第4話 俺と幼馴染

 1週間の授業を乗り越えてようやく訪れた金曜日の放課後。今日は待ちに待った早苗さなえとの通話の日だ。

 俺がウキウキした気分で教室から出ようとしていると、背後からカバンの肩掛けを引っ張られた。

 何事かと思って振り返ってみれば、背後に立っていたのはのぞみ

 直感的に殴られると感じて目を閉じるも、10秒経っても20秒経っても何も起こらない。

 30秒して「何やってるのよ」と言われ、恐る恐る目を開けてみると、首を傾げている彼女の姿が見えた。


「ごめん、身の危険を感じてた」

「今から現実にしてやってもいいのよ?」

「すみません、この通りです」

「……まあ、いいわ。帰るわよ」

「え、一緒に?」

「たまにはいいじゃない、幼馴染なんだし」

「別に困ることは無いけどさ……」


 普段は別々に帰っているのに突然誘われれば、何か裏があるのではと疑ってしまうというもの。

 しかし、ニコニコと笑う彼女の顔を見る限り、どこにも裏があるようには思えなかった。

 希の言う通り、たまには特殊な日があってもいいのかもしれない。一応は昔からの付き合いだもんな。


「そうだな。一緒に帰るか」

「ふふ、初めからそう言えばいいのよ♪」

「なんだよ、気持ち悪いな」

「あ? どこからどう見ても可愛いでしょうが」

「ごへんらふぁい……」


 ドスの効いた声と睨みで脅しながら両頬を引っ張られ、思わず謝罪してしまう。

 こうやって支配してこようとするところが、何年の付き合いになろうとも苦手なのだ。


「反省したなら、コンビニスイーツ奢りなさいよね」

「……さては、初めからそれが狙いだったな?」

「それはどうかしら?」

「はぁ。お前には悪役令嬢がお似合いだよ」

「その世界線でも尻に敷いてやるから覚悟しときなさい」

「へいへい……って、別に敷かれてねぇだろ」

「反論したからもうひとスイーツ追加ね」

「……それは勘弁して下さい」


 結局、こちらの財布事情も考えずに奢らされることになったのだが、一口分けてくれただけで許してしまう自分の甘さに反省することになる俺であった。


「え、美味っ」

「でしょ? いつかあんたにも教えてあげようと思ってたのよ」

「さすが希様」

「次からは自分で買うのよ」

「はい! って、今回も俺が買ってんだよ!」

「分けてあげたのは私じゃない、文句ある?」


 ああ、やっぱり……俺はこいつが嫌いだ。腐れ縁ってやつは本当に恐ろしいぜ。


「……全くございません」

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「ただいまー」


 希の家に寄って今は長期出張中のおばさん……希の母親から送られてきたというお菓子を受け取った俺は、すぐ隣に並んでいる自宅へと帰った。

 インターホンを押しても誰も出ないので、自分で鍵をかけて入ると、家の奥から「おかえりなさい!」という返事が返ってくる。

 いつも聞いている母さんの声……のはずなのだが、やけに若々しい気がした。


「母さん、喉の調子でも悪―――――――」


 そう言いながら声の出処であるリビングに入ると、暗い部屋の中に佇む人影がぼんやりと見える。

 母さん……ではない。そう認識した途端、俺の頭の中には何年も毎週聞き続けてきた声が再生された。

 間違いない、先程の『おかえりなさい!』はずっと電話の向こうにいた彼女のものなのだ。


「お兄様、お久しぶりです!」

「早苗、お前なのか?」

「はいです!」

「いつの間に帰ってきたんだよ」

「つい先程……お父様に送っていただきました」

「父さん、帰ってきたのか?」

「私に鍵を渡すと、お母様と2度目の新婚旅行へ行かれました。今日から兄妹二人暮しとのことです」

「母さんまで?!」

「安心してください、早苗は家事も学んできました! なんでも出来ます!」

「そういうことじゃないんだが……」


 そこまで言いかけて、俺はやっぱり言葉を止めた。両親が息子をほったらかしにして娘を任せ、どこかへ行ってしまったことはこの際どうでもいいじゃないか。

 何年も会えなかった妹が、二度と会えないかもしれないと言われていた妹が、こうして目の前にいてくれるのだから。


「ところで、どうして暗くしてるんだ?」

「そ、それは私の見た目が……」

「何か怪我でもしたのか?!」

「ち、違っ……ま、まだ心の準備が……!」


 早苗が何かを言い終えるよりも早く、妹のことが心配で近くにあった電気のスイッチを押してしまう。

 カチッという音と共に照らされた室内。その中央に立っていた彼女は、前に見た時よりもずっと成長していて、想像よりも遥かに可愛くなっていた。

 そして。


「見ちゃダメです……こんな茶色い髪……」


 明るめの茶色に染めた髪を、モジモジとしながら必死に隠そうとしていたのである。


「お前、その頭って」

「変ですよね? その反応はおかしいんですよね?」

「いや、変なんかじゃ――――――」

「だから、似合う素敵な大人になるまでは顔を見せないようにしようとしていたんですよぉ……」


 この瞬間、俺の心の中でずっとモヤモヤとしていた悩みが、弾け飛ぶように解消されたことは言うまでもない。


「……茶髪を隠すため、だったのか?」

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