
初めての実戦。
2週間前の戦い。
それらの記憶が脳裏によみがえる。
テンションは上りに上がっている。
体は熱い。
心は昂っている。
いざ姉様に挑戦だ。
「では……行きますよ!」
私は足を魔力で強化し、全力で踏み込んで行った。
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