第7話 俺と保護者代理

 朝食を食べ終えた後、俺は早苗さなえと一緒にのぞみが待ってくれているリビングへと向かった。


「待たせて悪かったな」

「私が来たタイミングが悪かっただけよ」

「なんか、今日はやけに優しいな」

「いつでも優しいでしょうが」

「それは無いな」

「殴られたい?」

「……調子に乗りました」


 拳を握る彼女に慌てて頭を下げると、早苗が「お兄様を虐めないでください!」と止めに入ってくれる。

 そんな妹の優しさにホッコリする反面、「何よ、冗談じゃない」と調子の狂わされた様子の希の表情が少し気になった。


「早苗ちゃんは知らないでしょうけど、私たちは幼馴染なの。これが私たちなりのコミュニケーションなのよ」

「お兄様、そうなのですか?」

「いや、俺はそう思ったことは無いな」

「違うとのことですよ、希さん」

「なっ……幼馴染を裏切るのね!」

「裏切るも何も、そもそも俺に叩かれたりして喜ぶ趣味はないからな」

「っ……そりゃ、そうでしょうけど……」


 俺の言葉にこめかみをピクリとさせる希。彼女は深呼吸をして自分を落ち着かせると、「まあ、いいわ」と呟く。

 それから「おばさん、しばらく帰って来ないらしいわよ」と話を変えた。


「なんでお前が知ってるんだよ」

「私に連絡があったからよ。りんのことをよろしくって」

「俺には言わずにどうしてお前に……」

「それだけ信頼されてるってことね」

「……はぁ、息子より幼馴染なのかよ」


 希によると、今日起こしに来たのも母さんに頼まれたからで、何かあれば自由に家に出入りしていいとまで言われたらしい。

 特に勉強面や食事面でのサポートをお願いされていて、問題があった場合は適宜連絡をするように……とのこと。

 簡単に言えば、希はこの場に居ない母さんの代わりの目となるということで、親がいないからと言って、変なことをしたり怠けたりはできないわけだ。


「何せ、10年も近くに居たのよ。おばさん以外に、私よりも凛を理解している人は居ないわ」

「……どうして私の方を見て言うんです?」

「別に理由なんてないわ」

「むっ……嫌な予感がします……」


 何やらバチバチしているように見えなくもない2人。早苗は希の介入を嫌がっているのはわかるが、希の方が張り合おうとする理由がわからない。

 やはり、荷物持ちが居なくなると不便だからだろうか。明日だもんな、約束した買い物の日。


「とにかく、早苗ちゃんが居ようと私は保護者代理として凛の面倒を見るから」

「保護者代理って同級生のくせに……」

「意義は認めない!」


 きっぱりと放たれた彼女の言葉に、早苗は何か気がついたように首を傾げる。


「お兄様の保護者代理ということは、早苗の保護者代理ということにもなりますよね?」

「まあ、そうね。仕方ないからまとめて見てあげる」

「……こんなツンデレバカが保護者なんて嫌ですよ」

「あ、あなた……今バカって言ったわよね?!」

「バーガーって言ったんですぅ。ご自身で馬鹿だと思っているから、そう聞こえたんじゃないですか〜?」

「見た目によらず口悪いわね。凛もお兄ちゃんなら何か言ったらどうなのよ」

「可愛いぞ、早苗」

「えへへ、お兄様♪」

「……このシスコン野郎め」


 希にとっては不満だろうが、俺にとっては無条件で早苗が最優先事項だ。

 それに、天才である早苗からすれば、俺も希もバカと言ってもいいレベルである。

 むしろ、少し口が悪いくらいは可愛らしさとすら思えた。我ながら妹バカ過ぎるとは思うが。


「希さん、要件はもう済みましたよね?」

「え、あ、まあ……」

「でしたらお帰りください。私はお兄様と愛を育む必要がありますので」

「ちょ、背中を押さないでもらえない?!」

「さようなら、また来年!」

「あっ、早苗ちゃ―――――――――」


 家から希を追い出した早苗は、ガチャリと鍵を閉めると、連続で鳴るインターホンの電源を落としてから俺の膝の上に腰を下ろした。


「ようやく2人きりですね♪」

「ああ……でも、さっきのは酷くないか?」

「あの女の肩を持つのです?」

「そういうわけじゃないけど……」

「許しませんよ、私の目が黒いうちは」


 両頬をムニムニとしながら、背後に黒いオーラを発する早苗に、「ひゃ、ひゃい」と情けない声で返事をしてしまう俺。

 その後、リミッターの外れた妹に襲いかかられ、避難先のトイレに1時間も閉じこもることになったことはまた別のお話。

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