第4話【アンナの噂話】

「それじゃあ、カイン君はアンナさんに一緒に一通り屋敷の中を説明してもらって」


 上級使用人の指示通り、俺より少し前に雇われたというアンナというメイドに連れられ、屋敷の中を見て回る。

 メイドとして屋敷に務めるのはここが二つ目だと言ったアンナは、俺の一回りほど年上だろうか。

 少しふくよかな身体を揺らしながら、愛嬌良く俺に説明をしてくれる。

 どうやらかなりの話好きのようだ。

 説明も要点をまとめて話せば、半分ほどの時間で済むだろう。


「こっちがお客様をお連れする庭園。あっちは旦那様方だけが使うプライベートな場所だから、間違えてはだめよ? なんでも、あるメイドが間違ってお客様をプライベートな方へお連れしてしまって、後で大目玉を食らったんですって。まさかその場で言うわけにもいかなかったでしょうから、お客様は知らずにお茶を楽しんでたそうだけど」

「なるほど。それは気を付けなくてはいけませんね。ところで、あちらに見える庭は?」


 アンナが説明してくれた色とりどりの花で飾られた庭園から離れた見えにくい場所に、先ほど双子の姉エラと出会った薬草園がある。

 俺はそれを指さした。

 すると、今まで陽気な顔を見せていたアンナが、あからさまに不機嫌そうな顔を見せながら愚痴でもこぼすような口調で説明を返す。


「ああ。あれはね。知っているでしょう? この屋敷には二人の娘が暮らしているって。一人はフレイア様。もうあなたも会った? 高貴なお方、というのはあの人のためにあるような言葉ね。そして私のような来たばかりのメイドにすらお優しいんですもの。見た目だけじゃなく、心も美しいだなんて」


 話始めたときの表情や口調が、フレイヤのことを話し始めた途端、慕う人を思い浮かべるような恍惚の表情へと変わった。

 いくら俺より早いとは言っても、ここへ来てからそれほど日数の経っていないアンナに、ここまで慕われるフレイアに内心驚く。


「ええ。会いましたよ。噂に聞いていた通り、お美しい方でしたね」


 美しい。

 これは俺の本心だ。

 見た目だけで言えば、フレイアは他の並み居る貴族の令嬢たちとは比類ない美しさを持っている。

 しかし俺が知りたいのは見た目よりのその内面だ。

 見栄えだけで伴侶を選ぶのであれば、稀代の彫刻家に作らせた彫像と結婚すればいいのだから。


「あなたが聞いていた噂がどんなものかは知らないけれど。噂以上、よ。フレイア様の美しさは、言葉ではとてもじゃないけど言い表せないもの」

「はぁ……あの。それで、あの庭はフレイア様のものなのですか?」


 俺がそう聞いた途端、アンナは血相を変えた。


「そんなわけないじゃない! あんな見た目の悪い草や、気味の悪い色の花が咲く庭がフレイア様のもんですか。あれはね。もう一人のこの屋敷の娘。エラ……様の庭よ。薬草だか何だか知らないけれど、趣味が悪いったらありゃしないわ!」


 フレイアを慕う感情とは逆に、エラはすでにアンナからの評判が芳しくないようだ。

 エラのことを呼び捨てにしそうになっていたが、さすがに俺の前ではまずいと、一呼吸遅れて様を付けたのだろう。

 ここでもすでに二人の評価があまりにも違っている。

 気になった俺は、少しアンナのことを突いてみることにした。


「薬草ですか。ではこの屋敷では薬作りをされているのですか? 事前に聞いた話にはありませんでしたが。それともエラ様のご趣味で?」

「そう! まったく妹があまりに優秀だからって、姉は人と深くかかわろうともせず、庭いじりなんてなさってるそうよ。趣味と言えば、エラ様はひどい趣味をお持ちだからあなたも気を付けなさいね」

「ひどい趣味ですか?」

「ええ! それはもう! 今日のことだけどね? エラ様に急に部屋に呼び出されたとも思ったら、なんだか長々と説明された薬草を庭から取って来いと言ったのよ」

「長々と説明ですか?」

「そう! 指定の薬草の色はどうだの、花の色や大きさ、形はどうだの。他に似たような奴があるけど、葉っぱの形が大きく違うだの。とにかく長かったわ。そんなもの、覚えられるはずがないでしょう?」


 屋敷の娘が使用人に向かって指示をすることにどんな問題があるというのだろうか。

 しかも長々と説明したというのは、聞く限りアンナが間違って他の薬草を取ってこないように、詳細を説明しただけのように見える。

 何かおかしな先入観が潜んでいるように見えてならない。


「でも! 私だって馬鹿じゃないわ。きちんと覚えて、庭に薬草を取り行こうとしたのよ? それが使用人としての仕事ですもの。仕方ないわ。でもね? エラ様の本当の狙いはそんなことじゃなかったのよ。私は庭に向かう途中にフレイア様にそれを教えていただいたから、エラ様の悪趣味から逃れられたけどね」

「話が見えてきませんね? フレイア様に教えてもらった、エラ様の悪趣味な狙いとは?」


 深く聞こうとする俺に、アンナは嫌そうな表情を見せながら、しかし嬉々とした口調で説明を続けた。

 エラのことは気に食わないが、誰かに話したくて仕方がないといった様子だ。


「フレイア様が教えてくださったの。エラ様は時々、メイドを呼びつけて庭に生えた何の役にも立たない薬草を取ってこさせるんですって。しかも、どんなに言われた通りの薬草を取ってきても、難癖を付けて、エラ様が飽きるまで、何度でも薬草を取りに行かせるそうよ。庭からエラ様のお部屋までだってそんなに近くはないもの。そんなことをされたら、身体も気も滅入っちゃうでしょうね。それを見て楽しむのがエラ様の趣味なのよ」


 フレイヤから聞いたとは言っているものの、まるで自分自身が目にしたかのように、エラの悪癖を信じ切ったような口ぶりでアンナは一気にまくしたてた。

 俺はさらにアンナに喋らせるため、質問を続ける。


「でも、アンナさんは実際に薬草を取りに行ったんですよね? いくらエラ様の狙いを知っていても、結局何度も取りに行かされるのでは?」

「うふふ。そうはならなかったのよ。どうやったか、分かる? これもフレイア様が教えてくださったの。とっておきの言葉をね」

「とっておきですか」

「私ね。真相を知ったから馬鹿らしくなって適当に目についた薬草を取って戻ったの。そしたら、エラ様ったら最初から言う言葉を決めていたみたいに、私が戻るなり受け取りもせずに『それは違うわ』だなんて言うのよ? 私、笑ってしまいそうになったけど必死でこらえたわ。それでね? 案の定、もう一度取ってこいだなんていうから、こう言ってやったの。『旦那様から別の用を頼まれてしまいました』ってね。それを聞いた時のエラ様の顔ったらなかったわ。おほほほほ」


 口に手を当てて笑うアンナを尻目に、俺はもっと入念に双子のことを調べないといけないと再認識した。

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