十三口目 再会⁉

 そこは何の変哲もない骨董屋アンティークショップであった。

 だが、ねっとりと絡み付くような感覚は確かにこの店の前で爆発的に増した。まるで俺を誘うように。


 暑くもないのに、一筋ひとすじの汗が額を駆けた。

 息苦しさを覚えつつも恐る恐る店内の様子をうかがってみるが、そこには誰もいない。閑散かんさんとし過ぎていて不気味なくらいだ。


「……気のせいだったかな?」


 不幸が重なっていたので、おのずと悪いことに焦点を合わせていたのかもしれない。いささか考え過ぎたのだろう。


 完全に納得したわけではないがこれ以上ここにいるべきではないと判断し、俺は急いで立ち去ろうとした。

 しかしそこで、俺の視線が何かを捕らえた。立ち止まり、店の脇に置かれた廃棄箱に近付いてみる。


「……何だこれ?」


 中を覗き込むと、そこには無造作に捨てられた黒い物体、正確には黒く焦げついた指輪の石座のような物があった。宝石はめられていない。

 無視してさっさと立ち去ることもできたのだが、少しばかり気になってしまった俺は恐る恐る謎の物体にを伸ばした。


 そして指先が触れると同時――突如として謎の物体から黒い閃光が溢れ出した。


「……なっ!?」


 反射的に目をつむる。

 その怪光は数秒のうちに収まったものの、再び目を開けた瞬間、俺は異変に気が付いた。

 そう、先刻さっきまで箱の中にあったゴミ同然の物体が、物の見事に姿を消したのである。


「えっ……いや、は?」


 はとがグレネードランチャーを食ったような顔をする俺。

 しかし状況を整理する間もなく、好奇心に駆られた野次馬達がぞろぞろと集まってきた。更には騒ぎを聞きつけた骨董屋の主人も現れて、


「てめえ、うちの店で何してやがる!」


 男は俺の姿を認めると、人混みをき分けてほとんど突進するように詰め寄ってきた。


「こん畜生め、さっさと盗んだモンを出しやがれ!」

 

 泥棒だと勘違いしたのだろう。額に青筋を立てた男は、俺の翼を力任せに引っ張った。

 それが濡れぎぬであるのは持って全くもって明らかだが、異なる種族がゆえ、釈明しようにも話どころか言葉も通じないだろう。


「痛い痛い痛いっ、ちょ、離せって!」


 俺は、ただ鳴き叫ぶことしかできなかったのだが……、


「「「――⁉」」」


 観衆が何か信じられないものを見たような目で俺を見ていた。

 骨董屋の店主に至っては、あんぐり口を開けたままその場にへたり込んでしまった。 腰が抜けたらしい。


「じゃあなっ!」


 理由はわからないけれど今がチャンスだ。身がすくんで動けないでいる人の間をって走り、俺は急いで路地裏へと逃げ込んだ。


「……ふぅ。追ってくる気配はないし、とりあえず大丈夫そうだな」


 けれど、いったい何が起こったというのだろう。

 鶏の威嚇に群衆の動きを止めるほどの力があるとは思えないため、彼らの反応の真意がどこにあるのか分からなかった。それに何より、あの黒い物体はどこへ消えてしまったのか。


「不思議なことばかり起こるけれど、ひとまず結果オーライってことで良いかな~」


 考えれば考えるほど複雑に絡み合った糸のようにこんがらがってしまいそうなので、今はここまで生き延びられたことを喜ぶことにする。

 だが、この世の七不思議に数えてもいいくらい悪い出来事というのは連続的に起こってしまうわけで。俺の災難もまた終わりを知らなかったのだ。


「うぅ……どこにもいないじゃんかぁ~」

「だ、大丈夫だって。そこそこデカかったしよ、あんなのすぐに見つかるさ……なあ、フリック?」

「ええ。それに他に欲しがるような人もいないでしょうしねー」


 聞き覚えのある語尾の緩いアルトボイスと、それに続く二人の男の声。

 顔を出して確かめるのが難しいので、俺は物陰に身を潜め、その隙間から様子を窺うことにした。


「お風呂にも入りたいよぉ~……」

「だから、そういうのは仕事のあとだって言ってんだろ」

「あーグラウルさんがいじめてまーす」

「はあっ!?」

「うぅ……ぐすんっ」

「いや、ちがっ……あ、あのなシエラ、今のはそういう意味じゃなくてだな――」


 他愛のない会話を交わしながら、黒色のローブを着た三人組が通過した。

 間違いない、やはりあの時の盗賊集団だ。


「うげっ……何であいつらがこの街にいるんだよ……」


 トラックの爆破直後に空を飛んで……いや、飛ばされていた俺は、盗賊集団〈風時の踊子セニャベント〉の三人が自分を探していることを知らなかったのである。

 そのため、ここで彼らと再び邂逅かいこうすることもまた不運な出来事の一つだろうと考えた。


 だが、幸いにもこちらの存在には気付いていないようなので、俺は彼らの声が完全に聞こえなくなったのを確認してから一つ隣の通りに向かうことにした。


 エペロード国際市場――〈マギナル〉の旧メインストリート。


 開通を記念するモニュメントや立て看板に書かれた説明によると、以前はこの〈エペロード国際市場〉でさかんに交易が行われていたとのこと。

 ところが近年、より港に近い〈バゲットアベニュー国際市場〉が増設されたため、現在は静かな商店街と化しているようだ。


 確かに。不潔さやきたならしさは感じられないものの、先程の通りと比べると明らかに活気がない。朝だというのに人もまばらで、開店すらしていない店が幾つも見られた。


「……なんだかちょっと懐かしいな」


 思い出したのは故郷ふるさとの景色。高層ビルが立ち並ぶわけでもなく、田畑が無限に広がるわけでもない、少し都会寄りの何とも中途半端な街。そこの商店街もまた、非常にどっちつかずな状態であった。


 時代の流れによる価値観の変化なのか、商店街を利用する若者は減少する一方で、誰が買うかもわからない商品ばかりが陳列していたのをおぼえている。


 それでもまあ、大型スーパーやデパートといったものが建てられる心配はなかったため、少なくとも主婦層の人気だけは保っていたのではなかろうか。自治体の金銭不足に救われたな。


「って、あれ? この匂いは――」


 散策を続けていると、風に乗って美味しそうな香りがただよってきた。よく知っている、嗅覚を刺激し食欲を誘う魅惑の料理。


「ははっ。何だよお前……この世界にもいたのかよ」


 精肉店のガラスケースにゴロッと並んだ茶色い物体。それはかつて俺が毎日のように触れ合ってきた旧知の仲、鶏の唐揚げによく似た食べ物であった。

 目頭が熱くなり、説明のできない感情のかたまりが、胸の奥から込み上げてくる。俺の身体は自然とガラスケースに引き寄せられていた。


「……あれ? そういえば、唐揚げ関連で一波乱あったような……」


 この世界に転生した時にも感じた違和感。意識の隅に引っかかる性質たちの悪い記憶の欠片かけら


 それは俺にとって、とても大切なモノであるように感じられた。

 何かヒントが得られるのではないかと、唐揚げに似た異世界の食べ物を食い入るように見つめた、その時。


「――なら、勝手にすればいいじゃない!」


 ガタンと店の扉が開いて、中から綺麗なお姉さんが飛び出してきた。

 黒のミディアムショートにスカートスーツ。年齢は二十代前半といったところか。すれ違いざまに目が合ったが、お姉さんは無言のままどこかへ走り去っていった。


「な、何だったんだ……?」


 俺が呆気に取られていると、店の奥から髭を生やしたミスターが登場。エプロンを身に着けているので、彼がこの料理を作ったに違いない。


「ったく、何だってんだ……ん? おい、何見てんだよ」


 俺の存在に気付くと物凄い形相ぎょうそうで睨み付けてきた。

 実際は本人にその気がないのかもしれないけれど、元が強面こわもてなだけあって、視線だけで人を殺せそうである。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ、ごめんなさあぁぁぁぁぁぁぁああい!」


 俺は何とも情けない声を上げ、ほとんど逃げるようにしてその場を離れるのであった。

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