八口目 異世界⁉

 茶番を通じて親睦を深めた(?)俺達は、しばしの休息に身をゆだねていた。特に何をするわけでもなく、陽の当たる積み藁の上に並んで座り、ぼんやりと空ゆく雲を眺める。


 小屋の外には綺麗な芝生が広がっており、色彩豊かな果実が実った木々も見受けられる。それに、遠くから聞こえてくる牛の鳴き声や、風に乗って流れてくるガソリンと軽油の匂いは実に懐かしい。


 そんな網越しに見える世界は新鮮さの欠片もなく、まるで死んでいないと錯覚してしまうほどだった。


 ――ほんと、全て夢だったらどんなによかったか……って、あ〜、もうやめやめっ!


 過去を振り返るのはいいけれど、過去に追いすがるのは厳禁だ。こんなんじゃあいつまで経っても前になんか進めやしない。


「……よし」


 俺は何かを振り払うように、鶏の方へ向き直ると、ずっと気になっていたことを訊いてみることにした。


「あのさ。鶏のあんたに聞くのもなんだけど、ここが何処どこだか知っていたりするか?」

「……?」


 鶏はきょとんとした顔で首を傾げた。

 別におかしなことを言ったつもりはないのだが、何だか不安になってしまう。


「実はさ、目が覚めたらここにいたんだ。だから自分が今どこにいるのか把握できていないんだよ」

「……?」


 補足するようにそう言ってみたのだけれど、なおも鶏は不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


「……ああそうか! ここが日本であるとは限らないのか。えーっと、日本っていうのは俺が生まれた国の名前で四方を海で囲まれた――」

「〈アンファルガル〉」

「へ?」

「だからここの名前よん。……知りたかったんでしょう?」


 あんふぁるがる? 何処の国だ?


 説明をさえぎった鶏の口から飛び出したのは、初めて耳にする単語であった。

 学生時代の地理の知識を喚起かんきしたが、どうもピンとこない。


「あー……それは街の名前でいいのか?」

「いいえ。〈アンファルガル〉は〈ぺスカール〉って街の外れにある複合施設の名前よん」

「ぺスカール……」


 その響きを舌の上で転がしてみても、俺の期待したような味がすることはなかった。

 つまり、分からん。


「疑うようで申し訳ないが、確かに実在する街なんだよな?」

「当たり前じゃない。こんなことで嘘をいたって何の得もないわよ」

「……まあ、そうか」

「本当に変な坊やねん。この世界のことをまるで知らないみたいな口振りだわん」


 鶏は小さくため息をつき、続ける。


「容姿は勿論だけれど、突然走り出したり叫んだり、言ってることもやってることもず〜っと不思議よん。この世界には日本なんて国は


 ……え? 今、何て言ったんだ?


 俺の聞き間違いでなければ、この鶏はとんでもないことを言った。知らないのではなく、日本という国そのものが存在していないと断言したのだ。

 尋常ではない不吉な胸騒ぎが、全身を駆け巡る。


「あ、あの、更に可笑おかしなことを聞くようだけど、俺が今いるのって、地球……か?」


 息を呑み、返答を待つ。

 が、俺のイヤな予感は不幸にも的中することとなった。


「どこまでが本気なのか分からないけど、ここは〈プリセフィナ〉」


 ――世界の傷を癒しけがれを浄化する調和と均衡きんこうの世界


 鶏は真面目な顔でそう言った。


「プリセフィナ……か」


 世界の傷を癒すとか調和がどうだとか、俺は鶏の言葉を聞いてもいまいちピンとこなかった。

 が、それでも、無知な俺でさえ察することができたのだ。


「俺は、異世界に転生しちまった……のか?」


 異世界だの転生だの言われても昔の俺ならば笑い飛ばしていたさ。

 けれど、冥界みたいな空間で転生の話を聞き、更にこの現状を身をもって経験した後では信じる外に選択肢はないと思えた。


「もぉぅ何よぉ。それならそうと最初から言ってくれれば良かったのにん」


 狼狽うろたえる俺とは対照的に、鶏は全く平然としてそれを受け入れていた。


「ボーイも大変ねぇ。転生……それも異世界にだなんて、きっと慣れない事ばかりで苦労するでしょうけど、とにかく頑張りなさいよっ!」

「ちょちょ、ちょっと待て! それこそ俺は可笑おかしな事を言ってるんだぞ⁉」

「ん? だって前世の記憶を持ったまま、この世界〈プリセフィナ〉へ間抜けな鶏として転生したのでしょう? きっと前世での行いがよっぽど悪かったのでしょうね」


 百点満点だよっ! 何なら限界突破で百二十点を……う〜あげちゃう☆


「いや、そうじゃない! いや、そうなんだけどそうじゃなくて……ああああああっ、何言ってんだ俺は!」


 激しく頭を上下左右に振って暴れる。


 この際、俺が異世界に転生したことは甘んじて受け入れよう。

 だが、このようなトンデモ現象が日常の一部であるかのような鶏の態度は、どう考えても異常であった。

 

「まあまあ、そんなに興奮しないの」

「……っ、ど、どうしてそんなに落ち着いていられるんだよ」


 混乱した俺に両肩を掴まれても、鶏は俺のを払って至って冷静に話を続けた。


「あら。逆に聞くけれど、ボーイはを通ってきたのでしょう? 転生場所が地球とは限らないわけだし、何か他に納得できる説明があるかしらん?」

 

「そ、それは……だ、だってほら、こんな鶏だし! 俺は本当は勇者になるはずで……」


 勇者と言ったら、世界を救う最強の剣士や大呪文を扱う魔法使い、時には一国の主人あるじになるのが相場であろう。それなのに今の俺は、勇者御一行のメンバーどころか善良な一市民ですらない。


 それでも、もし本当に転生した正式な結果がこの姿なのだとしたら――


「絶望的に運が悪いってことねん」

「はっきり言うな!」


 直視しないようにしてるのに……。

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