第16話

 時計の針の音がチクタクチクタクとこだまする。

 無為に時を過ごす。時間だけが無駄に過ぎていく。

 押し込もうとしてるモノが沸き上がる度、自分に対する悪感情、嫌悪感が増していく。


 6年間、時間の限り夢への歩みとして使ってきた。

 無駄な時間は惜しかった。

 歩んでいくのは楽しかった。

 だが今は違う。何もしない。何もしない。歩みの時間とせずに、ただただ生きている。


 家族の死を悲しめない。

 家族の危機に何も感じない。

 家族の裏切りに恐怖しない。怒らない。

 そんなことはどうでも良いと感じやがって、自分の欲求を優先。一人で楽しんでいる。

 そんな薄情で、自分勝手で、一人よがりで、クソな自分が嫌になる。


 思えば私は何かしてやれていただろうか。何もしてやれていなかったのではないだろうか。いつも教えてもらってばかり。いつも手伝ってもらってばかり。いつも助けてもらってばかり。

 姉様には命を助けてくれた。姉様は剣を教えてくれた。兄様は私のことを手伝ってくれた。上姉様は面倒を見たりしてくれた。

 ならば私は?

 私は何をしてあげれたのか?

 何も。何もしてない。してやれてない。

 つまりはそういう人間なんだ。私は。


 あぁ……本当に嫌になる。もっと早く気が付くべきだった。

 そうすれば兄様に何かできたかもしれない。

 そうすれば今こんな風に思うことはなかったかもしれない。

 もっと早く自覚していれば、変わろうと思えた。夢を捨てなかった。

 だけどもう遅い。もはや手遅れだ。嫌悪するべき自分と夢は紐づけされてる。夢を思う度、味わう度、楽しむ度、私は嫌悪してしまう。


 最悪。

 最低。

 クソ。

 ゴミ。

 屑。

 そんな自己批判の言葉たちが私の中で吐き出てくる。

 そんな心内で、私はずっとベッドに突っ伏していた。


 ベッドの脇に置いてある刀を見る。

 あんなに欲しくて、欲しくて。手に入れてあんなに喜んで。

 そんな夢への象徴的なモノは今ではただの道具だ。身を守るため、それ以外の用途はない。自分の欲求に従って刀を振るう……そんなことはもうない。訪れない。


 そのはずなのにこうして自分の近くに置いているのは本心としては夢を捨てているわけじゃないからだろう。

 ただ私が嫌になった。そこに繋がっているから嫌なだけ。刀そのものはいまだに好きだ。戦いも好きだ。剣戟も好きだ。雨の中、刀を振るう女性……好きだ。

 まだ好きだ。

 だけど嫌な自分と繋がっている。繋がってしまっている。


「ああー! もうクソッたれ……」


 思わずそう叫んでしまった。そう叫んでベッドから起き上がる。


 夢を追うならさっさと割り切れ。

 夢を追わないならさっさと切り捨てろ。


 選択肢は二つ。どれを選ぶべきか……。

 選択し、実行することはできず、今の私は中途半端な状態であった。


「失礼する」


 そこへ突然男の声が響いた。

 ここには私しかいない。私以外誰もいないはずのこの部屋で男の声が響いたのだ。

 私はすぐに周りを見渡す。

 すると扉の前に大柄な男が立っていた。


 知らない男だ。それにどうやって音もなく入ってきたのだ。

 疑問が頭に次々に浮かんでいく。


「少々お待ちいただけるか?」

「え?」

「お嬢の命令は絶対なのでな」


 そう言うと男は扉の方を向いて、そこへ手を当てた。

 男の行動でさらに頭の中の疑問符は増えていく。急に現れた知らない男。不審者だ。どうするべき……まぁ人を呼ぶべきだろう。

 前は男がいるため出られない。私は少し後ずさりしながら、窓へ移動していく。ここは二階ではあるが、飛び降りる分には問題ない。

 男を警戒しながら少しずつ下がっていく。

 少しずつ。

 少しずつ。


 そのとき異変が起きた。

 男の腕に淡白い光――魔力が集まり、次の瞬間には腕から扉、扉から部屋全体と広がっていったのだ。部屋全体が薄く、不気味に光っていく。

 私は何か嫌な予感を感じ、窓の方へ走った。そして窓を開けようとした。だがその前に光は窓まで到達する。


「まじかっ!」


 窓はびくりともしなかった。

 何度も取っ手を持ち、窓を開けようとする。だがほんのわずかも動くことはなく、まるで一枚の壁になっているようであった。


「逃げることはできない。この部屋は隔離した。出入りはできない」

「なら誰か人を……」

「無駄だ。この部屋の中の音は外には届かない。どれだけ大きな音を出そうと無駄だ」


 男がやったのは恐らく魔法……結界系の魔法だろう。

 結界系の魔法は様々な形があったりするが、その中で共通しているのが物理で壊すことは難しいということだ。壊すにはそれを使った者が解除するしかない。

 そのため私は男が解除するまで、自室から出られず、男と強制2人っきりという訳だ。


「何が目的」


 私は男へ一番の疑問をぶつけた。


「目的か……。別に話す必要はないのだが一応言っておこう」


 男は少し考える素振を見せた。


「貴様の精神を少々弄るだけだ」

「は?」

「聞こえなかったのか?

 お嬢の命により貴様の精神を弄らせてもらう。端的に言えば貴様の貴様としての人生を終わらせに来た」


 男はさも当然のことのようにそう言い放った。


 精神を弄る。それはつまり私を私でなくならせるということ……。

 一瞬「あぁ……それはいいな」と思った。

 本当にいいタイミングだ。

 こんな嫌な自分でいるよりは、私を捨てた方が楽かもしれない。

 


「抵抗するなよ。どうせすぐ終わる」


 男はそう言いながら私へ近寄ってくる。

 私は逃げもせず、その場に立っていた。


「何少し痛いがそれだけだ」


 男の手に魔力が集まっていく。そして私へその手を伸ばす。

 あの手が私の頭辺りに触れれば終わりだろう。痛いとは言っていたがどのくらいだろうか。あまり痛くなければいいな。

 そんな風に考えながら私はその場で動かない。


 あぁ本当にタイミングが良い。

 このクソみたいな状況を打開してくれる別解が現れるなんて。

 男を差し向けたのは誰だろうか……多分上姉様だろう。姉様と兄様を排除して、最後に私を排除。これで次期当主は上姉様確定だろう。圧巻のスピード終結だ。

 ただただすごいとしか感想が思い浮かばない。


 そう考えている間も男は近づいてくる。私は伸びてくる手を見て動かない。


 男はグローブをしていた。そのグローブには乾いた血が付いている。グローブで覆われた手に、さらに魔力が覆われていく。



 血を見たらちょっとだけ怖かった。血が怖いわけではない。その不気味な手を見たら何となく思ったのだ。

 私が私でなくなるってどんななのだろう。

 私という意識はどんな風になるのだろう。

 それって死ぬみたいなのかな。



 自分が嫌で、それを捨てれるのにまだ自分のことを考えている。

 他人を思えない。親しい人を思えない。自己中な自分は消えた方が良いに決まってる。

 何が怖いだ。兄様が死んだときはもっと怖かったに決まっている。


 だからこれで良い。これが正解。

 ……。

 ……。


「どういうつもりだ?」

「……」


 男の手が私の頭に触れる寸前、私はそれを避けていた。

 逃げようとする様子がなかった私の急な反応に男は驚きながらそう言っていた。


「姉様がさ……」

「?」

「私が私じゃなくなったら姉様が悲しむんだ」


 正解と思った。今でも思っている。

 だけどそこまで考えたときふと姉様の顔が思い浮かんだ。


 姉様は私が大好きだ。本当に大切に思ってくれている。

 あの日剣を教えるのを渋ったのは私のことを大切に思っていたから、心配していたからだ。

 そんなに思われているのに、そう思われている私が『私』を簡単に捨ててしまっていいのだろうか。そんなことが許されるのだろうか。

 何もしてこなかった私がそんなことを。ある意味で恩知らずなことをまたしても良いのだろうか。


 答えは行動に出ていた。

 許されるわけがない。良いわけがない。


 私は最低だが、これ以上最低を上塗りしたくはない。



 私は刀を拾い、それを抜く。

 刀身が壁の光に照らされ、輝いている。


「なるほど。結局は力ずくか。まぁいい。どうせ結果に変わりはない」


 男はそう言うと全身を魔力で覆い、拳を構えた。

 私はそれを見て一瞬震えた。

 恐らく、というより確実にこの男は私よりもはるかに格上。私の全部を出し切っても勝てないかもしれない。だが、ここだけは勝たせてもらう。姉様が大好きな『私』を守るためにここだけは必ず勝つ。

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