十口目 盗賊⁉

 トラックのコンテナに積まれたいくつもの木箱。その間に生まれた僅かな隙間に、俺は身を隠していた。


 中途半端に舗装ほそうされた道路にある凹凸のおかげで歯がガタガタと揺れ、口ずさんでいたCMソングがいびつなメロディーを奏でている。


「……案外どうにかなるもんだな」


 約三時間前の出来事を振り返り、俺はいささか呆気にとられていた。


 あの後――鶏と別れた俺は例のトラックに忍び込もうとしたのだが、コンテナ周辺では二人の作業員が荷積みを行っている真っ最中であった。

 そこで悩みに悩んだ末、どうにかこうにかトラックの下へと潜り込むことには成功したのである。


 そう、ここまでは何の問題もなかった。


 あとは男達が目を離した隙にコンテナ内部に侵入すればいいだけ、そう思った矢先、あろうことか車体に頭をぶつけてしまったのだ。ガゴンッという衝突音のおまけ付きでな。

 無論、すぐ側にいた作業員がその音を聞き逃すはずもなく、不思議に思った彼らはトラックの下を覗き込もうとした。万事休す、絶体絶命の大ピンチである。


 だがその瞬間、どこからか作業員の男達を呼び止める声が聞こえてきた。

 おのずと彼らの意識と視線はそちらに誘導されたので、俺はトラックと地面の間から急いで飛び出し、予定通りコンテナへと侵入することに成功したのであった。


 ――以上、短い回想である。


「……あっ、そういえば、また名前を聞き忘れちゃったなあ」


 やってしまった。作業員の気をらしてくれた人物はともかく、恩人の名前を聞きそびれてしまうとは誠に残念至極なことである。


「……って、あれ? って何のことだ……?」


 思い出せない。

 大切な事を忘れているというか、記憶領域にぽっかりと穴が開いているような感覚。


 何かこう……白くてもろい、俺の運命を変えるような存在。それをもう少しで思い出せそうなのに、喉元で止まってしまって上手くいかない。


「ま、いいか。まずは無事に〈マギナル〉に辿り着かないと――」


 ドガァァァァァアアァン!


 突如、大地を揺らすような爆発音と共に、トラックが大きくかたむいた。


「ななな、な、何事だあっ⁉」


 あまりの衝撃に、俺の裏返った声が滑稽こっけいに響く。

 トラックの方はどうにか持ちこたえてくれたようで、甲高いブレーキ音を鳴らして停止した。


 しかし、ほっとしたのもつかの間。

 ガチャッという音をともなって、薄暗い空間に光が差し込んできた。


「おし、さっさと奪ってズラかるぞ」

「はーい」


 荷台の扉を開けたであろう男性の野太い声。

 それに続いて、軽い調子で答える少年の声が聞こえてきた。


「てかさ~。そもそもだけど、どうしてアタシ達がこんなメンドーなことしなきゃならないわけ~?」


 少し遅れてやってきた、少女の気怠けだるげなアルトボイス。

 彼女の発言をかんがみるに、どうやら三人の侵入者は仲間同士であるらしい。


「……っ」


 俺は息を殺しながら、木箱の陰からこっそり様子をうかがった。


 彼らは装飾がほどこされた黒いローブのようなものを頭から被っており、顔や体型を確認することはできない。だが、最初に現れた男性の発言によって、俺は早くもその正体を知ることとなった。


「どうしてって……」


 男は、気怠げな少女の方を振り向いて――


「そりゃあお前、俺達が盗賊だからに決まってんだろうが!」


 ……ととと、と、盗賊ぅ!?


 盗賊という現代社会では滅多に耳にしない単語ワードに、俺は思わず耳を疑った。しかも、ここで彼の言葉を信じるのであれば、たまたま乗り合わせたトラックが覆面盗人集団どろぼうに襲撃されたということになる。


 や、やっぱりついてねえぇぇぇええ!


 むしろここまで不幸なことが重なるのは、そうそうあることではない。ある意味ツイてる……いや、憑いてるのではなかろうか。


「でもさ~。いくら盗賊っても、こんなん下っ端の仕事じゃんか~」

「あ、それは僕も思いましたー」

「うるせえ、これも団長の命令なんだ。しのごの言ってねえで、さっさと自分達の仕事をすんだよ!」


 少女とそれに賛同する少年に、男は烈火のごとく叱咤しったした。


 彼らの具体的な関係性は分からないものの、恐らくこの男が上司的な立場にいることは間違いないであろう。現に男に注意された二人は、言われた通り木箱の中を物色し始めていた。


 ていうか、こいつらは何を奪いにきたのだろう……?


 ここにあるのは乱雑に積まれた大量の木箱なわけだが、問題はその中身。

 はっきり言って、お世辞にも金目の物がありそうな施設ではなかったし、このトラックが狙われる理由は皆目見当がつかない。


「――ねぇ。これでいいの~?」


 少女の手中で何かがキラリと光る。

 俺からは遠い上に暗くてよく見えなかったが、陽の光を吸収した物体は、真紅に輝く宝石のように思えた。


 ちょっと見えにくいな……。


 どうしてあんなものが運ばれているのだろうか、と俺が木箱の陰から身を乗り出した時だ。

 体重がかかった荷物が僅かに動き、床とれる音が響いた。


「……っ、そこに誰かいるのか⁉」


 物音に反応したリーダー格の男が、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


 うわあぁぁぁぁああ、やばいやばいやばいやばい……!


 全身の毛穴から汗がにじみ出てくる。

 たかが鶏一匹であれば見逃してくれるかもしれないという考えが浮かんだものの、三秒間の脳内会議の結果、それはすぐに却下された。


 他にこれといった解決策も思いつかずにその場にペタンとお尻を着く、非力な鶏こと俺。

 見えた未来は、生け捕りの後に山賊焼となった己の無慚むざんな姿であった。そして男は、遂に俺の元へと辿り着き――


「うわ……な、何だこいつ……」

「……?」


 予想と異なるリアクション。

 男は息を呑み、まるで未知の生命体にでも出会ったかのように固まっている。


「どったの~? 何か面白いものでも見つけちゃった感じ?」


 男の声を聞いた少女が興味を示したらしい。握っていた宝石を木箱に投げ入れると、足早にこちらに向かってくる。こ、今度こそ終わりだ……。


 俺は処刑が近いことを悟り、覚悟を決めてその瞬間を待った。が、


「ちょちょちょちょちょ、何これ何これ⁉ ちょ~可愛いんですけどぉ〜っ!?」


 少女は俺の身体を持ち上げると、ぎゅっと抱き締めた。

 ふよんっ。ふよよんっ。


「……⁉」


 顔面に押し付けられる、ほどよい弾力のある感触。

 初めて経験する少女の双丘の柔らかさに、俺は声をらしそうになった。


 ふにゅっ。ふにゃんっ。ふにょんっ。


 なだらかな曲線は少女の動きに合わせて形を変える。あまり大きいとはいえないものの、童貞には十分過ぎるくらいに刺激的だった。……心臓が破裂しそう。


 しかしそれにしても、男の悲しいさがとでも言うべきか、早く離してほしいと思いつつも、この感触をもう少し味わっていたいと思う自分がいた。相反する二つの感情の間で葛藤する。


 だが生憎あいにく、そんな心が少女に伝わるはずもなく、俺はされるがままに身体を撫で回された。


「ほら。この子、モチモチのナデナデのフカフカよっ!」


 ……ナデナデはお前次第だろ!

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