第7話

 あれから私は朝食までの間ずっとあの状態であった。

 色々話してはいたが、心を無にしていたので何を話していたかは全く覚えていない。苦難のときこそ心を無にして、落ち着かせる。姉様の教えの一つである。

 まさか剣ではなく、こんなところで実践することとなろうとは思いもしなかったが。


 食堂には相変わらず兄様は来ていなかったので、私と上姉様との2人での食事だった。



 朝食を終え、私はまた囲まれる前にコソコソと移動し始めた。

 食堂には上姉様が残っていたが、上姉様の場合、そういう風に持ち上げられるのは好みで面白いらしく、むしろあちらから来るのを待ちながら茶をゆったりと飲んでいた。上姉様の周りに集まるのは、大半が彼女の教育した信者という感じなため、面倒をかけるということはない。


「これが民度の差と言うやつなのかな……」


 廊下で思わずそう呟いた。

 そうして私は目的地――書庫にたどり着いた。


 この家の書庫は二種類あり、一つは誰でも使用可能な一般書庫。もう一つは当主とその血族のみが使える禁書庫である。

 そしてここは後者の禁書庫。

 ここは朝と深夜は入室禁止なので入れないが、それ以外の時間私は自由に出入りができ、調べものついでにここに避難している。


 少しだけ重い木製の扉を押し、中に入る。

 中には何十という本棚が並んでいる。そこにはアマツカエ家の歴史書や儀式に関する書物などの多くの本が収められている。

 真新しいものから古く、少し破れたり、焼けたりして、ボロボロになったものまであり、ここの書庫にある本から得られる知識量の深さというモノがうかがえる。


 私は最近ここで避難ついでにあることを調べていた。

 それは100%成功する「雨乞い」というやつだ。


 なんでそれを調べるかと言うと、やっぱり夢のためだ。

 『雨の中でカッコよく刀を振るう』という今世の私の夢。その夢の『雨』の部分。


 天気と言うのは気まぐれで、前世の頃から天気予報がたまに外れたりする程度には気まぐれだ。そんな気まぐれが戦いのときに都合よく降ってくる……なかなか難しい。雨が降るときに私が戦いをすると言うなら、雨の中で戦いはできるだろう。

 だがもし雨が降らなかったら。

 それがたまたま運悪く、続き、長引いたら……。


 雨を待って戦いをしない。

 そんなのは少し白けてこないだろうか。私はくる。


 そこで私は考えた。

 どうすればいいか。

 そこで思いついたのだ。雨を自分で降らせればいいじゃないかと。

 幸いこの世界は魔法の世界。雨の一粒や二粒といわず何千、何万粒を降らせることなんて容易なはず。

 そんな考えを胸に私は雨を降らす魔法みたいなのを探した。……が、結果は失敗。雨を降らせる魔法は見つからなかった。水を操る魔法はあったものの、雨を降らせるものはなかったのだ。

 水を操る魔法でそれっぽいものはあったが、それは雲がない。ただ水を降らせるだけの魔法。


 今世で一番というぐらい落ち込んだ。

 だがそれでもあきらめずに調べた。

 その結果、雨を降らす魔法はやはり見つからなかったが、雨を降らす儀式――「雨乞い」に関することを見つけたのだ。


 「雨乞い」は、アマツカエ家の行う儀式の一つ。雨が降らないときに儀式を行い、雨を降らすことを目的としている。そしてそのことが書かれていたところの最後にこう記してあった。――必ず雨を降らせる、と。


 私は大喜びで追加の資料を探した。探したが、詳しくはわからなかった。

 一般書庫に置いてあったものの中にはそこまで詳細に書かれたものはなかった。それに加え、最近では魔法を使えばいいため、その儀式を行っていないため、やり方を覚えている人はいなかった。


 そこで私は禁書庫に行った。

 禁書庫は最初に言った通り、アマツカエ家の行う儀式に関する書物もある。

 薄い希望とかではなく、確固たる確信を持って探した。そして見つけた。「雨乞い」の儀式について書かれた書物を。

 それはかなり古いもので、ボロボロになっていた。表紙の文字は一部消え、穴も開いている。中の文字も結構な癖字。だが読めないものではなかった。

 それを見つけてからというもの、私はずっと禁書庫に通ってそれを頑張って読んだ。途中面倒な胡麻擦りのせいで目的が微妙に変化したが、毎日通っていた。



 私はいつも読んでいる雨乞いの本のところへ行った。

 禁書庫はそこそこ広く、同じような本棚が変な構図で並んでいる。どこに何が置かれているかも書かれていないため、最初の頃は本の位置に行くのに少し苦労した。ただ、何度も通ったことでもうそんなことはなく、迷いなく目的の本棚へ足を進めた。


「兄様」

「?」


 そう進んでいると兄様がいた。いつも通りくたびれた様子であった。

 私と同じ黒髪は、短いにもかかわらず癖まみれ。服はよれ、顔色は良いが表情は暗い。いつも通りの兄様であった。


「あぁ、ウイか……。またいつものか?」

「はい、そうです。兄様もいつも通りですか?」

「ああ、そうだ。本当にあいつらどこからでも出てきやがる」

「お疲れ様ですね」

「本当に全くだ。こっちは当主になる気なんてもう一ミリもないのに、あいつらときたら『そんなことないです』や『大丈夫ですよ』、『なってください』だの……あー! もうめんどくせぇ」


 我が兄様――アマツカエ・オカタは見ての通りの人だ。

 昔はこんな感じではなく、もっと自信家だったらしい。だが姉様が産まれ、その剣と魔法の才を発揮しだしたことで変わった。万能な天才の上姉様、剣と魔法の天才姉様。その2人に挟まれ、その結果期待に押しつぶされたらしい。

 以来、次期当主を目指そうとするのは止め、こんな感じになっていった。

 一応兄様のフォローをすると、決して才能がないわけではない。大抵のことは何でもできるという普通に非凡な人間だ。ただ上と下がそれ以上であったというだけ。それだけだ。


「だいたいお前らに褒められたって嬉しかねぇよ! 利用したいっていう魂胆が見え見えなんだよ!」

「確かにそうですねぇ」

「だろう! やるならもっとしっかりやれ!」


 兄様の口はどんどん早くなり、加速していく。

 こうなった場合止めないと永遠に続いてしまう。


「あの~」

「昔がなんだ! 昔だよ! 過去の栄光を持ち出すな!」

「あのー! 兄様!」

「? あっ、すまん。つい熱くなって」

「いえいえ、大丈夫です。それより兄様、ちゃんとご飯は食べてますか?」


 私は兄様の足元に置いてある皿を見た。そこには果物のヘタだけが残っていた。


「また果物一つで一日過ごすつもりですか」

「いや、これは昨日の……」

「今日は?」

「まだ……」


 兄様は基本胡麻擦りから逃げるために禁書庫に引きこもっている。それ以外だと寝るときに自室に行く、用を足しにトイレに行く以外の行動がない。そのためご飯を食べるという行動がなかなか選択肢に出ない。本当に空腹になったときでも、果物一つで済ませようとするぐらいだ。

 私が禁書庫で会ったときは空腹で倒れていたぐらいである。


「もう……じゃあ後で何か持ってきますね」

「あぁ、すまんな」

「どうってことないですよ。兄様には色々手伝ってもらってますし」


 何を隠そう、雨乞いの本を見つけるのや読むことが早かったのは禁書庫の主ともいえる兄様のおかげなのだ。ちなみにそれに伴って、兄様には私の夢のことを話してある。別に隠すことでもないし。


「よしっ、じゃあ今日も手伝うか」

「良いのですか?」

「あぁ。俺の愚痴に付き合って貰ったし……それに……」

「それに?」

「あー、なんでもねぇよ」


 兄様はたまにこう言うところがある。最後まで話さずに途中に話すのを止めてしまう。そして少し照れくさそうになるのだ。

 不便というほどではないが、なんて言おうとしたのか少し気になる。


「じゃあやるぞ」

「はい」



 *  *  *



 一冊の本の前に私と兄様は座り、いつも通り始めた。

 基本は私が兄様に教わったことを使って、読んでいく。分からなくなったらそれを兄様に聞く。途中変な風に読んでいれば、そこを兄様が指摘するという感じだ。


「兄様兄様。この『我天御座す神の地立つ許し願う』ってのは?」

「ここは天神への言葉だな」

「天神様への?」

「あぁ。一応名前に『天』てある通り、天空や天気も司る。その神の地に干渉するための御願いみたいなもんだ」

「なるほど」


 分かったこと、気づいたこと、そういったことはしっかりとメモしていく。


 こうして本を読んでいくうちにだんだんと分かってきたことがある。

 雨乞いそのものが使われなくなっていったのは、魔法の発展だけでなく、そもそも天気・天空は天神様の領域。そこに干渉することはあまり良しというわけではないというからだ。

 それに加え、雨乞いには何か捧げものをする必要や大きく、そして時間のかかる儀式をする必要がある。そのため雨乞いによる利益と雨乞いの出費、それの割が合わないというのもある。


「雨乞いをするならこの言葉は必要だな。これをやらないと、天神が怒る可能性がある」

「ですね」


 読み、メモしながら私たちは意見を出していく。

 儀式の大きさと時間からこのままでは効率が悪いため、『今』の雨乞いを改良し、簡易で一人でも可能な雨乞いにできないかを考えていた。


 削れるところは削る。

 必要な所を抽出する。

 取捨選択。


「あれ? もうこんな時間ですね」


 そうやって作業を進めていくうちに、時間は進んでいった。気が付くと四時を過ぎていた。


「ご飯は大丈夫なのか?」

「あぁ……どうでしょう?

 ん~、ちょっと食堂行って何か持ってきますね」


 私は一度食堂に行き、何か軽く食べれる物を持ってくることにした。

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