第214話捨てる神あれば

「おきなよ、いつまでも寝てないでさ」


意味は認識できるのに声として耳に入ってこない不思議なナニか。

そんなものをダイレクトに浴びせられ、エルピスは微睡の中にいた自分を無理やり叩き起こす。

警戒心を顕にしながら周囲の状況を探ってみれば、顔こそないので表情も見えないが楽しそうにしている創生神の姿が目に入る。


「起きなよっていうかこっちの方が夢でしょ。法国に向かう道中で連絡してくるんじゃなかったんですか?」


いまが何日で何時なのか。

思い出せるのは邪竜を倒して家に搬送されたところまでだが、それほど時間は経っていないように感じられる。

そんな中で創生神が夢の中に出てきた事はエルピスからしてみれば驚きだ。

期間的に言えば邪竜と戦闘した時に呼び出したばかりなので、それほど空いていないだろう。

そんなエルピスの予想を元にした言葉は創生神によって否定される。


「君が思っていたよりも重症だったからね。それと別に敬語使わなくてもいいよ、どうせ自分だしもう少し砕きなよ」

「まぁそう言うことなら……それで? 俺に隠してることって?」


どうやら口ぶりからして思っていたよりも自分は長い間寝込んでしまっていたらしい。

それがどれくらいの間かは分からないが、法国へ向かうまでにかかる日数は一週間程度と見込んでいたのでそれよりも眠ってしまっているのだろう。


「まぁまずは簡単な話からいこう。非常に分かりやすい話からだ」

「そんなに前置きされたら逆に怖いんですけど」

「気持ちはわかるが冷静に聞いてくれ。多分このままだと君死ぬ」

「……また急な話ぶっ込んできますね、理由は聞いても?」

「今回は大丈夫だよ。考えられる理由として最も可能性が高いのは内部からの崩壊だね。

森妖種の国で神格が上がって一度神の領域に足を踏み入れただろう? あれは本来もっと後、それこそ今回の邪竜との戦闘なんかで初めて発動する予定だったんだよ。

それを君が無理やりこじ開けたからああなってしまったんだ」


ああなった、と言われてもエルピス自身はその時の状況を何も覚えていないのでどうなったかはしらない。

だが身体がかつてないほどに死に近づいていたのは流石に理解していたし、その状況に再び近づいているとなると危機感も抱かずにはいられない。


「ああなってしまったんだと言われても……アレが原因で俺死ぬんですか?」

「直接的な原因はアレだろうね。対抗策はもう見つけてあるから問題がないといえば無い、だからこれは簡単な話だ。

法国に着いたら神に会うんだ、それだけで無事に終わる」


不安を表に出してどうすればいいかとオロオロしていたエルピスに対して、創生神は問題ないと切って捨てる。

何故そうなるか、教えてくれと聞くのは簡単だが法国の神にあえばどちらにしろ何が起きるかはその時わかるだろう。

あえていま聞く意味もないと判断したエルピスはそのまま話を進める。


「貴方がそういうならそうしますよ。それが俺が魔界にいる間に貴方がしていたことですか?」

「いや。そっちの方は後々の伏線だからね、気にしないでいてくれると助かるよ。

本当なら魔界で君は邪竜と一対一の末に鍛治神の権能を解放する予定だったんだけどね、破壊神のせいで予定が狂って仕方がないよ」


やれやれとばかりにため息をつく創生神に対して、エルピスは驚きと共に言葉を投げつける。


「称号が用意された段階からここまでの道筋は決められてたとでも?」

「──まぁね。獲得できる能力は自分で選んでおいたんだよ」


称号の解放条件から必要な称号、特殊技能ユニークスキルまで創生神の指定したものを使っているのだとすれば一つだけ気になる事がある。

この世界に自分を呼び出したのは破壊神と当てるため、それはエルピスも理解しているがクラスを巻き込んだ理由はなんなのだろうか。


「だとしたらもしかしてクラス転移は俺のせいって事ですか?」

「いや、そんな事はないよ。転生したのはこちら側の責任だけどね、彼等は本当に偶然に巻き込まれただけだよ。

少なくとも私の知る限りだとそのはずだ」


創生神の言っている事が本当だとするのならば、どれほど天文学的な確率でその事情が発生するというのだろうか。

追求しようとしたエルピスを制止し、創生神は話を続ける。


「それで話を戻せばここまでの展開は読み切っていた。

自分自身が器になる事は初めてだけど、数多ある並行世界の中で君みたいな状況になる人間がいないわけじゃないからね。

そこから傾向と対策である程度はどうなるかも判断がついていたよ。

さすがに周りにいる人間が誰かまで予測はつかなかったし、まさかセラやニルがいるなんて思っても居なかったけどね」


傾向と対策こそ創生神がエルピスに対して行っていた行動の一つである。

無数の世界で無数の人生を見てきた創生神からしてみれば、エルピスのいまの状況すらいつかどこかの世界であった事なのだ。

そこで失敗してしまった先人から学び、創生神はエルピスに対してこれくらいの能力であれば生きていけるだろうという能力を与えた。

六つの神の称号を手に入れさせる事がオーバーだとも思えるが、逆に言えばそれくらいしなければ生きていけない人生であると創生神は知っていたのだ。

事実エルピスは神の称号を持っていなければ何度か死んでいるだろう、与えられた力によってエルピスはいまも呼吸を続ける事を許されているに過ぎないのである。


「まぁつまりこちらが用意したのはあくまでも敵と自分の能力だけ。それ以外をなんとかするのは君自身ってわけさ、そこら辺は個人の感情というのを優先させてみたんだよ」

「とっとと隠してる秘密とやらを教えてくれたら楽なんだけどね。

まぁでもこれからも出来るだけの事はするけど」

「うーん、それがひっじょうに申し訳なくて怒られることを覚悟してることなんだけどさ、その話を今からするね」


創生神がわざわざ前置きするほどの事がなんなのか。

一瞬ドクリと心臓が嫌な鼓動を刻むが、それを無視してエルピスはなるべく平然を装いながら言葉を返す。


「いいよ別に、いまさら自分の事で驚愕の真実を語られても怒る気にもならないし」

「違うよ。君の恋人、アウローラちゃんが現在進行形で瀕死だ」


自分の事であればなんとかなるだろう、そう考えていたエルピスは創生神の言葉に一瞬思考を止めてしまう。

何故? どうして? 考えられる可能性をいくつか上げてみるが、最後に通信した時には少なくともレネスとエラがあの場にいたはずである。

妖精神の力を持つエラと仙桜種最強のレネス、それに始祖種が味方にいたというのに一体どうして瀕死になる様なことになるのか。

しかも現在進行形で瀕死? つまり一週間以上死と生の間をぶらぶらと揺れているということだ。

ニルとセラの回復魔法を持ってしても回復できないとすれば考えられるのはただ一つ──


「──ッッ!!」

「気持ちはわかる。だけどやめておいた方がいい、この世界で権能を使えば身体が耐えきれないよ、ここはあの世界とはまた別なんだ」


破壊神の信徒にエラが攻撃されたという可能性に頭が行きつきエルピスは怒りのあまり体をよじる。

破壊神の権能は基本的に使用者の練度が低いためそれほど脅威たりえない。

それが実際に信徒と戦ったエルピスの判断であり、実際のところエルピスはこれといって問題なく信徒を処理できていた。

だがそれも敵と認識している相手から撃たれた場合の話であって、不意打ちや裏切りによる攻撃であればエルピスも避けられるか怪しいところである。

アウローラに対して裏切り者の可能性を示唆していたエルピスは、ほぼ間違いなく裏切り者が始祖の中にいたのだと判断した。

事実その読みは当たっているのだが、いまさらその考えを出したところで既にアウローラが瀕死になってしまっているのだから意味がない。


「状況を説明してくれ」

「裏切り行為にあったアウローラちゃんは現在心臓を貫かれて妖精神の権能により身体の時を止められている状況だ。

権能によって縛られているから解かない限り死にはしないが復活させる方法は限られている」

「復活させる方法は? もちろん知ってるんだろ!?」

「あるよ。法国の神が持つ知識の中に祝福の消し方が載っている。

それをなんとかして手に入れることができれば彼女を助けることもできるだろう」


急からか創生神に掴みかかり般若の様な表情を浮かべるエルピスに対して、創生神は落ち着き払いながら言葉を返す。

表情の見えない彼だが、いまはどこか気まずそうや雰囲気が感じられた。


「……悪いと思っているよ、破壊神の手先については残念だけど誰かまで分からないんだ。

 ただ一つだけその代わりと言ってはなんだけどいいものを君にあげよう」

「いいもの?」

「街道を通る時に出会った人物を連れてそのまま法国の中心部まで行くんだ。

魔界を出るまであと一月はかかるだらうから、ゆっくりと転移魔法を使わず馬車で移動すればいい」

「それがいいものなんですか?」


ものというよりは状況だが、言葉尻を捕まえるつもりはない。

転移魔法を使用して法国まで行こうと思っていたエルピスは、創生神の提案に対して受け入れはするものの何故歩いていく必要があるのか気になっていた。

鳳凰が死ぬかもしれないと言われてどれくらいか、正直興味がなかったので無視していたがいまさらわざわざ時間をかける必要があるのかと言われると疑問が浮かんでくる。


「本当だったら捨てるルートだったんだけど、その方が#君にとって__・__#有利に働くからね。僕なりのお詫びさ」


君にとって有利に、という言葉は逆に言えば誰にとって不利に動くのだろうか。

信用はしているが結局のところ創生神も味方というわけではない、エルピスからしてみれば彼は中立の存在。

いつだって敵に回る可能性は考えられるのだ。


「それじゃあここら辺でさよならですね、また会うのを楽しみにしてます」

「次はアウローラちゃんがしっかりと治ってからにしてほしいね」


徐々に体を薄れさせていき世界へと溶けていく創生神の言葉に対して全くだとばかりにエルピスが頷くと、体が持ち上げられる様な感覚に襲われるのだった。

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