第10話 俺と泥棒猫

「ふん、賢明な判断ね」


 その言葉に続けて「分かったなら二度と洗濯に関して文句を言わないこと」と胸を張るのぞみ

 俺は下げていた頭を上げると、そのセリフに関してふと気になったことを聞いてみた。


「今後も一緒に洗うつもりか?」

「ええ、なるべく親に負担かけたくないのよ」

「そう言われたら拒めなくなるだろ」


 希の父親は引っ越してすぐに仕事でオーストラリアへ行ってしまい、母親も彼女が高校生になると向こうへ行った。

 二人とも芸術関係の仕事をしていて、元々向こうで大きな仕事をもらえることになっていたのだ。

 しかし、まだ幼い娘を海外へ連れていくわけにも行かず、成長するまでは父親だけと決めていたそうで、本来なら希も高校は向こうへ行く予定だった。

 ただ、ある意味しっかりした性格ではあるし、彼女自身も大丈夫だと言い張ったため、何とか一人暮らしを許してもらえたらしい。

 芸術関係の仕事は一度受けると報酬は大きいが、そう多く回ってくる訳でもないので、仕送りもなるべく貯金に回せるようにやりくりしているんだとか。

 俺もそれを知っているからこそ、両親のことを出されると色々と断りづらいのだ。


「まあ、幼馴染だもんな。俺もちょっと意地張ってたが、考えてみればパンツくらいどうってことないか」

「私も言い過ぎた気はするわ。あと、ちゃんと触る時はゴム手袋を付けてたから安心して」

「……それはそれで、ちょっと傷つくな」

「じゃあ、直に触れって言うの?」

「好きにしてくれ。気にしないようにするから」

「その方が助かるわ」


 ようやく喧嘩とまでは行かない言い合いも落ち着いた頃、今度は窓ではなくドアがコンコンとノックされる。

 「開いてるぞ」と声をかけると、「失礼します」とお辞儀をしながら早苗さなえが入ってきた。


「お兄様、朝から何やら忙しそうに……って、泥棒猫?!」

「誰が泥棒猫よ!」

「こほん、失礼しました。居ないと思っていたのでつい本音が……」

「失礼だとは微塵も思ってなさそうなセリフね」


 やれやれと言いたげに呆れた希は、「この子、本当に何とかならないの?」と視線を向けてくる。

 兄貴としては妹にはのびのびと育ってもらいたいし、早苗からすれば希が兄妹の時間を奪う存在であることは間違いないからな。

 どちらも否定しない答えというのはなかなか見つからないし、どうしても妹を優遇したくなってしまうのは悪いことなのだろうか。


「まあ、いいわ。夕方には戻ってくると思うから、早苗ちゃんはお留守番してるのよ」

「どこか行かれるんですか?」

りんから聞いてないの?」

「そう言えば伝えてなかったな。友達と買い物に行くんだよ」

「そんなぁ……」


 一緒にいられると思ったのにと肩を落とす彼女。希は「そろそろ時間よ」と急かしてくるが、妹を悲しい顔のまま置いていくのは心苦しかった。

 俺は服の裾を引っ張ってくる希に「ズボン履き替えてないから待て」と伝えると、早苗の背中をポンポンと撫でながら顔を覗き込む。


「お前も一緒に行くか?」

「い、いいのですか?」

「仲間外れなんて寂しいだろ。希もいいよな?」

「……まあ、意地悪がしたいわけでもないし」

「ってことで決まりだな。早乙女さおとめさんたちには俺から説明するから安心してくれ」

「ありがとうございます、お兄様!」


 飛び跳ねて喜ぶ妹を見つめながら正しい判断が出来たと安堵していると、早苗はふと気が付いたように動きを止めた。

 そして希の方へ体を向けると、少しモジモジとしながら小声で「ありがとうです、希さん……」と呟く。

 それを聞いた彼女もまたクスリと笑って、「当然のことよ、保護者代理だもの」と胸を張って見せた。


「では、お兄様。早苗の着る服を選んでください!」

「ちょっと、時間が無いんだからそれくらいさっさと自分でやりなさいよ!」

「希さんだっておめかししてるじゃないですか。私だけ適当なんてダメです」

「くっ……分かったから。凛、3分で選びなさいよ」

「いや、希が選んだ方が早―――――――」

「それはイヤです!」

「早苗もそう言うなよ……」


 その後、結局俺がおすすめしたのを即決で選び、3分どころか1分もかからなかったそうな。

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