第20話
パチっ。
パチっ。
地下深くの狭い部屋。地下牢では駒を差す音だけが響いている。
2人の女は駒を絶え間なく動かしていく。
戦況は終盤。
間もなく決着がつく。
「まさかウイが勝つとはねぇ~」
ミナはそう言いながら駒を持って、目的の場所へ置いた。
「当たり前よ。私が教えたんだから……」
トウコはそう答えながら駒を持ち、動かしていく。
2人はミナの魔法によりウイの部屋の様子を見ていた。途中ウイが痛めつけられ、死にかけになったとき、トウコが暴れ出しそうになり危うく地下牢が埋まってしまうところであった。
だが立ち上がったウイが一気に巻き返し出したことで、それも治まった。
「にしてもいいのかしら?」
「何が」
「何がって……このままじゃウイ死んじゃうわよ。あなたの大好きな大好きな妹が」
「大丈夫よ」
「どうしてかしら?」
「姉上に仲間がいるように私にだって仲間はいるのよ」
「あら、そうだったの」
「そうよ」
パチンっ。
その駒に続く音は発されなかった。2人は口を開かず、見つめ合っている。
その空間にいる人の気配が増えた。
「詰みよ。――これも、姉上も」
「えぇ、そうみたいわね」
ミナの背後にはいつの間にか武装した騎士団の人間が複数人立っていた。
ミナは美しく笑いながら立ち上がった。
「なかなかに楽しかったわ」
* * *
気が付くと真っ暗だった。
暗闇。光はない。
真っ暗闇であった。
死んだんだろうか。私はそう思った。
まぁ流石にあの傷で、しかもあんなに動き回ったんだから当たり前か。
あの戦いは本当に昂った。今世一番の戦いだった。
まだたったの2回目だけどね。
……。
……。
まだ走り出したばかりなのになぁ~。
折角兄様がお面を残してくれたのに……あっさり死んでしまうとは。ここがあの世なら兄様に怒られるかもしれない。
それに姉様は悲しむだろうな。姉様のことだから何も食べないで過ごして、そのまま衰弱して死んじゃうかもしれない。流石にそれは勘弁してほしい。私のせいでそこまではならないでほしい。いや、ホントに……。
にしても本当に真っ暗だな。
死んだのは2回目だけど、前は死んだ後の記憶とかないからなぁ。死ぬとこんな真っ暗なんだな。……体もなんか動かないし。それに何か乗っているみたいに重たいし。
だけど意外と寒くはないな。手足は動かないけど少し温かい。何か重く感じてるところは特にだ。
ずっとこのままなのか。
真っ暗。
動かない。
この状態でずっとかな。退屈だな。
もっと刀振りたかったな。
雨の中でカッコよく刀を振りたかったなぁ。
……。
……。
う~ん……にしても本当に重いな。
何かちょっと息苦しいし。死んだあとっていうのは息苦しいのか
てか少し柔らかい?
何か乗っかってる?
なんだこれ……何か感じた覚えがあるような感触な気が……。そう、例えば日常的に感じたことがあるような……。
ドサッ!
そのとき急に重さがなくなったかと思うと、視界いっぱいに光が入ってきた。
「ウ、ウイ?」
そして私の耳に聞きなれた声が入ってきた。
光に慣れてきた目に映ったのは、目元を赤くした姉様だった。髪はボサボサ。着ているものも汚れている。顔には何か跡ができている。
だがまごうことなき姉様だった。
「ウイぃぃぃ!」
「っ! あ、姉様?」
「そうだよ。お姉ちゃんだよ!」
姉様は叫びながら私に抱き着いてきた。
姉様の体の隙間から周りを見まわすとここはいつぞやの医務室だった。薬品特有のにおいがすごくする。
私の体はベッドに寝かされていた。手足もちゃんとある。体のあちこちが包帯で巻かれていたり、動かせないように固定されあった。
部屋の外からは足音が聞こえてくる。
「ウイー! ウーイ、ウイ~!」
「ちょっ、姉様苦しい、苦しいです!」
どうやら私はまだ死んでいなかったらしい。
* * *
目が覚めた私のところにいつぞやお世話になった医者が看護師を連れて大急ぎでやって来た。看護師は到着するや私に抱き着いていた姉様を引きはがして、医務室から追い出した。それはそれは大変スピーディーで的確で、流れるような動きだった。
追い出された姉様は外で騒いでいたが、すぐに誰かに引きずられていった。
私はその光景を目覚めたばかりの脳を強引に処理しながら見ていた。
医者の方はそんな出来事はなかったかのように自分の仕事を始めた。
細かく問診をしていき、私の体を検査。
そして診察結果は全身大けが。しばらくは絶対安静、ベッドから出るな。刀を振る、そんなものはもっての外。鍛錬なんかできない。というものだった。
しばらく刀を振れないのはちょっと不満であったが、その様子を感知した医者に強く強く念を押され、ガックリとなった。
まぁ、私はほぼ死に体のような状態で発見されたみたいだ。もうあと一歩、あと少しでも遅れていたら死んでいただろう、そんな状態だ。
何とか命を繋ぐことはできたものの、それでももう意識は戻らないかもしれないそんな容態で1週間も眠ってたらしい。
そんな容態から意識を取り戻したのだ。
しばらく刀を振れないだけじゃ足りないぐらいだろう。
そうやって私は納得しつつ、医者の話を聞いた。大半が難しい言葉を使った、まぁ私の理解外の言語で、何を言っているのかがわからず、聞き流していたが。
医者は診察が終わると私は絶対安静を念に押しまくりながら出ていった。
そしてそれと入れ替わるように、姉様が入ってきた。
姉様は私の寝るベッドの横に椅子を持ってきてそこに座った。
「……」
「?」
「……」
「あの~姉様?」
姉様はそのまま無言で座っている。
私をじっと見つめながら座っていた。
「……」
「え~と……」
はっきり言って気まずい。
姉様がここまで大人しいのは初めてだ。だからこそこんなときどうすればいいのかが全く分からない。
「姉様。どうしたんですか?」
「……」
反応がない。
小刻みに震えるだけで何にも返事を返してくれない。
「……もしかしてスキンシップを我慢してるんですか?」
ブンブンブン!
私の問いに姉様は首をメチャクチャ激しく縦に振って肯定した。
「だけど……そこまでしなくても……」
ブンブンブン!
その問いには激しく横に振って否定した。
もしかしてこの姉様かなり危険な状態なのか。
そんな想像が脳裏に浮かんだ。
今の姉様は恐らくずっと目覚めなかった私を心配しまくっていた。近くにはいたのだろうが接触はなるべく我慢していた。いわば私という存在をあまり接種していなかったともいえる。
これはつまり、欲求が高い人が禁欲状態をしているとも言えるのでは……。
となると本当に危険かもしれない。
そんな姉様がもし本当にそんな状態になっていたなら、私へのスキンシップはいつも以上に激しくなってしまう。そんなの今の怪我だらけの私では耐えられない。
「姉様! 我慢です! しっかり我慢です!」
ブンブンブン!
姉様はわかったという風に首を振る。振りすぎて頭が取れるのでは、というぐらいの勢いだ。
これは相当我慢している。ひとまず今日は返ってもらった方が良い。
「姉様! ひとまず今日は帰って、明日来てください。どうせ同じ屋根の下にいるんですから。ね!」
ブンブンブン!
だがそれには首を横に振りまくり否定した。
そして後ろを向いて、荒い呼吸をしながら何度も深呼吸をしだした。しばらくそうしているとだんだんと小刻みな震えはなくなってきた。
どうやら落ち着いたようである。
「それで姉様、どうしたんですか?」
「すまなかった!」
そう言って姉様は勢いよく頭を下げた。
「私が不甲斐ないばかりに後手に回ってしまって、ウイを危険な目に遭わせてしまった。本当にすまない」
「ちょっと、姉様頭上げてくださいよ。別に私は生きてますし」
それに心のわだかまりも取れ、思う存分刀を振るえたし。
「いや、だが……」
「それに姉様の教えてくれた剣のおかげで生きているんですから。ほらっ、頭上げてくださいよ」
姉様の教えてくれた剣。
姉様があの日見せてくれた剣。
兄様の言葉。
兄様のお面。
それらのおかげで私は生きれたのだ。
だから姉様が頭を下げる必要なんて一切ない。姉様たちは十分以上に私に対して色々してくれた。
姉様は渋々と頭を上げた。
その後姉様は引っ付きまくりたい感情を抑えながら、私が寝ている間――1週間の間に起きた出来事を教えてくれた。
あの襲撃者の男はやはり上姉様の差し金だったらしい。目的は私を直すため。文字が「治す」ではなく「直す」なのは誤字ではない。これで正しい。
上姉様は最近私がつまらないからということで、直す――精神を弄ろうとしたらしかった。
そして私が男を倒してぶっ倒れた頃、上姉様は姉様が裏で色々やって来てもらった騎士団の方々に捕縛されたみたいだ。
本来であれば上姉様の処遇を決めたりするのはお母様なのだが、今回は上姉様が屋敷内での騒動のほかに、外でも色々やってたらしく、それを証拠に捕まえたらしい。
姉様は前々から何とか上姉様を捕まえようとしていたが、なかなか尻尾を出さず、苦労していたのだが、ここ数日はは当主ほぼ確定ということで気が緩んでいたのか、騎士団にいる姉様の親友と言う方が上姉様の痕跡が見つけられたらしかった。そして急いで屋敷にやって来たみたいだ。
そしてそのまま上姉様の身柄を確保、そのまま監獄へと移された。
私はその騎士団の方が発見、応急処置をし、すぐさま医務室に運ばれたのだ。
またお母様が今回の騒動でなるべく急いで帰ってきたのだが、上姉様の捕縛、それにともなって、騒動が終結したなら私は必要ないと言ってすぐに屋敷を発ってしまった。
相変わらずというか、なというか……自分の子供たちがこんなになっているのにそういう選択を取るのは変わらずだ。本当に仕事一筋である。
ただ屋敷を再び発つ際、発ち際に「次の当主はトウコ」と爆弾を残していった。まぁ私としては嬉しいのだが、胡麻擦り共は本当に慌てふためいたらしい。イイざまだ。これで面倒な胡麻擦りはひとまず落ち着くだろう。
にしても、話を聞いて一番驚いたのは姉様が私、というかこの世全てを玩具だと考えている人間だったということだ。
私が知らない上姉様がいるのはわかったが、まさかそんな上姉様だったとは……流石に予想外だ。せいぜい支配欲求とかが強いとかそんな感じだと思ってたとこに全然違う『玩具と思っている』。驚かないわけがなかった。
ただ……私を玩具と思っていたことに対しては特段傷つかなかった。
その思考というのが私にちょっと似ていると感じたからだ。
全てが玩具。玩具の意見、思考なんてどうでも良い。
夢が第一、刀が優先、昂りのほうが大切で周りはどうでも良い。
もしかしたら私は上姉様みたいになっていたかもしれない。
そう思うと不思議と傷ついたりしなかった。
「じゃあ、きょっ、今日はこれぐらいで……明日また来るね」
話し終えた姉様がそう言って立ち上がった。
小刻みな震えが再開していた。そろそろ我慢も限界という感じなのだろう。
「そうですね姉様。また明日」
「うんじゃあね」
そして姉様は部屋から出ていこうとする。
私は動かしにくい腕を持ち上げ、その姉様の手を掴んで引き留めた。
「姉様」
「んぅう、なぁに?」
姉様から変な声が出てきた。全身の震えが激しくなってくる。限界寸前である。これは手短に済ませないといけない。
「最後に一つだけ」
「?」
これだけは言っておかないといけない。
「姉様本当にありがとうございました!」
――そして兄様も本当にありがとうございました!
そう心の中で続けて言った。
姉様は顔が紅くなり、湯気を出しながら部屋から出ていった。
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