第12話
「やっほー! いぇーい、イェイ!」
廊下を駆けていく。
人の目がないことをいいことに私は廊下を叫びながら駆けていく。
叫び声がこだまする。
もしかしたら遠くまで聞こえているかもしれない。だがそんなことは気にしていない。いや、そもそも頭から抜けていた。
「刀っ! 刀っ! 刀っだよ~!」
思い思いに叫び、駆けてく。
「名前は篠突。な~んか良い感じの名前~」
おもちゃを買ってもらったばかりの子供のようにはしゃいでいた。
「重いな~。ひんやりだ~。きれいだな~」
クルクルと回りながら刀を抜く。鞘から現れたのは白銀色の刃だ。それは光を反射させて、美しく輝いている。
刀身を少し触ってみると、鉄特有のひんやりとした冷たさがある。
私は刀に夢中であった。
軽く振ってみると意外にも簡単に振れた。
毎日剣を振っていたおかげだろう。こうやって、やっていることの成果が実感できるときというのはやっぱり気持ちよかった。何より刀を持っている。それだけでも気持ちが良い。
「ふっふ、ふ~ん。ふっふ、ふ~ん」
刀を鞘に戻し、鼻歌交じりでスキップしていく。
上機嫌であった。
普段は見せない姿を思う存分さらしていた。
何せ周りに人がいないんだから!
周りには人はいない。
私の声以外は、風の音とかぐらいしか聞こえない。
周りには人はいない。
音はほとんどない。
不自然なほどに人がいない。
不自然なほどに音がしなかった。
私はここでようやく異変に気付いた。何が何でも人がいなさすぎた。
まだ儀式が終わったばかりで、屋敷内の人たちが大広間の方に集まっては……いる。だがそれでも集まっているのは全員ではない。
見張りの人間は必ずいる。
むしろこういう時こそ見張りの人間はいつも以上にいたりするはずだ。にもかかわらずいない。人が一人もいない。人の気配が全くしない。
私の足が止まった。
私の鼻が異臭を感じ取ったのだ。
それはナニカ、嫌な臭い。鉄のような……。腐ったような……。
そんな嫌な臭い。
そのとき微かに音が聞こえた。
私はナニカ嫌な予感を感じながらも音が聞こえた方へ走っていく。
そこには赤があった。
バラバラがあった。
異臭があった。
異常があった。
「えっ……」
そこには死があった。
死体があった。一つではない。一人、二人、三人、四人。
計四人の死体があった。
なぜ死体だと言えるのか……。それは彼らの体が首から両断されたり、胴が分かれていたり、内臓が引きずり出されたり等されていたからだ。
「ウグッ……オエェー……」
あまりの光景に胃の中のものが逆流してきた。
人の死は生前に見たことがあった。
『俺』は一度死んだ。
今世でも死んだ光景を見たことはあった。
だがこれは。この光景は……
「ひどい」
あまりにもひどすぎた。
脳がその光景を否定しようとする。
それが嘘だとする。それが幻だとする。それが夢だとする。
何が何でもその光景を否定する。否定しようとした。
だがそれは現実であった。
壁にベッタリと張り付く血。
床に散乱する臓器。
手を伸ばしたまま息絶えた者。
驚愕の表情を浮かべたまま転がる頭。
視覚からの情報。
嗅覚からの情報。
何より、その空間の異様な雰囲気がそれを現実だと突き付けていた。
そして私は気づかなかったが、そこに転がっていたのは、私が就任の儀の始まりの直前まで一緒にいたお世話係であった。
「知らせないと……」
口からそう零れた。
私は少しの間固まってしまっていたが、すぐに人を呼びに行くことにした。
トン。
そうしようとした。
そうしようと理由を付けてここから離れようとしたとき、
トン。
背後で音がした。
寒気はしなかった。体が熱くなるのを感じた。なぜか高揚していた。
トン。トン。トン。
背後の音は近づいてくる。
私の鼓動が激しくなる。
トントントントン。
段々と音は加速しながら近づいてくる。
私は後ろを振り返った。
トントントントントントントントントン!
そこには血まみれのヒョロヒョロとした感じの男が走ってきてた。その目は血走っていた。
男は剣を床に引きずらせながら走ってくる。そのヒョロヒョロな体躯からは想像もできないような脚力で走ってくる。
トントントントントントントントントン!
ギィー!
足音と剣が床を引きずる音が聞こえる。
「ギャァァァ!」
奇声を上げながら近づいてきた。
私は男と衝突する寸前に躱した。
男とすれ違う。
男からは濃い血の匂いがした。私はその匂いに思わず顔をしかめる。
男は加速を制御しきれず、少し離れた場所で転んだ。男の体に付いた血が床に一本線を引いた。
むくりと男はすぐに立ち上がった。
「貴方がやったの?」
一応私はそう尋ねた。
もしかしたら錯乱しているだけかもしれない。
襲撃者はほかにおり、彼はその襲撃者から命からがら逃げ、その結果錯乱してしまったのかもしれないと。
「?」
男は質問が聞こえなかったという感じに顔を傾けた。私はもう一度、今度は聞こえるように大きな声で尋ねた。
「これは貴方がやったのかって聞いてるの!」
「……」
返答はなかった。
やっぱり男がやったのか……。
私は刀の柄に手を伸ばしていく。
「……ぁ」
「何? 聞こえない」
「アマぁつかゑうぉイ、かぁ?」
その言葉は聞き取りづらかったが、恐らく私の名前――アマツカエ・ウイと言っていた。
「そうだけど。何?」
「あぁ……見つけた……」
「見つけた?」
「見つけた。見つけた見つけたみつけたみつけタみつケタミつケタミツケタミツケタみつケたミつけタ見ツけたみツケタミツケタ」
男は突然狂ったようにそう発しだした。
私はその光景に少しだけ後ずさりをしていた。
「やぁッどダヤッと。……あァ……クぉれでナっト、ナぜる。たとェる。オれもタテルンだ」
その言葉は聞き取りずらかった。発音はメチャクチャ。意味を理解することが難しい言葉だった。
だがそれでも理由は分からないが、男が喜んでいるということだけはわかった。
男はにやけ。笑い。破顔し。ガクガクと顔は揺れるている。
私は少しずつ。男に気づかれないように下がっていく。
確実に逃げれる距離までゆっくり下がっていく。
「うぁノウぉがたのゆァくに……」
「とうこさまのやくに」
「えっ……今なんて?」
その言葉だけは嫌なほどはっきり聞こえた。
「とうこさま……。とうこさま……。あぁ……いまあなたのじゃまをはいじょいたします」
男は光悦した表情で剣を高く持ち上げ、また突進してきた。
その速さはさっき以上であった。
さっきのようには避けることは出来ない。
男は剣を振り下ろす。
突進の加速が振り下ろしの加速に加わる。
まともに受ければ頭から一刀両断。
避けようにも、もう間に合わない。
「はぁっ!」
私は意を決して刀を抜刀。身体強化で加速した刀を剣の横に撃ちつけて軌道を右に逸らす。それと同時に体を左側に移動させ、少し距離を取る。
「あぁ?」
私を両断することができなかった男は不思議そうな顔をしながら、自分の剣と右太ももを見る。
男の右太ももには大きくはないが、戦いにおいては決して無視することは出来ない程度の傷ができていた。
私が距離を取る際に付けた傷だ。
上手くできたこと事実に私は少し口角を上げた。
「おとなしくしねよ!」
横フルスイングするように剣が振られる。
先ほどとは違い、身体強化がかかっている攻撃であった。
当たれば間違いなく両断だ。確実に床に散らばっていた死体のように胴で両断されてしまうだろう。
「!」
「よし」
だがそれは当たればの話だ。
剣は何も両断することなく、虚空を裂く。
私に剣先が届く、あと10センチというところであった。
「間合いの外だよ」
剣の長さはまじまじと見せられていたためわかっている。
まだ剣での攻撃は一回だけだが、突進も加えれば二回。それら全て安直な攻撃であり、技の欠片もない攻撃であった。そしてそれらからの男の身体能力及び身体強化した場合の能力の推察は容易であった。
それらを踏まえて私は男の間合いを予想、確実に攻撃を避けられる距離に立っていた。
これは姉様の教えだ。
そして先ほどの剣を逸らしたのも、太ももを斬ったのも姉様の教えである。
「始めての実戦がこれか……。相手はスゲー怖いけど頑張りますか!」
「……ぁ、あぁ、ああ!」
私は凄く昂っていた。
周りは死体。血だらけ。相手はそれをしたであろう不気味な男。こんな状況ではある。かなり不謹慎かもしれないが、それでも確かに昂っていた。
実戦。
実戦である。
姉様に教わり、そして共に鍛錬して6年。その成果が今発揮できるとなっているのだ。
これを昂らずにいれようか?
「いや! できないね!」
今日は刀を手にしただけでなく、実戦もできる。
あぁ……今日はなんて日なのだろう!!
「あぁ、ああ、あぁぁ!」
男はでたらめに剣を振り回す。
右左上下。そんな規則性はなく、無秩序に、ブンブンと振り回す。だがそれをなすパワーは強力だ。当たればひとたまりもない。
「まぁ、当たればだけどね」
私はそれを最小限の動きで避けていく。しっかりと間合いは保つ。
男の剣は虚空と壁、床だけを削っていく。
だがそれはいつまでも続かない。
人間である以上どんなものにも限界はある。体力も魔量も。
だんだんと剣のスピードは落ちていき、威力も落ちていった。
さすがにあの攻撃をまともに受けたり、捌き続けるのは大変である。
これが普通の技などであったり、相手が正気であったりすればカウンター仕掛けるのも良かったが、今の場合だと違う。
男の剣には技も正気もない。ただただ力の限り振り回すだけだ。そういう者こそ技の餌食になる。
だが私の技術はまだ未熟。その上実戦もこれが初。そんな状態でこの不確定要素のある攻撃にカウンターを仕掛けるのは危険である。
ここは勢いが落ちたところで反撃する。
そうやって私は剣の勢いが落ちるのを避けながら待った。
そしてそのときは来たのだ。
男の剣が僅かに鈍る。
力が抜けたように落ちる。
私は反撃に移った。
「はぁ!」
男の手首を刃で裂く。
手首を落とすほど深く斬る必要はない。必要なのは筋を斬り、武器を持てなくすること。
「がぁあ!」
剣は落ちず持ったまま。
「失敗かぁ! じゃこれは!」
男の反撃が来るよりも早く刀を走らせる。
目標は男の右腕の肘の付け根。そこへ突き刺す。
ザクリと刺さった感覚が手元に伝わる。そのまま走り抜けた。
刃が上腕と前腕の間を抜ける。
背後からはカランっと剣の落ちる音がした。
私は剣を真横に振りながら、後ろを振り返った。
映るのは予想通りの光景。
「あああぁ!」
剣を落とした男はその図体を私にぶつけようとしにきていた。
今度は左の肘の付け根に狙いを付けて、走り抜けた。ただし今度は男の背後ですぐに停止。振り向きながら男の背中を切り裂いた。
「ぎゃあぁー!」
悲鳴が上がった。
私は間髪入れず、男を思いっきり蹴り飛ばす。
男は勢いよく壁に叩きつけられた。小さなうめき声が衝撃音にかき消された。
男は地面に落ちると首を落とし、気を失った。
「ふぅ~。結構やれるなぁ、私」
初めての実戦で怪我一つなし。
最初から最後まで自分の想像通りに刀を振るえた。
私は予想以上に戦えた自分に感心しつつ、男を見た。
男は血に染まりまくっている。よく見てみると男の体には、私が付けた傷とは違う傷がいくつか付いていた。
恐らく私に襲い掛かる前に襲った相手に反撃を食らっていたのだろう。
「にしても何だったんだこいつ。
なんか姉様の名前言ってたよな……」
姉様が自分にこいつを刺し向けた。
まさか。ナイナイ。
あの重度のシスコンである姉様だぞ。私ラブな姉様が私を殺させようとする必要はない。
なら誰か?
この男の暴走?
それとも誰か別に黒幕とかが?
私はそう考えつつ、男の拘束をした。縄はないので、大変申し訳ないが死んでしまった人の着ていた服を破いて縄代わりにした。
そうしていると人の走る音が聞こえてきた。
「ウイっ!」
道の奥から姉様が血相を変えた様子で走ってきてた。その後ろには見張りたちも引き連れている。
私はひとまず事情を説明しなきゃと立ち上がった。
昂りはまだ収まっていない。
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