十一口目 脱出⁉
かろうじて少女に内心でツッコミを入れるが、この状態を維持し続けるのはもう限界だった。
まるで何かが魂の内側から湧き出してくるような感覚があり、自分でもよくわからないけれど、これ以上は色々な意味でアウトだと思う。
俺としては宝石を奪われる事は別に問題ないが、命を奪われるのだけはマジ勘弁。どうにかこの危機を脱せねばならないのだが……。
「いい加減にしろ!」
怒鳴り声を上げた男が、少女から俺を強引に取り上げた。
「あ……ちょっと、返してよ~っ!」
「ダメだ。こいつも
「そんなの知らないっ! とにかく、それはアタシのぬいぐるみなんだから~っ!」
男から俺を奪い返そうと、少女は必死に手を伸ばす。
だが、両者のガタイには圧倒的な差があり、頭を押し返された少女の両手は
それにしたって、流石にぬいぐるみはないだろ……。
現在の体重を把握しているわけではないが、少なくとも平均的な鶏の体重くらいはあると思う。普通は持ち上げた時点で気付きそうなものだが。
「あのー。さっきから何してるんですかー?」
よっぽど騒がしかったのか、外にいた少年までもが車内の様子を見にきた。
「それがよお。なんか、こいつがこの変なぬいぐるみが欲しいんだとよ」
痛い痛い痛い……っ!
男に
「あー。確かに、こういう変な物を集めるの好きですもんねー」
「よく
「なっ……ヘンってなんだよ、ヘンって! 触り心地だっていいし、このフォルムとか最高に可愛いじゃんか~っ!」
自分の趣味を否定されてキレる少女は、男性陣に俺(ぬいぐるみ)の魅力を熱弁した。
正直、俺自身も間抜けな容姿だと思っているのだが、こうして女の子に可愛いと言われるのは悪い気がしない。少しは自信を持っても良いのだろうか。
「ふんっ。アタシは可愛いと思うから、それでいいしっ!」
「よかったですねー」
「うがああああああああああっ!」
少年に軽くいなされた少女が
「だいたい、どうしてここにいるわけ? あんたは外で見張ってる役なんだから、中に入ってきちゃダメだろ~!」
「だって誰もいないんですもーん。ただ立ってるだけなんてつまらないじゃないですかー」
「それがあんたの仕事でしょっ! それに、そんなに暇なら今すぐこの荷物をどうにかしなさい……って、あれ?」
コンテナの中をぐるっと見回し、少女は目をぱちぱちさせた。
「おお! 相変わらず仕事が早いな」
「まあ暇だったんでー」
「ああもうっ! ほんっっっとに、むかつくぅぅぅぅう〜っ!」
男は感心し、少年は頭の後ろで手を組み、少女は悔しそうに地団駄を踏む。
それは彼らにとって当然の出来事。何気ない日常の一コマだ。
そんな中で、ただひとり、目の前の状況が理解できていない者がいた――勿論、俺だ。
異世界転生を経験した以上、大抵のことならすんなりと受け入れることができると思っていたのだが、どうやら人間はそう簡単には変わらないらしい。
しかし、だ。俺が驚いたのは無理もない事だと思うのだ。
何故なら大型トラックのコンテナいっぱいに積んであった大量の木箱が、一瞬のうちに、この空間から一つ残らず姿を消したのである。まるで
「よし。ならとっととズラかるとしますか。 ……ほら、行くぞ二人とも」
俺に
「いいからアタシのぬいぐるみ返せよ~っ!」
「子供みたいですよねー」
「むきぃ〜っ!」
「お前らなぁ……」
世話が焼ける少年少女を部下に持ち、頭を抱えるリーダー格の男。
このままこうしていても仕方がないと思ったのか、男は「仕方ねえな」と言って少女にぬいぐるみを預けると、コンテナから無造作に飛び降りた。
――刹那。
ズドォォォォォオオォン!
凄まじい轟音と共にトラックが大爆発した。
爆風に次ぐ爆風、高熱を伴った
立ち込める煙の中で
「何よも~せっかくシャワー浴びたのに~っ!」
「だから仕事前に浴びても意味ねえって言ってんだろ」
「いくら言っても無駄ですよー」
現れたのは、先程の盗賊集団。
爆風の影響でフードが脱げているが、誰一人として負傷した様子はない。
それどころか、あれほどの爆発に巻き込まれたにもかかわらず、彼らは依然として平常時と変わらないやり取りを続けていた。
「そもそもフリックがちゃんと見張ってなかったから、アタシ達がこんな目に遭うんだろ~っ!」
若紫色のツインテールを上下に揺らし、シエラ・ブルーベルは緑髪の少年に殴りかかった。
「やめてくださーい。それに、シエラさんが変なぬいぐるみで遊んでいた
その少年――フリック・メラミントは後ろに跳び
「黙れこのクソガキぃ~っ!」
「僕がクソガキなら、シエラさんはアホガキですかねー」
「なな、何だとぉ!? ……ああもう、
「いやでーす」
「うがあぁぁぁぁああっっっ! 今日こそは絶対に許さないかんな~っ!」
「あ、やば――」
そして、そのうちの一発が彼を
「そこまでだ、シエラ」
「……くっ!」
間一髪。フリックの顔面すれすれで、筋肉質な
グラウル・ロックス。盗賊集団〈
「いいから、少しは落ち着け」
「離せよ~っ!」
シエラは手を捻って必死に抵抗するが、右手を掴むグラウルの手に力がこもり、どうしても振り
「あー危なかったー」
「フリック、お前もだ。こいつを挑発するような真似はよせ」
「……はーい」
グラウルに鋭く
「はぁ、どうしてこうも仲が悪いんかねえ」
ため息をつくと同時に、がっくりと肩を落とすグラウル。
シエラとフリックは事あるごとに喧嘩を始めるため、グラウルは上司というよりも保護者のような存在なのである。
「ていうか、どうしてこんなヤツを仲間に入れたんだよ~っ!」
シエラはフリックを指差しながら、未だ拘束されたままの腕をブンブンと振った。
しかし、解けない。
「文句があるなら団長に言ってくれ……」
「あいつに言ったって無駄だろ~っ!」
「何を考えているのか分かりませんよねー」
まるで他人事のように、やれやれと首を振るフリック。
彼らの団長は相当な気分屋のようで、その場のノリで物事を判断することが多々あるらしい。
その結果、ナンバースリーであるグラウルでさえ、団長の思惑どころか所在すら把握できていないという有様である。
「確かにまあ今回の仕事も急だったしな。もう少し情報共有をしっかりしてもらえると助かるんだがな……」
日々の骨を
すると――
「あ、あれっ?」
隙を突いてグラウルの拘束から抜け出したシエラは、きょろきょろと辺りを見回した。
「……ない」
「ん? 今度はどうした?」
「な、ないんだよ~っ!」
シエラはその
「アタシの……アタシのぬいぐるみが、どこにもないんだよお~っ! ううぅ……うわぁぁぁああんっ!」
遂には泣き出してしまった。
「お、おい。だからって泣くことはねえだろ⁉」
まさかの反応に
「――お前、さっき自分でぶん投げてなかったか?」
「へ?」
シエラはきょとんとした顔で首を傾げる。
「爆発の直前にあの変なぬいぐるみを渡してやっただろ? 咄嗟の事で驚いたんだろうけど、トラックを脱出する時に放り投げてんのを見たぞ」
「えぇ⁉」
「あ、僕も見ましたー。物凄い勢いで街の方に飛んでいきましたよねー。流石シエラさーん、相変わらずの馬鹿力ですねー」
「そ、そんなぁ……」
シエラは泣くのを止めたものの、二人の証言によって更に落ち込んでしまった。
「い、一緒に探してやるからよ、そんな悲しい顔すんなって! ……な、なあ、フリック?」
グラウルは助けを求めるように目配せをした。が、
「……」
「嫌なんかい!」
露骨に不満気な顔をするフリックに、グラウルのツッコミが炸裂する。
「ううっ……」
そんな掛け合いを見たシエラの瞳から、再び大粒の
「わ、分かりましたよー。僕もちゃんと探しますからー!」
そんなシエラの姿を見たフリックが、珍しく慌てふためいた。身振り手振りを交えて、彼女を落ち着かせようと試みる。
「一緒に頑張りましょう?」
「ほ、ほんとぉ? ……ぐすんっ」
「本当ですから、もう泣かないで下さい。ね?」
「うんっ……ありがとぉ……」
フリックの説得を受け入れたシエラは、服の袖でごしごしと涙を
「よかったな、シエラ。それに何だよ、フリックも案外良いところあるじゃねえか!」
二人のやり取りを
「あーもう……調子狂うなー」
「そう照れんなって。それじゃあ、皆んなでシエラのぬいぐるみを探しにいくとすっか!」
ワシャワシャとフリックの頭を
「ぅう……待っててね、アタシのぬいぐるみいぃぃぃいい!」
シエラの叫びが森中に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます