シスコンは突発性の病です
プル・メープル
プロローグ
高校2年生の
スクランブル交差点で見ず知らずのトラックを横転させるとか、遅くまで遊んでいる女の子に声をかけるとか、そういうお縄にかかりそうなことではない。
「もしもし、
『この声はお兄様ですね!』
「俺の携帯なんだから、そうに決まってるだろ?」
『えへへ、今週も話せて嬉しいです♪』
そう、離れて暮らしている妹と電話をすることだ。
少し余談になるが、俺の妹は昔から普通ではなかった。頭がおかしいという意味ではない、普通ではないほどに頭が良かったのである。
例を挙げるとすれば、早苗が3歳で俺が4歳の時のこと。彼女は何かを紙に書き込んでから、「にぃに、これ!」と見せてきた。
数字が並んでいることはわかるが、4歳の頭ではそれ以上のことは読み取れない。
ただ、自分も兄貴としての威厳を保ちたかったのだろう。何か分かるかと聞かれた時には、「ふっ、僕の人生には必要のない答えだ」と誤魔化した。
「にぃに、かっこいい……!」
理解出来ていないことを知ってか知らずしてか、早苗はキラキラとした瞳を向けてくれたが、最近になって見つかったその紙について調べて見たら円周率200桁だったことが判明。
それほどの天才であったからこそ、兄妹のお別れは早かった。5歳の時には父親と一緒にオーストラリアの研究所へと連れていかれてしまったから。
「にぃに、もう会えないの?」
「大丈夫だよ、大きくなったら会いに行くから」
「それじゃダメ。寂しいからたくさん電話して?」
「わかった。お兄ちゃんだから約束は守るよ」
「えへへ、それなら早苗も頑張るね!」
別に妹と離れ離れになること自体は、凛にとってそこまで悲しいことではなかった。
正直、離れるということが理解出来ていなかっただけではあるが、それでも泣いている妹を笑顔にしたいという気持ちは本物だ。
俺はその一心で電話をするという約束をしてから10年間、ほぼ欠かさずその習慣を続けている。
『そんなことがあったんですか? お兄様のお友達は面白いですね!』
「そうだろ? いつか早苗も会わせてやりたいな」
『早苗も会ってみたいです!』
こうしてお互いの学校であったこと、楽しかったこと、悲しかったことを教え合う。それが彼ら兄妹の毎週金曜日の楽しみだった。
だが、凛にはひとつ気がかりなことがある。この3、4年間、一度たりとも写真ですら早苗の顔を見ていないのだ。
もちろん声だけではなくビデオ通話をしたいとお願いしたこともあったが、いつもやんわりと断られてしまう。
そしてすぐに別の話に切りかえてしまうため、こちらは仕方ないと受け入れるしか無かった。
(もしかして、嫌われてるのか……?)
ついついそう思ってしまうこともある。何せ、会わない間に流れた年月は10年以上だ。もはや他人に近い存在となっている。
それに早苗はもう16歳、思春期真っ只中で十分兄離れの時期は過ぎていた。
こうして電話だけでもしてくれていることは、本来幸せに思うべきことで、多くを求めてしまう自分が良くないのだ。
それでも兄として、声から伝わってくる成長だけではやはり物足りない。大きくなったなと画面越しであろうと喜んであげたかった。
「それじゃあ、おやすみ」
『おやすみなさいです♪』
そんな願いが叶うことはなく、ピロン♪という音と共に終了してしまう通話。
凛は今日も見せてもらえなかったと落ち込む気持ちを何とか跳ね除け、耳に入れていたイヤホンを外す。
週末が終わればまた月曜から学校だ。そして金曜にはチャンスがやってくる。その日にまたチャレンジしてみよう。
そう心の中で呟きつつ、彼は部屋の電気を消してベッドへ潜るのだった。
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