第1話 兄と悩み
とある金曜日の夜。いつも通り
「早苗、何か言いたいことがあるのか?」
『へっ?! ど、どうしてです……?』
「いつもより声が暗いし、話すスピードもゆっくりだからな。何か他に注意が向いてるんだろ」
『えっと、その、早苗は……』
「早苗は?」
「早苗は……!」
何度も言いかけてはやめ、また言いかけてはやめを繰り返す早苗。
余程言いづらいことなのだろう。そう察した俺は、お兄ちゃんなら何でも受け止めるぞと言う気持ちで心構えをしておく。
しかし、いざ勇気を出して言ってくれたのは、『早苗はお兄様の家でのお話をもっと聞きたいです……』という至って普通の話題だった。
「なんだ、そんなことだったのか」
『はい。教えてくれますか?』
「そりゃ、別に構わないけど……」
表面上は理解したように装っているが、心の中には何か隠し事をしているんじゃないかという不信感でいっぱいだ。
そして、顔を見せてくれないというかねてよりの悩みも合わされば、思考は自然と悪い方向へと進んでしまうもので―――――――――――。
「それ、男でも出来たんじゃないか?」
「頼むからやめてくれ! 俺だって薄々そうじゃないかって思ってるんだから!」
「小さい頃はビデオ通話してくれてたのに、中学生になってから突然だもんなぁ」
早苗がビデオ通話をしてくれないという相談を受け、「絶対男が理由だ、間違いない」と頷いているこの男は
中学からの友人で、裁縫、料理、洗濯、掃除、家事ならなんでもお手の物と女子力の高いやつだ。俺も何度か取れかけた制服のボタンを付け直してもらったことがある。
男同士でそういうことを口にしたことは無いが、こちらは彼を親友だと思っている。しかし、こういう相談事に関しては相手を間違えたとしか言いようが無かった。
何せ、こいつは平気で女子のバストサイズを聞いたりするほどに、デリカシーという言葉とは無縁の人間なのだから。
俺が自らの失敗に頭を抱えていると、話を聞いていたらしい人物が呆れたと言わんばかりの表情でこちらへと近づいてくる。
「はぁ。ほんと、凛は相変わらずシスコンよね。こんな美人の幼馴染がいるというのに、一体何が不満なのかしら」
「あのな、早苗は大人しくて可愛い女の子なんだ。野蛮で高飛車な
「なっ?! もういっぺん言ってみなさい、その前に両腕をへし折ってやるから!」
「ギブギブギブ! 本当に折れるって!」
「……ちっ、次は容赦しないから」
そう捨て台詞を吐いて去っていったのは、悪い意味で腐れ縁の幼馴染である
早苗がイギリスに行ったすぐ後に隣家へ引っ越してきたため、付き合いとしてはもう10年になる。
すぐに暴力を振るう上に見下して来るし、俺からすれば恐れるべき存在なのだが、顔だけは整っているおかげでよくモテるらしい。
以前、クラスの男子のみで行われた秘密の投票でも、彼女が圧倒的1位になっていた。みんな、一度殴られた方がいいな。
「でもな、凛。親友としてはっきり言ってやる」
「お、おう?」
「早苗ちゃんも女の子だ。いつかは好きな人が出来て、その人との電話を優先したくなる」
「ぐふっ……」
「だから、お前も今のうちに覚悟を―――――って凛? まだ話の半分も終わってないのに寝るなよ」
「た、タイム……体が持たん……」
「……はぁ。このシスコンっぷりじゃ、希ちゃんが文句言う気持ちも分かるな」
ゆっくりと遠ざかっていくため息だけが聞こえ、俺は真っ暗な世界の中で意識を失ってしまう。
その後のことはよく覚えていないが、目が覚めた時には保健室のベッドの上で横になっており、隣に上半身裸の暁が眠っていた。
「お、俺……まさか……?」
「安心しろ、凛と俺はそういう関係じゃない」
「じゃあ、どうして裸なんだよ」
「保健室のベッドに裸で入るなんて経験、今しか出来そうになかったからに決まってるだろ!」
「凛々しい顔で言うな、ド変態。せめて俺が寝てない時にしろよ、気持ち悪いな」
「下を脱がずにいただけありがたいと思え!」
「思えねぇよ!」
かなり疲れはしたものの、このくだらない会話のおかげで、今日一日は悩みを忘れて生活出来たことをここに記しておこうと思う。
なんだかんだ、少しは助けられたってわけだ。半裸野郎にお礼を言うつもりは無いけどな。
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