第5話 俺と妹
それが、『大人になると髪色が変わる人もいる』というもの。子供の時は黒色でも、大人になると金になったりするんだとか。
「季節によっても明るいブロンドだったり、黒に近い色になったりするんです」
「そうなのか、知らなかったな」
「なので、オーストラリアでは染髪に寛容で、私の通っていた学校では黒髪の生徒はほとんど居なかったんですよ」
「それで思い切って茶髪にしたと?」
「は、はぃ……」
「馴染むために染めたものの、俺に見せるのは恥ずかしくて隠していたと?」
「そ、その通りですぅ……」
この話を聞いた時、正直走り回りたいくらいにホッとしていた。だって、妹に嫌われたわけではなかったと知れたのだから。
「そんな心配しなくてよかったのに。だって、すごく似合ってるぞ?」
「本当ですか?!」
「ああ、びっくりするほど可愛い。まだ子供っぽさは抜けてないけどな」
「早苗は年齢で言うとまだ高一です! 子供でいてもいい歳ですよっ!」
「あはは、それもそうか」
子供だと言われて怒ったのか、人差し指でつんつんと脇腹をつついてくる早苗。
久しい妹との触れ合いに感動していた俺だったが、ふと思い返した先程のセリフに違和感を覚えた。
「年齢で言うとってどういうことだ?」
「んふふ♪ 私、学年ではお兄様より上ですから!」
「……え?」
「飛び級ですよ。中学校は普通に通いましたが、高校は丸々飛び級して大学も2年で十分な単位を習得してきました!」
「そ、そんなこと出来るのか?」
「私の脳を使って研究したのは政府の組織ですからね。きちんとテストを受け、十分な能力があると認められてのことなので問題はありません」
「な、なるほど……」
要するに、早苗は本来俺の一つ下であるはずが、実際には既に大学を卒業していると。
優秀であることは昔からわかっていたし、兄としても誇りではあったが……何となく置いていかれた気分になるな。
「でも、どうして帰って来れたんだ? まだ研究は終わりそうにないって言ってたろ」
「それが、今の状態では研究出来ないそうで……」
「何か問題でも起きたか?」
「はい。これを見て下さい」
そう言われて手渡された紙を確認してみると、それは早苗の面倒を見てくれていた博士からの手紙らしかった。
英語なのでほぼ読めないが、その内容を一言でまとめると早苗の呟いたこの言葉が最適だろう。
「お兄様のことで頭がいっぱいなんです!」
「……は?」
そう、早苗は10年以上我慢し続けた結果、大学を卒業して勉強から開放された途端に、何も手につかなくなってしまったのだ。
問題を解かせて脳波を確認しようとしても、紙に書かれるのも検知できるのも『兄』のことだけ。
運動をさせてリフレッシュしてもらおうとしても忘れるのはほんの一瞬だけで、立ち止まれば「お兄様に会いたい……」とばかり言う。
金曜日の夜のテンションの高さと言えば、研究者たちもドン引きするほどで、これでは研究がすすめられない。
なので、一度日本で俺と生活してもらい、気持ちを落ち着かせてから向こうに戻る……ということになったらしい。
「早苗、そんなに俺のことを……?」
「私はお兄様が大好きです!」
「そりゃ、俺も好きだよ」
「それは妹としてですか? 女の子としてですか?」
「……は?」
予想外の質問に思わずキョトンとしていると、早苗はグイッと距離を縮めて顔を近付けてきた。
真っ直ぐに見つめてくる瞳には俺しか映っておらず、心做しか息が荒いようにも感じる。
「早苗は離れている間に確信しました。毎週訪れるお兄様との通話だけが生き甲斐であると」
「それは大袈裟過ぎるだろ」
「いえ。研究者に囲まれ、白い部屋の中で数時間過ごす苦痛。それに耐えられたのは、お兄様との会話という楽しみがあったからです!」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……」
「早苗はお兄様を異性として愛しています!」
「なっ?!」
困惑する俺の両頬を手で包み、唇を突き出してくるのは間違いなく血の繋がった妹。
いくら長い間離れていたからと言って、それが変わることは永遠にない。
それでも、精神的な繋がりは変わってしまったらしい。兄妹愛から――――――――禁断の恋に。
「って、させれるかい!」
「んむっ……10年の間に法も改正されたはずです! 兄妹でも結婚して良いと!」
「なっとらんわ!」
この時、俺は確信した。これからしばらく続くであろうこの二人暮しは、自分にとってとても幸せで、苦労の耐えない日々になるだろうと。
「お兄様、昔のようなちゅーを望みます!」
「ほ、ほっぺなら……」
「唇で! 舌も絡めて下さい!」
「どこが昔のようなだ、馬鹿野郎!」
「いてっ……うぅ、痛みもお兄様ならご褒美です♪」
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