第8話

「最近見てなかったけどオカタは元気なの?」

「元気ではあるけど……食事がちょっと」

「ふふっ。やっぱり」


 食堂に向かっている途中、珍しく胡麻擦りには会わなかった。その代わり上姉様に会った。

 上姉様も食堂に用があるらしく、一緒に雑談をしながら歩いていた。


「それで、その雨乞い?のヤツに夢中で昼は来なかったのね」

「うん。だけどその甲斐あって色々分かってきたよ」

「そう。それは良かったわね」


 上姉様は愛用の扇子で口を隠して笑いながらそう答えた。


 姉様が剣と魔法の天才なのに対し、上姉様は万能の天才。

 何でもできるという人間だ。そしてその才の中でも対人能力が特に上手い。

 誰に対しても対等な目線に立ち、そしてちょうどいい塩梅な距離感で接する。相手の欲しい言葉が簡単にわかり、すぐに仲良くなる。そうやって得た信頼による人脈の広さ。それは上姉様の能力の証明である。


 ちなみに姉様はというと、家では重度のシスコンのせいで対人関係はあまり良くない。外では取り繕っているらしいが、周りからは憧れの存在的なのが強く、対人関係は薄い。



 姉様と同じ銀髪だが、姉様とは違って短めに揃えてある。

 いつもかなり高い、高下駄を履いており、歩く度にカタンっ、カタンっと音が鳴っている。

 前になぜいつも高下駄を履いているのかと聞いたら、「自分の背が低いのがコンプレックスなの」と恥ずかしそうに教えてくれた。

 そのときの表情はかわいかった。ほとんどないも同然のである、前世の「男」である部分がちょっとドキッとなった。男だったら惚れていたかもしれない。



「あら、食事はもう片付けられてるわね」


 食堂に着き、テーブルを見渡した上姉様がそう言った。

 私は続けるように見渡した。無駄に大きいテーブルにはそれに合わせた大きなテーブルクロスが敷かれている。そしてその上には飾り付けられた花が置いてある。

 私がいつも食事をしている席には、昼食の影も形も見当たらなかった。

 さすがに昼食から時間が経ちすぎて、料理長が片付けてしまったのだろう。



 すると上姉様はスタスタと調理場に入っていった。そしてすぐに、その入り口から顔がヒョイっと出てきた。


「作るから、ちょっと待っててね」

「いいの? 姉様?」

「これくらいいいわよ。どうせ私も何か食べようと思っていたんだもの」


 そう言うと上姉様の顔は調理場に消えた。すると水が流れる音が聞こえ始めた。

 私は調理場を覗きに行った。

 中では袖をまくった上姉様が野菜を洗い始めていた。


「ウイも手伝う?」


 手伝うか、手伝わないかだと手伝わないのは暇である。なので手伝うことにした。それにもともと昼食は残っていないと思っていたので、自分で何か作るつもりだった。それが上姉様と一緒に作るということになっただけである。


「うん」

「じゃあこっちおいで」


 そう言いながら上姉様はまな板を私の前に置いた。そこに洗った菜っ葉と包丁を置く。


「何を作るの?」

「ちょうどご飯があるから、これを具にしておにぎりにするわ。

 ウイはこれを切ってね」


 包丁を構え、菜っ葉を見ながらサイズを考える。

 おにぎりの具だから大きいとちょっと……である。できるだけ小さめの方がおにぎりの具にはしやすい。

 私はだいたいどのくらいの大きさにするかを決め、包丁を入れようとした。

 そのとき急に、その手に後ろから別の手が乗っかてきた。


「!」


 思わず体がビクッとなった。

 後ろを見ると上姉様が立っていた。


「どうしたの?」


 不思議そうな顔、だがわずかに口角が上がりながら上姉様が立っていた。


「いやっ、上姉様っ、急にはびっくりするよ」

「ふふふ、ごめんね。ちょっと危ないかな~て思ってね」

「危ないって、私もう15だよ」


 子供扱いは心外である。私はもうすでに15。まだではあるが、不本意ながらもの当主候補になる。それにもう身長も下駄ナシの上姉様より大きい。下駄アリでは私の方が小さいが。

 姉様でも、もう子供扱いはしないのだ。


「まあまあ。姉妹のスキンシップってことで。いいでしょ」


 いたずらっ子みたいに楽しそうに笑いながらそう言った。


「もう、しょうがないなぁ……」


 上姉様がこういうことをしてくるのは珍しいし、たまにはいいか。

 私はそのまま上姉様と二人で一緒に菜っ葉を切っていく。切ったものは別の皿にまとめていく。

 トントントンと、軽快な音が鳴る。切る度に上姉様の決して小さくはない胸が私の頭に押し付けられる。

 私はチラッと自分の胸を見た。そこには僅かな膨らみが存在する。身長はあまり伸びず、胸に至っては全く成長しなかった。

 見た感じだと上姉様は私と同じくらいだと思っていたのだが、押し付けられる触感で、それが自分よりはあると理解させられた。私は少し肩を落とした。


 その後も胸をリズムよく押し付けられながら切っていった。全部切り終えると上姉様は油を敷いたフライパンに菜っ葉たちを投入し、魔法で火を点火した。


「次は握るからそれまでちょっとだけ待っててね」


 フライパンに他調味料や、すでに切ってあったモノを次々に入れ、炒めながらそう言った。

 私は調理場を出て、椅子に座って待ち始めた。五分ほど経つと良い匂いと共に上姉様が出てきた。炒めたものが入ったお皿と、ご飯を持っている。


「熱いから気を付けてね」

「わかってるって。それにもう魔法だって使えるんだから」

「そうだったわね」


 両手に魔力を薄く覆う。そこにご飯を少し掬って乗っける。その上に具を。最後にまたご飯を少し乗せて両手で握る。

 出来上がったまん丸おにぎりを上姉様に見せつける。ふんッと少し鼻を鳴らす。


「かわいいおにぎりね」


 それを見て軽く笑いながら、上姉様もおにぎりを握っていく。

 私も次のおにぎりを握っていく。

 そしてすぐにご飯と具はなくなり、おにぎりが十個出来上がった。上姉様はそこから二つ、別の皿に移し、八個乗った皿を私に渡した。


「じゃあ、オカタによろしくね。

ウイも今晩はちゃんとここでご飯食べるのよ」

「うん、わかった」



 *  *  *



 帰りも珍しく胡麻擦りには遭遇せずに禁書庫に戻ってきた。

 中ではグ~とお腹を鳴らした兄様がいた。


「兄様、お待たせ」

「おう、遅かったな……」

「上姉様とおにぎりを作っていたんですよ」


 おにぎりを見せながらそう言うと、兄様の顔が急に暗くなった。


「……」

「どうしたんですか?」


 兄様の顔はいつも暗いが、今回のはいつもより目に見えるほど暗くなっていた。

 流石に心配になり駆け寄った。だが兄様は何でもないと答えるだけだった。


 その後はずっと兄様の顔が晴れることはなく、どこか上の空という感じだった。



 ひと段落が付き、今日はここまでにすることにした。

 私はメモをまとめ、皿を持って禁書庫から出ようとした。出ようとして、まさに扉に手を掛けたとき、


「ウイ」


 兄様が私を呼び止めた。

 振り向くと兄様が今度は少し顔色悪くしていた。


「いや……、あー、なんだ……」

「どうしたの?」

「……ミナ」

「上姉様がどうかした?」

「ミナには……気を付けておけ……」


 何かを吐き出すかのようだった。何か今まで溜まっていたモノ、そんなモノを吐き出すような、そんな姿だった。


「?」

「やっぱ今の無し。気にするな……。

 ミナとか、トウコとかと仲良くしてろよな」


 天井を仰ぎながら、どこかスッキリした様子で兄様はそう言った。

 すでに顔色はいつも通りの暗い表情に戻っていた。


「変な兄様」


 私は首を傾けながら今度こそ禁書庫から出ていった。













 私はこのときの言葉の意味を後になって理解した。だがそれはまだほんの少しだけ先の話である。

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