第1話 [成功]

「――…………ん、朝か」


 いつもと変わらない朝、俺は目を覚ましてベットから降りる。昨夜はパソコンで調べ物したり、アニメを見てて寝不足。

 明日の土曜日が十六歳の誕生日だが、特段何も起きない平凡な日になるだろうな。


 俺の名前は――最上もがみ強谷きょうや

 音楽と甘いものが好きで、地頭がいいことで、偏差値の高い高校に入学することができた男子高校生だ。

 ま……目立たず生きてきたからスクールカースト最底辺の陰キャだけどな。


「うわっ、寝癖が」


 顔を洗おうと洗面所に向かい、自分の姿を視認する。

 目が見えないほど伸びきった黒髪で、かろうじて見える目は真っ黒に染まっている。これを見て陰キャと呼ばないだろうか、いや呼ぶ(反語)。


 俺の両親は数年前に殺され、今はこの家で一人暮らしだ。遠い親戚の許可を得て一人暮らししている。

 なので朝ごはんを作るのも、家事をするのも全部完璧にこなせるようになった。


「ごっそうさん」


 朝ごはんを食べたあとは自室に戻り、制服に着替える。


(……今日は持ってくか)


 俺がジッと見つめていたのは、超高音質ヘッドフォンだ。見た目は黒のボディに青い丸のラインが入ったオシャレなもの。

 なんせ音楽好きなので、とことん楽しみたい味わいたいタイプなのだ。

 学園ではいじめられないが、帰り道にだ学校の生徒たちが奪い取ってくるかもしれないが、こっそり使えばバレないバレない。


「よし、行ってきます」


 ドアノブに手をかけ、扉を開ける。外は、桜の花びらが落ちて青葉が生え始めている五月。

 当たり前、ごく普通の日常……のはずなのに、違和感がある。


 俺は――


 天性の違和感だった。喧嘩なんかロクにしてないのに、突然誰かと戦いたい衝動に駆られたり、当たり前の日常が非日常に感じられたり……と。

 中二病なのだろうか?


 スタスタと歩き、ヘッドフォンから流れてくる軽やかな音楽を聴きならそんなことを考えていた。

 自宅から最寄りの駅――天伸駅てんしんえきまで着いたらそこから学園の目の前にある駅まで向かう。

 俺が通っている学園は帝王学園ていおうがくえん。学園の敷地は膨大で、色々な施設がある学園だ。


(はぁ……憂鬱だな)


 駅を降りて、俺の眼前に広がるのは一直線の道と、その先にある巨大な校舎。あれが帝王学園である。


 学園まで歩き始めようとすると、すぐ横で高級そうな真っ黒の車が停まった。あたりも寄ってたかってざわつき始める。


「お、おい、あの車って!」

「ああ、あの人が乗ってる車だな!」

「あの人って誰のこと?」

「決まってんだろ! 『寡黙令嬢かもくれいじょう』という異名がついたあの方だっ!」

「そう――九条くじょう静音しずね様だよ!!」


 車から、一人の女子生徒が降りてきた。

 腰まで伸びるハーフアップの髪型に、ぴょこんと可愛らしく頭の頂点に生えるアホ毛。紅玉ルビーのように美しい瞳。

 整った容姿に抜群のスタイル。

 彼女は、この高校で知らない人はいないと言われているほど有名なお嬢様生徒だ。


「静音様おはようございます!」

「静音ちゃんこっち向いて〜〜!」

「…………」


 数多の生徒が彼女に声をかけるが、彼女はそれを抱えていないんじゃないかと思わせるくらいに無視をし、スタスタと歩き始める。

 これが、彼女についた異名の原因だ。ほぼ喋ることはなく、いつだって無口で無表情。


「……だというのに、俺とこの差とは。世界は残酷だな」


 小鳥の囀りくらい小さい声でぼそりと呟いき、微笑をこぼしながら俺は自分の教室へと向かった。



###



 自分の教室に着く前にヘッドフォンをバッグの中に入れて隠す。俺は教室の隅で持参したラノベを黙々と読み始めた。

 クラスメイトがワイワイと談笑をしている中、それを中止させる勢いの挨拶が教室内に響き渡る。


「みんなァ〜〜! おっはよ――ッ!!」


 声の主は、サラサラの銀髪の襟足や耳周りの髪を長く伸ばしたウルフカットという髪型で、目は蒼玉サファイアのように煌めいている。

 彼女――ソフィア・シーニー・セリェブローは外国人らしいが日本育ちなので日本語ペラペラだ。

 運動好きなバカで、人当たりがいいが、たまに出てくる冷たい雰囲気も、ギャップがあって人気なのだと言う。


(ま、関わることのない人種だな)


 ボソッと心で再び呟き、視線をラノベに戻す。


 その後は特に何もなく授業を受け、放課後となった。

 帰ったらまず夜ご飯を使って、その後は録ってあるアニメを消化して趣味の筋トレとしますか。

 ちなみに、勉強は計算以外は一度やれば覚える天才肌タイプだ。筋トレはしているが、特に理由なんてない。


「……帰ろ」


 バッグを持ち、校舎の外に出る。何事も無く帰れると思った矢先、薄暗い路地裏から手が伸びて俺を引きずり込む。

 俺を引きずり込んだのは幽霊なんかじゃない。もっとタチの悪いいじめっ子三人だった。


「へいへ〜い! 一人で帰るなんて寂しいじゃんかよ〜!」

「俺らトモダチっしょ? ぷっ、くはは!」

「嘘でも友達って言っとけよお前ら〜!」


 か……。前は金を取られて殴られるぐらいだったけど、今は大事なヘッドフォンを持ってるんだ。金だけ渡して帰らせてもらおう。

 本当はこんなことせずに殴り飛ばしてやりたいぐらいだが、だ。


「あー……今日はこんぐらいしかないんで、すんません」


 財布をパカっと開ける。すると一人がそれを奪い取り、中身を確認する。

 俺は踵を返して帰ろうとしたが、肩をガッと掴まれた。


「なんだよ……今日はやけに素直じゃあねぇか。なんか隠してんだろ」

「いや……何も持ってない」

「いいから持ってるバッグもよこしやがれ!!」

「ッ!」


 ……くそっ。バッグを奪われた。

 俺のバッグをガサガサと漁り始めて数秒、男が反吐がでるくらい気持ち悪くニチャァっと笑い始める。


「ねぇねぇ、これなんだよ?」

「うおっ!? それ最近有名な超高音質ヘッドフォンとかじゃね!?」

「こんなの隠し持ってのかよ!」


 最ッッ悪だ。こいつらにはもちろんムカついてるし、朝『大丈夫』って思ってた俺もムカつく。


「なぁ、オイ……なんで嘘ついたんだ、よォォ!!」

「ぐっ……!!」

「お前みたいな陰キャ、そんなのつけてても意味ないっしょ?」

「俺たちに渡した方がいいって。髪隠れてっけどどうせブッサイクなんだろォ? ギャハハ!!」


 一人に頬を殴られ地面に倒れこむ。残り二人からも蹴りを加えられた。血は出ないが、ジンジンと痛みが強まる。

 せっかく並んでまで買ったヘッドフォンだ……。こんなところで奪われてたまるか!


「ッ! テメッ、待ちやがれェ!!」


 ガバッと立ち上がり、男からヘッドフォンを奪い取ると同時に走り出す。

 追いつかれることなく、自宅になんとかついた。


「はぁ……疲れた。風呂入ろ……」


 気分を晴らすために風呂に入り、そのあとは何事も無く就寝。明日からも憂鬱な日々がずっと続くのかと思っていた。

 だが、日付が変わった深夜頃、ベッドで眠ろうとしている最中、突然頭に激痛が走り始めた。


「ゔっ……ぐ、ゔゔゔ!!!」


 頭が……割れそうだ……!

 なんだ? なんなんだよこれ!! 俺の記憶が、いや、これは俺の記憶なのか? オレなのか?

 ここではない何処か。

 そんな記憶が頭の中で乱反射する。


「あっ……――」


 頭の痛みが最高潮に達した時、俺は意識を手放した。


 ――翌朝。


「いっ……ててて……。あー、昨日は頭痛がひどかったからなぁ……」


 頭をガシガシと掻きながら自分の部屋を出て、下の会に降りる。冷蔵庫からお茶を取り出し、一口飲む。

 そして、自然とこう呟いていた。


「あ、そういえば俺――


 …………。

 随分あっさり思い出した前世の記憶だった。

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