第12話 俺と腹筋

 あれから場所を移動した俺たちは、この辺りで一番大きいショッピングモールへとやってきていた。

 目的はもちろん買い物だ。みんなの買いたいものの方が時間がかかるということで、先に俺の用事を済まさせてもらうことにする。

 その用事というのがモール内の一角にあるひとつの店のみで完結する簡単なものなのだが、それが上手くいくかどうかは分からないのだ。


「やあやあ、いらっしゃい!」

「こんにちは、ブライアンさん」


 店先の看板に書かれた『マッスルマッソーマッセスト』という店名から分かる通り、店長のブライアンさんはものすごくムキムキな巨漢である。

 ちなみにスキンヘッドなのは髪より筋肉に時間を費やしたかったかららしく、最近の悩みは背中が痒い時に手が届かないことなんだとか。

 見た目の割に子供と猫が好きな優しい人なんだよな。この店の売上のほとんどをマク〇ナルドハウスと近くの猫カフェに寄付してるらしいし。


りんクン、今日はやけに連れが多いね。みんなも筋肉を鍛えに来たのかい?」

「いや、前に注文した部品が届いてる頃だと思って」

「なるほど、確認してこよう!」


 ブライアンさんは店の奥に消える前に、のぞみたちの方を振り返って「マッソー!」と親指を立てていた。

 彼によると、筋肉と会話が出来る男なら「マッソー」だけでお互いの意思疎通が出来るらしい。

 俺はまだ筋肉の声も聞こえないし、マッソーだけでは元気だなってことくらいしか分からないけど。


「ねえ、凛。ここは何の店なの?」

「見ての通りだろ」

「見て分からないから聞いてるのよ」

「まあ、お前には無縁かもな。家庭用のトレーニングマシンを売ってる店だ」

「トレーニングマシン?」

「ああ」


 簡単に説明すると、ブライアンさんは日本の人々に筋肉の素晴らしさを伝えるため、既存のマシンからヒントを得てどんな家にも置けるようにサイズを小さくしたのだ。

 外国なんかだと広々としていて普通のランニングマシンを置けたりするが、日本はマンション住まいなんかも多いからな。

 トレーニングのレベルを落とすことなく、イスやテーブルとして使える腹筋マシン、物干し竿として使える懸垂鉄棒、そして英語を学びながら痩せられるゲームなんかも作っている。


「そして、俺はその腹筋マシンの壊れたパーツを注文してたってわけだ」

「……なるほど、趣味の悪いイスだと思ってたけど、腹筋マシンだったのね」

「趣味は悪くねぇだろ!」

「悪いわよ。フローリングの床にオレンジと黒のイスは浮いてたもの」

「くっ……みんなはそう思わないよな?」


 希とは趣味が合わないだけだ。そう信じたくて他の3人に同意を求めたが、店に置いてあるものを確認した彼女たちは揃って首をひねってしまった。


愛莉あいり、可愛いイスの方がいいかな」

「わ、私はよくわからないです!」

「……ダサい」

「ぐふっ……」


 さすがに本庄ほんじょうさんのストレートな言葉は、ダイレクトに胸へと突き刺さった。

 歯に衣着せぬ言い方が彼女の良さではあると思うが、今回ばかりはもう少しオブラートに包んで欲しかったな。


「そうだ、早苗はどう思う?」

「っ……わ、私ですか?!」

「お前は部屋に入り浸ったりしてたわけだし、一番よくわかってるはずだろ?」

「えっと、その、正直に言っていいんです?」

「ああ、構わんぞ」


 そう言いながら大きく頷いたこの時の俺は知る由もなかった。数秒後には、早苗の本心に鉄アレイで殴られたような襲撃を受けるということを。


「お、お兄様のセンスなので受け入れたかったのですが、あれだけはありえないです……」

「……そんなにか?」

「そんなにですよぉ! 浮きすぎて視界に入る度に吐き気がするんです、それを理解していないところがお兄様の唯一嫌いなところです!」

「ぶへっ?!」

「あと、置いてありますけど使ってるところは見た事がないです」

「私も無いわね。置かれてから3年くらい経つと思うけど、多分掃除の時以外動かしてないレベルよ」

「あ、ちょ、お二人さん―――――――――」

「そもそも、鍛えているとするならお兄様の体はあまりに細すぎますよ!」

「まるでもやしよ、頼りないったらありゃしないわ」

「ぐっ……ぐぬぬ……」


 その後、仲が悪いはずの2人から板挟みで言葉のサンドバックにされた俺は、ブライアンさんが戻ってくる頃には店の隅に座って生気を失っていたのだった。


「うぅ、そんな言わなくてもいいだろ……」

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