第10話

「ちょっ、邪魔!」

「ねぇ! これどこだっけ!」

「それはあっちだ!」


 世話係たちはいつにも増して人数が多い。彼らは行ったり来たり。皆休む暇なく走り回っている。

 屋敷のいたるところで声が響いている。指示、罵声、困惑。様々な声だ。


「急いで運んで!」「わかってるわよ!」「ちょっと、何してんのよ!」「落とすなよ!」「王様、到着遅れるって!」「危ない!」「キャー!」「わかった。了解!」「あれはどこある?」「おいっ、あと何個いるんだ!」「ちょっと退いて!」「通ります」「ロウソクが足りない!」「見回り終わった? じゃあこれ運んで!」「不足物教えて!」「何してんの! 早くいくわよ!」「何っ? 聞こえない!」「急に止まんな!」


 いくつも重なった食器を運ぶ人たち。

 何やら大きい道具を運ぶ人たち。

 美しく生けられた花を運ぶ人たち。

 連絡を伝えて回る人。

 人。人。人。


 狭い道は渋滞が発生し、進行不能となっているところもある。

 ある古株と若い世話係の二人は窓から外に移動していた。


「上から行くわよ」

「えっ、本気ですか?」

「進めないんだからしょうがないでしょ! それにいつものことよ。さっ、行くわよ!」


 あまりにも進めないので、屋根に上がって、そこを通っていく人たちもいる。

 屋敷での大きな行事や儀式を経験したことがある者たちは、初めての者を引っ張りながら屋根の上を走っていく。

 そのせいで屋敷中の窓は開きっぱなしになっているところばかりだ。


 立ち止まっている者など見当たらない。誰もかれもが自分の仕事に追われ、歩き回る。走り回る。駆けまわる。

 道の角でぶつかりそうになる人たちや、実際にぶつかってしまっている人たちもいる。

 持っているものが散らばる。割れる、砕ける、バラバラになる。

 すぐに魔法で修理、回収して運んでいく。


 運ばれているものの大半は一つの広い空間に集められていた。

 そこは屋敷の簡易儀式場。別名――大広間。

 集められたものは大広間のあちこちへセッティングされていく。


「陣を描くからここから先には入んないで!」


 大広間に入った、正面奥の方では白装束に身を包んだ者たちがブツブツと何かを唱えながら、陣を描いていく。円や四角、三角の図形。それらをいくつも組み合わせていく。白、黒、赤……多種多様な色で描かれている。

 陣の上には大小様々の文字――祀り言葉や呪文も書かれていった。


「祭壇の準備急げっ!」


 陣を描く周りでは、神具が置かれていく。

 全体を見ている男は、片手に紙を持ちながら身振り、手振り、大声で指揮していく。

 正しき位置に正しい神具を置いていく。誤った神具が置かれるたびに大声で罵声が飛ぶ。わずかなずれも許さず、完璧に配置させていく。


 叫び声と足音が響き、轟く。


 本日は就任の儀。

 屋敷中でその準備のために動き回っていた。



 *  *  *



「ウイ様。まだ動かないでくださいね」

「は、はい……」


 大きな鏡の前に座って私はそう答えた。

 いつもであれば道着を着て、鍛錬上で剣を振っている時間であるが、今日は違った。

 今日は私の就任の儀ということで朝早くから忙しく、予定だらけだった。


 まだ陽も昇らぬうちから起床し、体を水で清めた。

 もう冬になるということもあり、水は冷たく体が震えまくった。

 冷たいなら魔法で体温調整すれば良いという話なのだが、清め中は魔法を使ってはいけないという謎のルールがあり、魔法を使えなかった。

 隠れて使おうかなとやる前は思ったが、付添人のおばちゃんの「魔法を使えば何度でもやり直させます」という言葉で止めた。……あのおばちゃん、本気で何度もやらせるって目をしていたのだ。もう冬だぞ。そんな季節に何度も冷水の中に入る……死ぬわ。


 清めた後は敷地内にいくつかある、小さな社を巡り、それぞれの場所で「天神様に仕える」という報告をする――報告巡りというのをしていった。

 この社は天神様に仕える生き物を祀ったものある。カエルにカタツムリ、ヒバリにスズメ。それにキツネにネコ等。人選ならぬ動選がどうなっているのか。どういう動選でこの動物になったのか、割と本気で疑問である。姉様も上姉様も、兄様にも聞いたが、特に理由とかは知らず、返ってきたのは「さぁ」という言葉だった。


 報告巡りを終えると、自室へと戻った。

 だがそこで一息を付く暇もなく、すぐに次の作業に移った。御粧しである。


 就任の儀はきちんとした儀式だ。それに加え今回のメインは私である。その私が相応しくない格好をするのは許されない。

 しっかりと儀式に相応しい格好をさせれることとなり、現在御粧しさせられているのだ。


 鏡には美しく着飾られた私が映っていた。

 白を基調とした着物。着物には金の糸が少々編み込まれており、煩くない程度の輝きを醸し出してる。神は一本に纏められ――しかしいつも私がしているような雑なまとめ方ではなく、一本一本丁寧にやったかのようなまとめ方だ。顔には薄く化粧もされている。塗られた口紅がなんとも言えないエロさを感じさせる。

 自分で言うのもなんだが、鏡には美女が映っていた。


「よしこれで完成です」


 最後に髪飾りを着け、世話係の一人は終わりを告げた。


 鏡に映る美女。

 その姿を見て思わず私の表情は崩れていく。


「本当に奇麗ですね」

「ミナ様やトウコ様の妹ですもの。お二人に似てお美しい」


 周りで世話係の人たちが何か言っているが、私の耳には入らない。

 私は鏡に見惚れ、目を奪われている。


 こんな姿。

 こんな姿で。

 こんな姿で……。

 こんな姿でぇ……。


 こんな姿で刀を振るうのもアリだなぁ。

 こんな姿の自分が刀を振るう様。はっきり言って興奮する。最高とも言える。


 私は思わず口から変な声が出ないようにしっかりと噛みしめて、我が姿に見惚れる。

 もし周りに世話係たちがいなければ飛んだり跳ねたり。剣を振り回したり、剣を持って鏡の前でポーズを取ってみたり。思い思いに自分の欲望を満たそうとしたかもしれない。いや、多分していた。……多分というより確実にしていた。


 あっ……ちょっと口の中、噛んだかもしれない。



「あぁ~やっぱりウイはかわいいわね~」


 見惚れている私の後ろから聞きなれた声がした。


「姉様、お帰りなさい」

「ただいま~」


 私の真後ろに立つ、ふにゃふにゃ~とした感じに緩んでいる姉様が鏡に映っていた。


「あぁ、もうかわいい。かわいい」


 姉様はそう言いながら手に持つ写真で私を撮っていく。下から、上から、斜め下、横、正面。あらゆる角度から写真を撮っていく。

 その後ろでは姉様が変なことをしないか、過剰過激スキンシップで着せた着物を崩してしまわないかと、ハラハラした様子で見ていた。


「姉様。今日はほどほどにしてくださいね」

「もちろんわかってるわよ。何せ今日はウイの晴れ舞台なんだから。それを壊すようなことは絶対にしないわよ!」

「姉様……」

「?」

「口元」

「口元? 口元がどうしたの?」

「よだれが……垂れてます」

「あっ…………キャー!」

「「「キャー!!」」」


 姉様は顔を赤くして飛び跳ねながら叫び声を上げた。

 世話係たちの悲鳴も上がった。

 姉様はすぐにハンカチを出すと、それで垂れるよだれを拭き取った。


「ご、ごめんね、ウイ。ちょっと興奮……じゃなっかった。え~と、何かよだれ垂れてちゃってた。

 えっと、よだれ垂れてない? 大丈夫?」

「大丈夫ですね」

「ホントに?」


 姉様の後ろから覗くように世話係たちが覗いている。なかには手には汚れ落としを準備する者、魔法の準備をする者もいた。


「大丈夫ですよ姉様」


 私は「ほらっ」と着物を見せた。

 着物には汚れは一切なく、きれいなままであった。

 世話係たちの安堵の声が聞こえた。


「姉様ももう少し気をつけてくださいね」

「うぅ~ごめんねぇ」


 そう謝りながら姉様は写真を撮っていく。


 姉様はこんなあり様を皆に見せつけているのに、自分はシスコンであるということを未だ誰にもバレていないと思っているのだ。さすがにポンコツでは、と最近は思い始めてきた。

 この姿を隠せていたら、文句なしに尊敬できるのだが。

 そんなことを思いながら姉様を眺めていた。


「ウイ様。そろそろ時間です」

「ハ~イ」


 部屋に入ってきたお世話係の言葉に私ではなく、姉様の緩みに緩んだ返事が返ってきた。

 間もなく就任の儀の開始である。



 部屋を後にした私と姉様、世話係たちは大広間への道を進んでいく。

 途中、私と姉様とでは大広間への入り口は別々となるため別れることとなった。


「じゃあ、また後でねぇ~」


 そう言って、手を振りながら姉様は大広間へ向かった。その際も写真を撮るのは止めていなかった。

 私は呆れつつ、手を振り返した。そして姉様とは反対方向を向き、大広間に向かった。

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