第13話

 あの後私は駆け付けた姉様に医務室に連れてかれた。

 私としては特に怪我などはしていなかったが、それでも念のためということだ。


 着物は血に濡れたせいで、無残なことになってしまっていたので、着替えた。一人で着たり、脱いだりできるタイプの着物ではなかったので、姉様に手伝ってもらいながら、脱いだ。

 この時ばかりは姉様は興奮したりなどはしていなかった。

 ずっと静かであった。


 それが、まだ昂りのせいで夢見心地であった私を現実に引き戻した。


「姉様……あれは……」

「分からない……。ウイがいたところだけじゃなくて、他の所でも殺された見張りたちが見つかって……分かっているだけでも、12人はやられているみたい。来てた人は半ばパニック状態なのよ」


 あのヒョロヒョロの男が1人で?

 とてもそうは思えなかった。

 確かに男は傷を負っており、私のほかにも交戦をしていた。だがそれでもあの男の実力でそこまでのことができるのか?


 私が疑問に思っていると突然視界が真っ暗になった。


「だけどウイが無事で本当に良かった」


 姉様が私に抱き着いてきていた。

 胸の感触が顔に押し付けられる。密着していることで、姉様の鼓動がしっかりと聞こえた。それはドクドクと激しい鼓動であった。

 ちょっとうれしかった。

 だがそろそろ放してほしい。

 息が……息が……。


「あ、姉様……くる、しい……ちょっ、息が……」

「あっ、ごめんねウイ!」


 姉様は慌てた様子で私を開放する。

 私は足りなかった分の酸素を吸っていく。酸素が全身に行きわたっていく。


「はぁはぁ、はぁ、はぁ……」


 姉様は私から離れ自分の頭を叩いたりして自戒している。

 私は呼吸を整えてから口を開いて言った。


「そういえば姉様」

「どうかした?」

「あの男なんですけど……」

「あぁ、ウイが倒した男ね。

 すごいじゃない。初めての実戦で怪我なしなんて」

「うん。まぁ……。

 それであの男なんだけど……」

「あの男が?」

「あの男が姉様の名前を言っていたんです」

「私の名前を?」

「はい」


 私はそこから男と出会った経緯から戦いのこと、男が喋っていたことを伝え始めた。

 それを聞き終えた姉様は神妙な顔立ちになっていた。


「『とうこさまのために』、それにウイを排除ねぇ……」

「まさかとは思いますけど……姉様が」

「そんなことあるわけないでしょ! 今まで隠していたけど私、実はシスコンなのよ。重度のシスコン! 自分で言うのもなんだけど、それは結構末期レベルのシスコンなの! もしウイがいなくなったりしたら、そのまま衰弱して死ぬぐらいにはね!」


 姉様、姉様。それは知っています。てか、恐らくこの屋敷にいる人はみんな知っていると思います。

 私はそんなツッコミを思ったが、口には出さず、心の中に止めておいた。

 もし言えば、姉様は赤面して、話もできない状態になるであろうことは目に見えていたからだ。


「じゃあ、いったい何だったんですかね」

「ん~、分からないわ。それに第一、私はあんな男見た記憶が全然ないのよ」

「そうなんですか?」

「えぇ。私の頭の記憶領域の大半はウイのことしか記憶させてないけど、それ以外の記憶領域はしっかりと覚えているもの。それに私、人の顔を忘れたりはしないし……」


 記憶の大半が私とか、おかしなことを言っているが、それは無視しよう。

 確かに姉様の記憶力は良い方である。その姉様が見た記憶がないというなら、多分そうなんだろう。……変なことはいっていたが、そうなんだろう。

 では誰なのか。

 あの男は一体誰なのか。

 私自身もあの男は一度も見た記憶はない。


「「う~ん」」


 私と姉様は2人して頭を抱えた。



 抱えていると複数の足音が近づいてきた。そしてノックがされた。

 あんなことがあった後だ。姉様は警戒しつつ、扉の外へ声をかけた。


「なんですか?」

「はっ! 見張りのハンドルと言います!」

「何の用?」

「はい! トウコ様とウイ様に急ぎのご報告があり参りました!」

「どうぞ」

「失礼します」


 扉が開くと見張りの男が入ってきた。私も屋敷で見たことがある男だった。

 しかし、なぜか部屋の外には多数の見張りが待機させられていた。


「それで報告とは?」

「はい!

 屋敷内を見回ったところ追加で14人の遺体が発見。内世話係3、見張り10です!」

「? 13人じゃない。あと1人は?」

「……それが……」


 男は急に言いにくそうになった。

 そしてその顔には少し怒りのようなものがあった。


「その……――――が……」

「――がどうしたの!」


 私は思わずそう叫んでいた。

 見張りは驚いたような反応をし、そのまま意を決したように口を開いた。


「―――――・―――様が、南館一階の廊下で死んでいるのが発見されました」

「ウイ!」


 部屋を飛び出し、駆けていく。

 南館一階まで駆けていく。

 悲しみはなかった。

 驚きもなかった。

 ただ漠然とした感情があった。

 それを否定したかった。


 追いかけてくる姉様や見張りの制止を無視して駆けていく。

 駆けて、駆けて、駆けていく。


 そうしてようやくたどり着いた。

 南館一階へ。

 そこには何人もの見張りがいた。彼はナニカを囲むようにして立っている。


 だが私は彼らのことは目に入らず、ナニカを注視している。


 トボトボと歩いて近寄っていく。

 見張りが私に気づいた。

 私が近寄るのを止めようと走ってくる。

 私はそれを避ける。転ばす。投げる。

 技は自然と出せた。恐ろしいほど自然に出すことができた。


 ナニカの前にたどり着いた。

 見張りたちはもう止めようとはしなかった。もう止めたところで遅いからだ。


 髪はいつもみたいにボサボサだ。

 顔色はいつもみたいに悪い。

 正装はいつも通りの雰囲気の服に変貌している。


「あ、あにさま?」


 言葉が零れる。

 だが思考はいつも通り。

 感情は否定できず、変わらないまま。


「あにさま……」


 言葉を零す。

 思考はいつも通り。

 感情は変わらない。


「兄様」


 何度も零す。

 しかし思考は平常運転。

 感情は否定できなかった。



 目の前に兄様が死んでいる。無残な姿で死んでいる。手足はあらぬ方向に折れて死んでいる。骨がむき出しになって死んでいる。血が口から垂れて死んでいる。表情はなぜか穏やかなまま死んでいる。

 死んでいる。

 死んでいる。死んでいる。

 死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。死んでいる。


 兄様が死んでいる。


 なのに私は……私は……。



 それを私は受け入れられずそこに立ち尽くした。



 *  *  *



「ウイ」

「姉様……」


 いつの間にか姉様たちが追い付いていた。

 だがそれ以上に言葉は続かない。姉様は姉様で兄様が死んだことに驚愕していた。


「可哀そうなオカタ」


 そこへいつものカタンっ、カタンっと高下駄の音を鳴らしながら上姉様が現れた。

 口元には愛用の扇子が添えられ、シクシクとしている。


「姉上……まさかあなたが」

「ん? 違うわよ。人聞きが悪いわね」

「白々しい! 姉上のほかに誰がいるの!」

「いるわよ」


 上姉様は扇子をパチンッと閉じた。

 口は一本線となって閉じられている。その表情は冷酷そのものだ。


「誰が!」

「貴方よ」


 上姉様はそう言って扇子で姉様を指した。


「は?」

「ウイが倒した男が証言したのよ。何を目的にこんなことをしたんだって、て尋ねたら。『トウコさまのために。とうこさまのために』てね」

「!」

「本当に恐ろしい妹ね。ウイを好き好きしてたのに、ウイが当主候補になったとたんこれ。しかもついでに自分の兄であるオカタまで始末させるとは……」


 姉様の顔は驚きの表情に包まれ、すぐに怒りへと変わる。


「なにを……」


 そして上姉様へ飛びかかろうとした。

 だがそれは寸前で止められた。周りにいた多くの見張りたちが一斉に姉様へ飛びかかったのだ。

 いくら姉様の戦闘能力が高くても、所詮は個人に過ぎない。その力には限度がある。

 数の暴力で押さえられれば何もすることは出来ない。


「なっ、何をするの!」

「ふふふ。トウコ、貴方をアマツカエ・オカタ殺害及びアマツカエ・ウイの殺害の指示で拘束させてもらうわ」

「姉上!」

「本当に恐ろしい恐ろしい。話は別室で聞くわ。

 じゃあ、連れていって」

「「「はっ!」」」


 上姉様の指示で姉様は何人にも押さえつけられながら運ばれていく。

 私はその光景を見ていることしかできなかった。


 あぁ……今も同じだ。

 今も私の思考はいつも通り。

 今も私の感情は変わってない。


 私は動けないでいた。


「可哀そうなウイ」


 上姉様が私に語りかけてきた。その表情はいつもと変わらず優しそうであった。


「兄は失い。姉に兄を殺されるだけじゃなくて、自分も殺されそうになるなんて」

「……」

「本当に可哀そう。私が慰めようかしら?」

「……」


 私は無言のまま何も答えない。

 言葉が何も入ってこない。


「疲れてしまったのね。こんなことがあったのだもの。

 ねぇ貴方。ウイを部屋に連れていってあげて」


 そう言って上姉様は、近くにいた見張りの一人に声をかけた。見張りはすぐに私へ駆け寄ってきた。


「了解しました。行きましょうウイ様」

「……」


 私は頷いてそのまま部屋へ帰っていった。

 夢のことは考えられなかった。

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