第2話【双子の令嬢、エラ】☆

「はぁ……」


 まだそこまで長くない人生で、何度目か数えきれないほどのため息のひとつをまた吐き出した。

 原因は先ほどの、新しく入ったばかりの年配のメイドとのやり取りだ。

 庭に植えている薬草のひとつを取ってきてほしいと頼んだのだが……


『はぁ……かしこまりました』


 いくつもある薬草のうち、必要なものを間違えないように。

 できるだけ分かりやすく詳細に、薬草の見た目を伝えた後の返事は、言葉とは裏腹に反発の意思が見え隠れしていた。

 さらにはすでに他の使用人に何かを吹き込まれていたのか、私を非難するように続いた言葉。


『皆さんが言う通り、お嬢様はたいそう面倒くさがりなのですね。そんなに大切なものでしたら、人に頼まずご自身でお摘みになられればよろしいのに』


 私が間違えないようにと詳しく説明したのを、面倒なことだと取られてしまったようだ。

 言われなくても自分で行ける時は、自ら取りに行くけれど、今は手が離せないのだ。

 それに、私が普段手入れをしている薬草たちは、分かりやすいように区画ごとに分けて植えている。

 素人でも目的の薬草を見つけるのに苦労はしないはずだ。


「はぁ……なんでどれも裏目に出ちゃうんだろう……妹のフレイアが羨ましいわ……」


 つい漏らした言葉に、私は首を振る。

 双子の妹として生まれたフレイアは、私とは正反対に両親だけでなく使用人からも愛されている。

 だけど、そんな彼女を妬むようになんて。


「持ってまいりました」


 薬草を取りに行ったメイドが戻ってきた。

 手に無造作に握られた薬草の束を見て、私は思わず眉根を寄せてしまう。


「ありがとう。でも、それは違うわ」


 どうやって間違ったのか分からないほど、メイドが持ち帰った薬草は、私の説明したものと色も形も違っていた。

 私の説明をきちんと聞いていたのか不思議なほどだ。

 しかし、メイドは非を認めるどころか、ため息を吐いただけだった。


「申し訳ないけれど、もう一度取りに行ってくれる? 説明ももう一度必要かしら?」

「いえ。大変申し訳ありませんが、先ほど旦那様から別の用を頼まれてしまいましたので。これで失礼させていただきます。こちらは捨てておきますね」


 そう言うとメイドは私の返事も待たずに部屋を出ていってしまった。

 彼女が間違って抜いた薬草は育てるのがとても大変で、今使わなくてもそのうち使えたというのに 。


「はぁ……仕方がないわ……いずれにしてももうこれはダメね。自分で取りに行きましょう」


 私は目の前で作っていた薬を処分し、薬草を取りに行く支度を始めた。

 それにしても、必要な分の薬草は揃えておいたのに。

 まさか勝手に捨てられるは思いもよらなかった。

 今後は鍵のかかる場所に保管しないと。

 部屋を出て庭へと向かう最中、声をかけられた。


「あら。お姉様。また庭いじり?」


 ピンクブロンドの柔らかで豊かな長い髪と、宝石のように煌めく藍色の瞳を持つ女性、妹のフレイア。

 双子で私と同じ顔をしているはずなのに、鏡で見る私の顔とはまるで違って見えるから不思議だ。


「ええ。薬草を取りに」


 私の返事にフレイアは姉の私ですらときめくような微笑みを作る。


「そう。そういえば、お父様がまた愚痴を仰ってたわ。庭いじりなどしていないで、もっと社交界に顔を出せですって。もちろん私がぴしゃりと言ってあげたから安心してね?」

「ありがとう。フレイア。あなたと違って、私はそういうところが苦手だって、お父様はどうして分かってくださらないのかしら」


 フレイアと別れ庭につくと、見知らぬ若い男性が立っていた。

 新しい使用人だろうか。

 ここ最近、数名の使用人が突然暇乞いを出し、新しく雇うと話を聞いている。


「こんにちは。この屋敷の方ですよね? 今日から一緒に働かせていただくことになったカインと言います。よろしく」


 私に気付いた男性は、爽やかな笑顔で話しかけてきた。

 やはり新しい使用人のようだ。

 ただ、私の格好を見て、少し勘違いをしてしまったらしい。


「ごきげんよう。初めまして。カイン。これからよろしく頼むわ。ただ、一緒に働くことはないかしら。私の名はエラ。エラ・マリア・ドゥ・バジーレ。この家の娘なの」


 私の言葉にカインは心底驚いたような顔をしていた。

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