双子の侯爵令嬢の見習い執事は王太子
黄舞@9/5新作発売
第1話【見習い執事は王太子】
「どうされたのです? カルザード様。そんな難しい顔をされて」
声をかけてきた男に目を向ける。
アッシュブロンドの豊かな髪と透き通るような明るい銀眼。
まるで鏡を見ているみたい俺にそっくりだ。
そんな当たり前のことを思いながら、サイルーン王国の王太子である俺の影武者、アベルに向かって心の内を吐露する。
幼いころからまさに双子のように育ってきた、俺が唯一心を許せる相手といっても過言ではない。
「アベル。お前だってうすうす気が付いているんだろう? 俺の悩みが何なのかなんて。例の書状の件だ」
「カルザード様がのらりくらりしているから、こうなったのではないですか。ある意味、自業自得です」
「そうはいってもなぁ。親父があんな約束を、わざわざ書面にまで残してまで作っているとは、誰が想像できた?」
「そうですね……私の存じ上げている国王様からは、少し想像が難しいかと。しかし、間違いなく本物だという決着はついているのでしょう?」
アベルはまるで俺の思考の先を面白いようについてくる。
見た目だけではなく、趣味趣向すら俺に合わせるようにと育てられた結果、ある意味俺以上に俺を良く知る人物になってしまっている。
しかも自分では思ってても口にしにくい「自業自得」だとか「書状は本物だ」だとか、痛いところを的確に付いてくる。
「ああ。それで、アベルはどう思う? 俺の婚約者候補の二人。バジーレ侯爵の双子の令嬢、エラとフレイアだが……」
「そうですね……姉のエラはご存じの通りその身分の割に社交界などにもあまり姿を見せていないようなので、情報が乏しいですが、たまに聞こえてくる噂は醜聞のみ。一方の妹フレイアは、社交界でも一目置かれている存在で、華やかな話ばかり流れています」
「そうなんだよなぁ。バジーレ侯爵家と言えば、それなりの有力貴族だ。しかも双子だぞ? それなのに何故ここまで耳にする内容に差があるんだ。おかしいだろう」
外から入ってくる情報だけを考えるならば妹のフレイアを選ぶのが正解だろう。
そもそも、この二人からしか婚約者という大事な役割を選べない状況に腹が立つ。
アベルの言うように、今まで再三婚約者を決めろと言われ続けてきたのに、のらりくらりと躱してきた結果がこれだ。
今でも信じがたいが、俺が成人になるまで、つまりあと三ヶ月までに婚約者を選んでいない場合、バジーレ侯爵家の令嬢を婚約者にするという約束を父である国王とバジーレ侯爵が結んだというのだ。
父の事の真相の説明と、撤回を求めて今すぐにでも直訴に向かいたいが、残念なことに当の本人は流行り病に伏せ、王太子である俺ですら会うこともままならない。
「そんなに二人から選ぶのがお嫌なら、さっさと誰か別の方を婚約者に向かえればいいだけの話ではないですか」
「馬鹿野郎。そんな候補がいたら、今頃悩んでいるわけないのはアベルも分かっているだろう? あと三ヶ月しかないんだぞ? 到底見つかるとは思えん」
「城で舞踏会を連日行えばよろしいのでは? 気になる方がいらっしゃいましたら、その方を選べばよろしいのです。一度に百人ほど集めれば、三ヶ月で延べ一万人ほど。国のあらかたの年頃の女性と見ることができるかと」
「お前……分かっててからかっているだろう? そんなこと、俺の身体が持たんわ! それに、たった一晩の舞踏会で選べるわけなかろう。まったく。他人事のように適当なことをさっきから述べやがって」
「実際他人事ですから」
影武者であるアベルは俺が死ぬまで今の生活を変えることはないだろうから、俺の伴侶となる人間とも俺の代わりに過ごすこともあるはずなのだから、他人事ではないはずなのだがな。
まぁ、こうして俺といるときはアベル個人として振舞ってくれるが、影武者として表にいる際はまるで別人格のようだとアベルも言っていた。
俺の婚約者がどんな女性であれ、俺が接するのと同じように接するだけなことを考えれば、他人事か。
「ということで、現実的にはバジーレ侯爵家の双子のどちらかを選ばなければならないと思うのだが。どっちを選ぶかを悩んでいるのだ」
「カルザード様が悩んでいるのは他人の評判が信用できないからなのでしょう? ならば、ご自身の目でお確かめになられたらよろしいではないですか。幸い、二人の人物を見極めるだけなら、三ヶ月という期間は十分すぎるほどですから」
アベルが放ったその一言に、俺はあることを思いついた。
どうせ見るなら、できるだけ近くで。
さらに長い付き合いになることを考えるならば、偽らぬ本性を見た方がいい。
そのためにはこの肩書が少々邪魔に思えた。
「いいことを考えたぞ。アベル。命令だ。これから言うことを全て早急に準備せよ」
「はぁ……カルザード様の思いつく
一言嫌味を放ってから、アベルは俺の指示通りに的確に準備を進めた。
俺がしばらく王城を留守にすることも珍しいことではないため、大きな問題は起きないだろう。
三ヶ月という期間ともなると、今回が初だが。
こうして、考えうる準備を全て整えた俺は、満面の笑みを浮かべ婚約者候補がいるバジーレ侯爵家の門を叩いた。
中で迎えてくれたのは、執事長だという白髪の老人セバスだった。
「
「はい。よろしくお願いします」
俺はこれから三ヶ月、このバジーレ侯爵家で執事見習いとして雇われるのだ。
もちろんバジーレ侯爵も含め、この家の者誰一人として、俺の正体を知らないまま。
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