第6話 俺と勘違い
「お兄様、起きてください♪」
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝日が意識を引き戻し始めた頃、布団をとんとんと叩かれる感覚で目を覚ました。
「んん……
「おはようございます、もう朝ですよ?」
「あと5分だけ……」
「目覚めのキスが必要ということですね!」
「おはよう、妹よ。兄はもう目が覚めたぞ」
「では、おはようのちゅーを所望します♪」
どの道唇を突き出してくる妹の顔を、ギリギリのところで止めてベッドから逃げ出す。
しかし、そんな俺の背中へ飛びつく勢いでハグをしてきた早苗は、幸せそうに微笑みながらしがみついた。
「ちゅーしてくれるまで離しませんよ?」
「お前、そう言って昨日も頬にしただろ」
「今日は唇にしましたよ〜?」
「……ね、寝てる間に?!」
「フフフフフ……って、冗談です♪」
「してないんだな? 何もされてないんだよな?!」
「本気のキスはお兄様からと決めてますから」
彼女はそう言いながら腰に巻きつけてきていた腕を離すと、安堵する俺の顔を見てクスクスも笑う。
そして「ご飯、用意できてますよ」と手を引いて1階の食卓まで連れていってくれた。
そこに並んでいたのは、シンプルに目玉焼きトーストとこんがりと焼かれたベーコン。
在り来りなメニューであることは間違いないものの、これが最愛の妹が早起きして作ってくれたと思うと、その価値は計り知れない。
「いただきます!」
「ふふ、お口に合いますか?」
「…………」
「お兄様?」
「…………うぅ……」
「な、泣いてます?!」
テーブルにポタポタと零れる涙を見て、慌ててティッシュを持ってきてくれる早苗。
俺は止めようにも溢れ出るのを抑えられないそれを何とか拭いながら、「美味い……」と心からの感想を口にした。
「ほんとですか……!」
「すごく美味しいよ。これが初めての手料理か……」
「そんな感傷に浸らなくても、これから毎日作ってあげますよ?」
「……幸せ過ぎて怖いな」
「大袈裟ですね、お兄様は」
よしよしと優しく頭を撫でながら、もう一口、もう一口と食べ進めていく様子を見守っていてくれる彼女。
兄妹2人きりの幸せな空間。これから毎日がこうなるのかと思うと、もしかしたら夢なんじゃないかと思うくらい嬉しい。
しかし、そんな時間はいつまでも続きはしなかった。だって、玄関の鍵が外側から開かれる音が聞こえてきたから。
「失礼しまーす。
母さんたちが早くも帰ってきたのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
声の主である
「珍しいじゃない、こんな時間にちゃんと起きるなんて。さては徹夜でもして――――――――」
そこまで言いかけた彼女は早苗を視界にとらえた瞬間、ピタリと動きを止めて固まってしまう。
そして何かを納得したように「なるほど、目覚まし係はお役御免なのね」と頷き、くるりと背中を向けて引き返し始めた。
俺は慌ててその背中を追いかけると、玄関から飛び出す前に腕を掴んでこちらを振り向かせる。
「ちょ、希! 絶対に勘違いしてるって!」
「はぁ? 別に凛がどこぞの女を連れ込もうと知ったこっちゃないから」
「連れ込んでねぇよ!」
「手を離してくれないかしら、痛いんだけど」
「お前が勘違いを正すまでは離さないからな」
「こんな時間から女の子が家に居て、何を勘違いすることがあるのよ。現場が事実を物語ってるじゃない!」
普段から暴力に訴えることも多いものの、希はこう見えて正義感は昔から強い方だ。
だからこそだろう。俺が不純異性交友に及んだと勘違いして、こんなにも血相を変えているのは。
しかし、俺はとても紳士的な男である。隙あらばたかいたかいだとか、
いくらいけ好かない幼馴染だとしても、そこを勝手に勘違いされて非難されることは許せなかった。
「ご飯まで作ってもらって、幸せそうで何よりよ。邪魔者の私は二度と来ないから」
「んな事言ってねぇだろ、人の話は最後まで聞け!」
「一体何を聞けって言うのよ!」
「あそこにいるのがどこぞの女じゃなくて、正真正銘血の繋がった妹ってことをだよ!」
「…………い、妹?」
頭から冷水をかけられたようにハッとした彼女は、奥からぺこりと頭を下げる早苗を見て落ち着きを取り戻してくれる。
初めからこう言えばよかったのだ。突然の事だったせいで無駄に遠回りしてしまった自分にも非があったな。
「ああ、妹の早苗だ。帰ってきたんだよ」
「そ、そうだったのね。本当にごめんなさい」
「いや、確かにお前には昨日のうちに伝えるべきだった。俺の方こそごめん」
「いいのよ、別に。それにしても妹なのよね。そっかそっか、取り乱しちゃって恥ずかしいわ……」
そう言いながら視線を逸らす希の微かに緩む口元が何を物語っているのかは分からないが、とりあえず誤解が解消されたようでよかった。
その結果に俺はホッとため息をついた後、彼女には少し待っていてもらって、朝食をササッと食べ終えてしまうのであった。
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