第3話【候補者二人】
「これは失礼しました。何分こちらに伺ったばかりでしたもので。お許しを」
みずぼらしい、という印象がぴったりの少女が俺の婚約者候補の一人、バジーレ侯爵家の双子の姉エラだと知って思わず驚いてしまったが、俺はすぐに平常心を取り戻し、深々と頭を下げる。
今まで人に頭を下げたことなど数えるほどしかないが、思ったほど深いでもないな。
数呼吸置いて下げた頭を戻すと、エラは少し複雑そうな顔で俺を見つめていた。
「どうされましたか?」
いくら新米とはいえ、自分の使える主人の娘を使用人と間違った俺に怒りを露わにしているのか?
だとしたらとんだ狭量さだ。
そもそも見た目というのはその人物がどういう格を持つのか示す尺度だ。
庭の近くでエラが着ているような、何度も洗いざらしたような服装をしていたら、誰も侯爵令嬢などと思う者はいまい。
そう思いながらも、あくまで今の俺は雇われたばかりの使用人でしかないのだから、エラの言葉を待つ。
どんな罵倒の言葉が出るのかと待ち構えていたら、エラから出た言葉は予想外のものだった。
「あなたは……今日来たばかりだと言ったわね? まだ誰からも私のことは聞いていないの?」
「申し訳ありませんが。どなたからも……」
俺が答えると、エラは一瞬期待を持つような表情を見せたが、すぐにまた難しい顔に戻る。
「そう。いいえ。なんでもないのよ。そしてごめんなさい。私、この庭の薬草を取りに来たの。あまり時間もないから、失礼するわね」
「かしこまりました」
俺の後ろにある庭に生えているのは、各種様々な薬草だ。
城で覚えさせられた知識の中に、薬草の知識もそれなりにあった。
遠征時など、万が一その場で薬となるものを調達しなければならない時の予備の知識としてだ。
そして、ここに生えているものは、効果が高いが人の手で育てることが難しいとされている薬草が多く生えている。
よほど優秀な庭師でも雇っているのだろう。
すくなくともバジーレ侯爵が薬草の栽培や薬の製造に精を出しているという情報は聞いたことがないが、ここに生えている量は個人利用にしては多すぎる。
婚約者候補を調べに来て、思いもよらず、他の秘め事の種を見つけたのかもしれない。
こっちは別途調べさせよう。
そう思いながら、俺は庭で屈みこむエラを後にし、屋敷の中へと向かった。
◇
「あら? あなた、新しい使用人? 可愛らしい顔しているじゃない?」
屋敷の中を歩いていると、若い女性に呼び止められた。
その声の持ち主を見て、俺は顔をしかめそうになり、すんでのところでとどめる。
声の主がこの屋敷の双子の娘の一人、フレイアだとすぐに分かった。
さっき庭で会ったばかりの姉のエラと同じような容姿をしていたからだ。
いや、正確に言えば何もかも違う。
本当に双子なのかと疑いたくなるほど、髪や肌の手入れも、着ている服も、そして漂ってくる匂いも。
何もかもがエラとフレイヤでは違っていた。
「初めまして。カインと申します。今日からこちらの屋敷で働かせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
俺はフレイアに向かって深々と頭を下げる。
すると、近寄ってきたフレイアは、俺の顎に手をかけ顔を上げた。
「ふーん? カインね。覚えておくわ。私はフレイア。この屋敷の娘の一人よ。もう一人、エラというのがいるけれど、知っているかしら?」
「ええ。先ほどお会いしました。フレイア様とエラ様は双子でいらっしゃるのですよね」
俺の言葉に、フレイアは何故か少し笑った。
「そう。もうエラには会ったのね。ところで……エラは少し、いいえかなりの変わり者でね? 色々と使用人に無理難題を言うのが趣味なの。困ったことがあったら、すぐに私に言いなさい。何とかしてあげるから」
「はぁ……分かりました。ありがとうございます」
そう答えると、フレイアは満足そうにゆっくりとした足取りで、俺の横を通り過ぎる。
花から作られた香水の匂いが、妙に俺の鼻を衝いた。
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