序章Ⅳ
「ははっ、よく分かったな。確かにこれは唐揚げじゃあない!」
「……」
「うぐっ……こ、この料理は竜田揚げといってだな、唐揚げと同格の食べ物なんだ」
「……たつた……あげ」
少女は口の中で転がすように、初めて聞くであろう料理の名前を繰り返した。ちょっと面白い。
「なんでも、その昔、とある人里で暴れ回る凶暴なドラゴンがいて、
俺は適当な身振り手振りを交えて制作時間一分足らずの昔話を語った。自分で作っておいてなんだが、何ともおバカな伝承である。
「……そう」
やはりというか何というか、少女の反応は酷く
少女を馬鹿にしたつもりはないのだが、期待を裏切られた上に並行展開した予想を愚弄されたと感じたのであろうか。もしそうなら、そりゃあ嫌にもなるか。
「あー……えっと、その……すまん」
逃げ場を失った俺は小さく謝罪すると、
「……強そうね」
「へ?」
少女の予想だにしない発言に俺は思わず
「……お肉……
驚く俺をよそに、少女は
サクッ、ザクッ、ジュワッ。
白い粉模様を描いた
「ど、どうだ?
「……ん」
小さく頷く少女。
相変わらず情感に
「口に合ったようで良かったよ、ほれ」
「……?」
「ナフキン。ここ、口元に衣が付いてるぞ」
「……ん」
少女は食べていた箸の手を止め、差し出された紙ナフキンを受け取ると口元の衣と唇についた油を軽く
「ウチはそろそろ閉店だし、ゆっくり食べな」
「……ん」
こくりと頷き食べる速度を落とした少女の姿を、俺は水を注いだグラスを置きながら
幼くも
透明感のある白い肌は、光を当てたら透けてしまうのではないかと思うほど。美しく、そして
彼女の奇異な特徴を挙げるとキリがないが、そんな中で何より目を
だけど――
こうして黙っていると彼女はまるで感情のない操り人形のようで、俺は
「……っと、ごめんごめん。もうご馳走様でいいか?」
「……ん」
驚いたことに、どうやら俺がボーっとしている間に食べ終わったらしい。気持ち程度に添えた千切りキャベツまで見事に完食した少女は、グラスを両手で包み込むように持って最後の一滴を喉元に運んでいた。
「ここまで綺麗に食べてもらえると作った甲斐があるな」
「……ん」
「……」
「……」
「暗いから気を付けて帰るんだぞ」
「……ん」
少女は立ち上がって軽く頭を下げると、てくてくと店の外へ。
「あっ……ちょ、ちょっと待って!」
俺は慌てて少女を呼び止め、レジの椅子の背もたれに掛けてあった自分のフード付きのコートを掴んで追い駆けた。
「ほら」
「……?」
コートを差し出された少女にはその行動が意味するところを理解できなかったようで、目をぱちくりさせながら俺の顔と上着とを交互に見つめるだけだった。
「はぁ……あのさ、そんな格好だと風邪引いちゃうだろ?」
少女の反応に
「……あ……かい」
少女は小さく何かを呟いて、ぶかぶかのコートの袖を自分の顔に持っていった。
……変な匂いしないよな?
「まあなんだ、腹が減ったらまたいつでも来いよ。次こそは、すっっっっげえ美味い唐揚げをご馳走してやるからさ」
「……ど……ん」
「……え?」
「……どらごん」
「どらごん? ……あ、ああ! そりゃあ勿論、竜田揚げだって気が済むまで好きなだけ食べていいぞ。ただし、次回までに名前を覚えてくるのが宿題な?」
「……ん」
少女はコクコクと頷くと、ゆっくりと背を向け、それから消えるように雪降る夜の街へと吸い込まれていった。
「うぅ……寒っ」
本日最後となるお客様を見送った俺は震える身体に
「……よし」
そして、最後に店の扉にきちんと施錠したのを確認してから、俺は必要な材料を
「……それにしても不思議な子だったな」
雪空の下を歩く俺の脳内は彼女のことでいっぱいだった。
「ま、とりあえず携帯とかは持ってなそうだから連絡先は聞けなかったけど……って、名前すら聞いてねぇよ⁉ んまあでも、俺なんかがあんな可愛い子と知り合えただけでラッキーだと思うべきか。それに、まずは美味しい唐揚げを食べさせてあげることが最優先かな」
そうしたら今度こそ彼女に笑ってもらえるかもしれない、そんな事を思った。
まだ見ぬ少女の笑顔を想像するだけで
俺は両の
「ようし、帰ったら早速準備を」
ドスッ――
何かが俺の胸を貫いた。
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