第8話 俺と仕送り

 早苗さなえの暴走が収まり、ようやくトイレから脱出できてから少しした頃。

 ソファーに座ってテレビを見ていた俺は、ふと気になったことを隣に座る早苗に聞いてみた。


「そう言えば、父さんと母さんは新婚旅行だって言ってたよな」

「ずっと離れていたので、一緒の時間が欲しかったようです」

「それは分かるんだが、生活費はどうするんだ? 旅行と言うからには仕事は休んでるんだろ」

「お父様のお仕事って、お兄様はご存知ですか?」

「……言われてみれば聞いたこと無かったな」


 早苗によると、父さんはオーストラリアに行った時に日本での仕事をやめて猛勉強を始めたらしい。

 そして3年目でようやく愛娘を研究するチームの下っ端として雇ってもらえることになり、10年経った今ではそこそこの地位にいるんだとか。

 そのため、研究が止まっている今も政府からのお給料は出ているから生活に困ることは無いようで、仕送りも十分に送ってくれると約束したとのこと。

 また、早苗の方にも研究させてもらっている見返りとしてかなりの額が毎月振り込まれているらしい。


「聞いていいことなのか分からないが、いくらぐらい貯まってるんだ?」

「幼い頃は毎月30万円とかでしたけど、成長してからは色々お制限される代わりに高くなりましたからね。老後の死に戻りを3回繰り返しても安心できるくらいはあります」

「つまり、8桁はあるってことか」

「ですから、何か欲しいものがあればプレゼントしますよ?」

「いや、緊急時以外は仕送りだけで何とかしよう」


 俺がそう言うのも、プレゼントは愚か、生活費を支払うために妹の貯金に手を出す兄はクズだとしか思えないからだ。

 それに早苗とは離れていた分、一緒にいられる間くらいは普通の兄妹としての生活を送りたい。

 一人きりならまだしも、二人でなら仕送りという限られた範囲の中でも楽しく暮らせそうだしな。


「お兄様は堅実なのですね」

「こう見えて浪費しがちだけどな。お前と暮らすなら考え直す必要がある」

「私としてはお兄様を養うのもアリかと……」

「妹のヒモだけは勘弁してくれ」

「では、専業主夫ということで!」

「誰が夫だ。法的に無理だろ」

「早苗が政治家になって法律を変えます!」

「賛成票1で即刻却下だよ」

「お兄様、政治の世界には賄賂わいろというものが……」

「頼むからやめてくれ。妹と面会でしか会えないなんて辛すぎる」


 早苗がパトカーに押し込まれているシーンが頭に浮かび、慌てて正しい道へと引きずり戻す。

 ただ、彼女も本気で賄賂なんて考えている訳では無いようで、賛成多数にするには他の方法があるとのこと。


「賛成を多くするには、反対派を全員闇社会の人を使って消せばいいんです」

「国会にお前以外残らんぞ?!」

「大丈夫です。皆さん賢いですから、いずれ反対していることが危険だと察知して賛成派に回ります」

「遠回しな脅しだろ、それ」

「私の手は汚してませんから、安心してお兄様にハグできますよ?」

「お兄ちゃんは心の方が心配だ……」


 どうやらオーストラリアでの研究は相当辛かったらしい。ここまで心が荒んでいるのなら、『お兄様との通話だけが生き甲斐』と言う言葉も嘘では無いのかもな。

 俺は目から汗が滲んでくるのを感じると、そっと早苗の体を抱きしめて後頭部をよしよしと撫でてやる。

 本人は突然のことに驚いていたみたいだが、やがてぎゅっと抱き締め返してきて、嬉しそうに微笑んだ。


「お兄ちゃんはずっと早苗の味方だからな」

「ふふ、私もお兄様の味方ですよ♪」


 その後、臨時ニュースで『国会議員 不祥事で逮捕』という報道が流れ、早苗が「じょ、冗談ですよ?」と慌てて弁明したことは言うまでもない。

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