第11話

 私の目の前には大きく立派な扉――大広間の入り口の扉があった。

 内側からは少し話し声や物音が聞こえてくる。


 ここはほかの大広間への入り口とは違い、華やかな飾りや装飾の類は一切なく、ただただ地味な所であった。その地味な感じはここへ来る途中の道もそうである。他の入り口は派手過ぎではないが、ささやかな飾りや装飾がある。

 ここにない理由としては、そもそもここで行われるのは儀式だ。何かパーティーなどを開いたりする場ではない。そのため始めはほかの入り口の方も、そういったモノはつけられたりしていなかった。

 だがある時、貴族の一人が言った。「アマツカエ家は何もしてない穀潰しだ」と。当然アマツカエ家の人間たちは激怒した。そのときは仲の悪い分家の人間たちも一緒になっていた。

 汚名を雪ぐため、今までは見せていなかった、自分たちの行っている儀式の様子を見せることにしたのだ。その甲斐あり、文句を言った貴族を黙らせることは出来た。だがその貴族が帰り際に言った一言が問題であった。


「地味だなぁ……」


 またしてもアマツカエ家の人間たちは憤慨した。

 地味とはなんだ。自分たちのやっていることは儀式だ。厳格なものである。華やかさなど必要ない。

 そう文句を言いあった。

 そこへ一言入った。


「でも確かに地味だよな」


 その言葉を放った者は周りから責められた。

 だが外の者より中の者が言うとなぜか納得しやすいように、だんだんと周りの者たちも確かに地味だと考えるようになっていった。

 その結果、儀式を華やかにする派と今のまま厳格に行っていく派と別れた。別れてしまったのだ。

 その分断は儀式を行う際にも問題が起きるものであった。そしてこのままでは不味いとなり、当時の当主であった者が何とか仲裁し、両方の意見を取り入れ、混ぜ、折衷案として今の状態になった。

 そのせいで儀式の準備は大忙しになったらしい。


 ちなみに、その結果は今の私の着ている服にも影響している。

 昔はただの巫女服であったらしいが、今はきれいな着物となっている。


 私としてはきれいな着物も良いが、やはり巫女服の方が良かった。

 私の趣味だけではない。なにせこの着物、意外と重いのだ。それに少し固い感じで動きにくい。なんか動きにくい物は、なんか兎に角苦手なのだ。……こう、なんか締め付けられている……ような感覚。それがなんか不快なのである。



 着物への不満を考えていると扉から音が聞こえなくなり、静かになった。

 始まりの時間である。


「ではウイ様。行ってらっしゃいませ」


 お世話係はそう言うと扉を開いた。

 ギギギ……と重い音がする。中からは光が漏れてきた。

 そこへ私は足を踏み入れた。


 大広間は派手ではなく、騒がしすぎない程度の装飾がされている。部屋の奥には大きな祭壇が設置されている。祭壇にはロウソクや鏡、刀などが供えられている。その前には国王とお母様の代理の人が正装に身を包んで立っている。

 祭壇と入り口は直線状の道で、その少し離れた位置に席が設けられている。席は全部埋まっており、その中には姉様や上姉様の姿もある。だが兄様の姿は見当たらなかった。

 私はほんの僅かだけガッカリしつつ、道を歩んでいく。

 

 走らず、焦らず、ゆったりと歩いていく。

 時間をかけて歩いていき、二人の前に到着した。


「ではこれより就任の儀を取り行う」


 静まり返る大広間に代理の人の重い声が響き渡る。


「まずは汝、儀式を行う者。其方の名を告げよ」

「我はアマツカエ・ウイなり」

「アマツカエ・ウイ。汝は天神様に仕えるか、否か」

「仕えます」


 ここでいう言葉は定型のため、何を問われ、何と答えるかは全部決まっている。全部問いに対して肯定の意を示せばいいため、結構楽ちんである。


「汝は善を為すか、否か」

「為します」

「汝は悪を否定するか、否か」

「します」

「汝、天神様の盾となるか」

「なります」

「汝、天神様の刃となるか」

「なります」


 そうやっていき、いくつもの問答が行われていく。

 答えが決まっており、楽ではあるが、こうも多いと面倒になってくる。


 そしてようやく最後の問いが終わった。


「ならば汝に天神様の御言葉を授ける」


 そう言うと私の下にある陣が淡く光り始める。部屋は閉じられているにもかかわらず、静かに風が起きる。

 淡い光はだんだんと私を包み込んでいく。


「汝我の手となり足となり、この世に繁栄をもたらせ」


 代理人の声が響く。

 淡い光が消えていった。


 この光は天神様の肉声を聞かせる魔法というわけではない。天神様の御言葉も定型である。

 ならこの光はなんだと言うと、なんだという感じだ。


 なんでも天神様のご加護とかなんかを授けるらしいが良くわからない。聞いたときは少しワクワクしたが、実際に終わると特に何も変化はない。何か授かったという感じもなし。少々残念である。


 まぁ、だが……。その残念も吹っ飛ぶことがこれからある。

 私にとってのメインイベントだ。


「続いて神刀を授ける」


 来たー!!!


 思わず喜び舞い上がりそうになるのを我慢する。だが心の中は大喜び、狂喜乱舞である。


 この就任の儀では最後に、刀を授けられるのだ。その意味としては天神様の盾とか刃とかなんとかだが……そんなことはどうでも良い。

 ついに刀を手にできるのだ。


 鍛錬のときに使うのは剣ばかり。刀はない。

 私アマツカエ・ウイ15歳は、『雨の中でカッコよく刀を振るう』という夢を抱いてからずっと、剣を振ったことはあっても、刀を振ったことはなかったのだ。


 何度夢見たことだろう。

 何度妄想したことだろ。

 どれほど待ちわびただろう。


 ついに。ついに、ついに、ついに。

 ついに……私は本物の刀を振るうことができる。


「名を『篠突(しのとつ)』」


 名前も良い感じ。良い感じ。

 さぁ!

 早く!

 ギブミー! 刀!


「これが汝の道を切り開くことを願う」


 『篠突』は私――ではなく隣の国王に渡された。あっ、そういえばいたな。さっきから何も話してなかったから忘れてた。


 国王はなんかベラベラと喋り出した。完全に長い話だ。しかも興味ない話だ。国王に対して失礼かもしれないが一切入ってこない。



 早く~。

 早く~。

 私としては焦らされすぎておかしな感じになり始めてる。いや、ホントに早くください。悪いけど、おっさんの話なんてどうでも良いから早くください。早く寄こせ。早よくれよ。

 私の機能のすべては視力に集中し、目は刀に釘付けである。


「ではよろしく頼むぞ」


 そう言うと、国王はようやく話し終わり、刀――『篠突』を私へ差し出した。


「はい。了解しました」


 私は何とか表情を取り繕う。思わず破顔しそうであるが耐える。耐える。何とか耐える。

 すぐさま抜いてみたい。

 振ってみたい。

 ポージングしてみたい。

 そんな思いを何とか胸に押し込める。

 今はまだ駄目だ。ここでそんなことをしてはアウトだ。


 我慢だ。我慢。我慢するのだ。アマツカエ・ウイ。

 自分はできる子。耐える子。我慢できる子。

 思いを押し込めながら刀を受け取る。

 ずっしりとした重さを感じる。刀には無駄な装飾は一切なく、理想的であった。


 私は受け取った態勢のまま後ろへ少し下がり、二人へ礼をする。そして後ろを振り返る。

 私の入ってきた入り口ではない方の入り口のところに兄様が立っていた。人が多いのは苦手で来ないのかと思っていたが、来てくれていた兄様を見て、少し私の正気が戻る。


 兄様はいつもとは違い、ちゃんときれいな服に身を包み、身だしなみを整えていた。そして表情に暗さもなく、明るさがあった。兄様は私が気付いたのに気が付くと、少し微笑んだかと思うと近くの扉から出ていってしまった。

 私は不思議に思いつつも、すでに意識は刀の方に戻っていた。

 早く部屋に戻って思う存分しよう。

 それまでの辛抱。辛抱だ。


 私は走りたい、走って早く部屋に戻りたいという気持ちを抑えながら歩いていく。

 走らず。

 焦らず。

 ゆったりと。

 行きができたのだ。帰りもできる。


 そして扉を越え、重苦しい音と共に扉が閉まっていく。

 完全に扉が閉まる。

 まわりに人の目がないことを確認すると、私は一目散に走り出していった。








 お世話係はいなかった。

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