第189話最愛の妹

「父さんと母さんが死んだか……嘘だな」

「でしょうねぇ」


 場所は少し変わって組合の外、道路を歩きながら言葉を交わすのは二人の男女。

 両親の死亡記事、確かにこうして外に無造作に貼ってあるとその信憑性はかなり高い。

 冒険者組合は死亡しているかどうか不明な時は行方不明と書くことが大半であるし、死体の確認でもしない限りこういった類の記事が載せられることはそうそうない。

 だがこの記事は間違っていると強くエルピスは主張しよう。

 エラの場合は両親の力量に対する絶対的な信頼だろうが、エルピスにはこの記事を否定できるだけの根拠があった。


「父さんも母さんにも昔に貼った障壁があるからね。それが完全消失しない限り死んでないはず」


 もはや魔力の残滓しか残っていないので、正確な位置を知る為には目立つように神の力を使う必要があるが、それが貼られているかどうか判断する程度ならばそう難しいことではない。

 どこの誰がこんな紙を書いたのかと鑑定を使って調べていると、ふと背後から久々に感じる嫌な気配にエルピスはゆっくりと振り向く。


「──さて、そうなるとこの不敬極まりない紙を書いたゴミがいる訳ですが……」

「エラさん怖いんですけど…」

「そうは言いますがご両親が汚されたのですよエル。それは我々の誰かが殺されるのと同じくらい、いえそれ以上に憤怒するべき事です」


 執事やメイド達との生き死にと家族に対する暴言、どちらがエルピスの中で重要なことかと聞かれれば考えるまでもなく前者であろう。

 有名税、とまでは言うつもりもないが両親はエルピスから見てあれほどできた人間であるのにもかかわらず、文句を言われていることも少なくはない。

 ともすればそんな避けられないことよりも生き死にの方が大切なのは当たり前の話だ。


「いまさら気にしたところで無駄だと思うよ? アルヘオ家ってだけで文句つけてくる人も一定数いるし」

「──それは由々しき事態ですね。一から教育する必要があります」

「わー過激派だねぇ」


 怒りを隠そうともしないエラに対して、その怒りをほぐすように笑みを浮かべたエルピスが目的もなく街を歩いていると急に後ろから誰かがぶつかってくる。


「────っ」


 ぶつかられた事に気づいて視線を送れば、その時にはもういなくなっているほどの俊足。

 だが確かにエルピスの目にはその姿が捉えられた。

 身長は120かそこら、走っていくときの声と鑑定結果から年齢は10を過ぎたあたりの少年である。


「うわっ、足早」

「人にあたっておきながら何もなしですか、親の教育不行き届きですね」

「エラ、怒ってるのは分かるけど関係ない人にまで当たんない方がいいよ。」

「……すみません」


 エラにしては珍しく機嫌の悪さを隠そうともしないその姿は、それだけ今回の出来事に対して怒りの感情を持っていると言う事だろう。

 家に対しての忠誠心は大切なものだと思っているが、それでも自分たちの方を大切にしてほしいとエルピスは考えている。


「いいよ全然、俺の方が他人に当たるからあんまり人のこと言えないしね」


 八つ当たりの頻度で言えばエルピスとエラなら圧倒的にエルピスの方が多い。

 そんな自分がエラに対してかける言葉などこれ以上はない、そう判断したエルピスは話を切り替える。


「─っていうか財布取られた」

「な! 先程の子供が?」

「だねぇ。人のもの取るなんて悪いことするよ本当に」


 ぶつかったその時に上手くズボンに入れてあったポケットから財布を取られたことを言うと、やわらぎ始めていたエラの表情は改めて硬くなる。

 盗神の称号を持つエルピスが物を盗まれるとは面白い冗談だ、神が己の司る事柄で他人に負けていては笑うしかないだろう。


「何を笑ってるんですかエル、取り戻しに行きますよ」

「大丈夫だよ。ほら見てて」


 もはや背中すら見えないほどに逃げていった少年を前にして、だが神は随分と呑気な構えをとっている。

 驚くエラに対してなんのことはないとばかりに微笑みかけながらエルピスが手を叩くと、エルピスが取られたはずの財布がいつのまにかその手の中に現れていた。


「はいっ。マジック成功」

「転移魔法ですが?」

「そ。忘れ物しやすいから持ち物には全部魔力をつけてあるんだ、だから転移させて手元に戻すくらいなら分けないよ」


 人間が現在学問として学んでいる転移魔法の常識では到底考えられない行動、だが魔神であるエルピスにしてみればこの程度児戯にも等しいことなのだろう。

 帰ってきた財布の中身を見て何も取られていないことを確認したエルピスは、今度は取られないようにと収納庫ストレージの中に財布を大切にしまっておく。

 そうして再び歩き出そうとしたエルピスに対してエラは少し冷たく声をかけた。


「エル、確かに物は帰って来たけれど、これじゃああの子はいつまで経ってもあのままよ?」

「……エラは優しいね。俺は正直あの子がどうなってもいいよ。

 誰だって助けられると思うほど自惚れたつもりはないし、罪を改める手伝いをしてあげるほど優しくも成れない」


 エルピスの事を呼び止めたエラの胸の内にある感情、それはもちろん理解できるがそれをしてあげられるほどエルピスは優しくない。

 間違いを犯したからこそ、その間違いを指摘してあげるのが大人の役目ではあるが、この世界で旅人から物を盗んで生計を立てている人物がどれだけいることか。

 その全てに親密になって注意しながら他のことでも生きていけるようになるまで見てあげることは、エルピスにとってできないことではないがしなければならない事でもない。

 そんな意味を込めて言葉を返したエルピスに対して、エラはただ辛そうな表情を見せた。


「確かにそれもそうね。私もイロアス様に助けてもらう前はあんなだったから、同情してしまったのかもね」

「おっと、そうくる? ズルくなったねエラ」

「私は元から狡い子ですよ」


 助ける気はなかったが、エラが助けてほしいと言うのであれば助けるのが男気か。

 それにあの少年、気になることもあった。


「まぁそこまで言うなら仕方ない。ただ俺のやり方に付き合ってもらうよ?」

「ええ。それはもちろん」


 /


 ただひたすらに、前へ前へと。

 己の命を繋ぐ為に少年はひたすら前に走る。

 けして人通りは少なくない時間帯、しかもわざわざ先程から何度か無茶をして大通りに出て助けを求めているにもかかわらず誰も助けに来ないのは、少年を追いかける男の種族が原因だった。

 金の髪を振り乱し瞳孔を細めて走る男の種族は半人半龍、この世界で手を出してはいけないハーフの代表格である。


「はぁっ、はあっ!」


 いままだ捕まっていないのは自分の方がこの街に詳しいから──そんな淡い希望を抱きながら男の子はひたすら走る。

 追いかけられている理由に心当たりはある、そしてそれは間違いなく自分の責任、なら捕まればどうなるかくらいは想像に難くない。


「ここなら──っ! 嘘だろ!?」


 原住民ですら知らない秘密の抜け道をいくつも抜けて、どの場所からも完全に死角になる場所にたどり着いた少年はあまりの出来事に言葉が詰まる。

 絶対に来れないはずの場所、どう頑張っても今日来たばかりの旅人が来れるような場所ではない。

 それなのに自分よりも早くその場所にいたことが何より恐怖である。


「ほら逃げろ逃げろ! 俺様が捕まえたら食ッちまうぞ!」


 そんな声が聞こえてきたときにはすでに逃走を開始している。

 実際の戦闘になったところで少年の勝率は万に一つ、それに少年の目的は戦うことではなく逃げる事にある。


「なんだよあいつら! 全然追っかけてくるじゃんか!」


 そう悪態をつきたくなるのも仕方のないことだろう。

 話では追いかけてはこないはずだった、なのにあのしつこさはどうか。

 大通りに入ると見せかけて咄嗟に路地裏にはいった少年は、息をひそめて追跡者たちをやり過ごすためにその体を微塵も動かさずただただ時をやり過ごそうとする。

 だがそんな行動は無意味でしかない、技能が存在する世界で身をひそめるのは何もせずにただ立っているのとそうは変わらないのだから。


「ここなら──!!」

「──捕まえた、っと危ないじゃないか」


 死を予感してしまう声に咄嗟にナイフを取り出した少年は威嚇のために軽く振るうと再びその場から走り去ろうとする。

 だがいつの間にか背後からやってきていた人物に捕まり、少年は逃げ道を完全に塞がれた形になる。


「よく逃げてくれたね」

「ふんっ」

「態度悪いな。まずは自己紹介を。二つ名を龍帝、冒険者組合公認の最高位冒険者だ」


 最高位冒険者、その名前を聞いてほんの少しだけ少年の心に安心感が湧き上がる。

 冒険者ということはつまり冒険者組合のルールに基づいて生きている人間だと言うことで、最高位冒険者の事をただ強い冒険者であるとしか認識していない。

 だからこそ少年は最高位冒険者が冒険者組合のルールに縛られた存在であると信じて疑わず、冒険者としてのプライドに対して言葉を投げかける。


「最高位冒険者様が俺みたいなガキに大切な財布盗まれるなんて飛んだ大間抜けだな!」

「あァン!?」

「ひいぃ」


 少し調子づいて言葉を投げかけてはみるものの、こうして半人半龍に威圧されてしまうと気圧されるのは仕方のない事だ。

 それに対してエルピスは笑みを浮かべるだけである。


「確かに盗まれたね、見事なものだったよ。それで君の取った財布はどこにある?」

「教えるわけがないだろバカ! 逃げる途中に隠してやった!!」

「まぁここにあるんだけど……どうしたの? 顔色悪いよ?」


 なんで──?

 隠したはずだ、確実にバレないように移動中にそれとなく隠してきたはずである。

 あれは少年にとっての命綱、それがあるからこそここまで自信を持って行動できたのだ。

 いまとなっては少年の命を守ってくれるものはそう多くない。


「なんでそれがここに──そんな顔だね」


 にやりと浮かべる笑みは先程までと比べて随分と暗さを含んでいる。


「いや確かに隠した場所は良かったよ。まさかトイレの中にぶち込まれてるとは思わなかったからね、なんか複雑な気分になったし」


 取り出した財布からはいやな臭いが漂っており、排泄物こそ処理されたようだが臭いはまだ対処されていないようだ。

 転移魔法を用いて改めて財布を少年のポケットに戻したエルピスだったが、便所に捨てられる事を知っていたのならさすがに偽物を転移させていた。

 まったくしてやられた、そう口にしながらもエルピスは少年が待っているだろう言葉を投げかける。


「君がいま考えていることを当ててやろうか? 殺される。そうだろう?」


 少年は頭を縦にぶんぶんと振るう。

 命綱が無くなれば後は生殺与奪の権を握っている人物に媚びるしかない。

 そう思い少年が言葉を投げかけようとすると、エルピスはそれをなんの意図からか阻止する。


「ああ喋らなくていい。フィトゥス、口枷を」

「はい」

「そう怯えるなよ、最高位冒険者を馬鹿にして財布を盗みあまつさえ取引をけしかけただけだ、どうにかなると思っていないだろう?」


 事実上の死刑宣告と共に首筋にかけられた手の感触で少年はびくりと身体を跳ね上げる。

 両の目から流れ落ちていく涙は後悔の証、だがもはやそれも遅い。

 だから公開するのではなく少年は感情ではなく理屈で自らの助命を求める。


「うめかれるとうるさいな、フィトゥスやっぱ外してあげて」

「──ぷはっ! 冒険者が一般人を殺したら評議会が黙ってないぞ!」

「評議会? なにそれ」

「創生神によって作られた始まりの魔物達に寄って作られた魔界の統治組織です。呼び名は多数ありますが評議会か委員会、老人会なんかがもっぱら使われてますね」

「老人会だけは使うやつ少ないのが明確に分かる説明ありがとう。それでその人達が俺になんて?」


 興味を持ってくれたのなら第一段階は成功だ。

 後は評議国の脅威を目の前の人物に伝える事ができたら目的は達成される。


「評議会はルールを重んじる組織だ! こんなこと許されないぞ!」

「ルールを守るには力がいる。ルールを破るのにも力がいる。そして俺は力を持ってる、君は持ってないおーけー?」


 それは評議会を堕とせるというあまりにも傲岸不遜な物言い、しかしてそれはあまりにも現実には慣れていながら現実に最も近いと思わせるだけの自信を含んでいた。


「――貴方達それ以上は許さないわ!」

「とうっ!」

「これは――煙幕ですか、見にくいですねー」

「これは燃草の煙幕かァ? 小さい頃によくやッたなぁ」


 ついに命は絶えてしまうのかと思えてしまうほどの、かつてない程の死への急接近であったが少年の命はここに無事明日も生きながらえる可能性を見つけ出す。

 の金色の髪を携えて大人を前にして一歩も引かないその少女は、少年がここに来るまでずっと助けを求めていた相手でもある。

 半人半龍の少女は武器を手に取りながら少年をかばうようにして前に出るとエルピス達に対してにらみつけた。

 瞬時にお互いの力量を理解できる当たりこの魔界の地でも生き残れるだけの生存本能は備わっているのだろう、それはエルピスにとって何よりもうれしいことだ。


「お、おやぶん!」

「親分って呼ぶのやめなさいって何度も言ってるでしょう!? アンタはとりあえず転移で退避よ」

「救出完了しました」

「よくやったわ」


 さて、転移魔法を用いて逃げてしまった少年の代わりに現れたのは、5人組の少年少女たち。

 武器や装備といったものはお世辞にも良いものであるとは言えないが、それなりにはこの世界で戦闘経験を積んできたことがわかる程度に使い古されていた。

 冒険者組合の指標で言えば全員で白銀、王国にいたころの灰猫の一つ下くらいの実力に当たる。


「──やっぱり予定どうりみたいだね」

「やッぱりこれそうだよな?」

「そうですねこれは。エルピス様いま20とか21ですよね」

「え? 俺もうそんな年齢?」

「てっきりフィトゥスさんなら正確に覚えてるもんかと」

「二百歳超えると歳感覚とかなくなるんだよ」


 かつての事、自分が10歳の誕生日を迎えてから少ししていた時の事を思い返しながら、相手に聞かれないほどの小さな声で男たちはそれが共通の認識であることを確認していた。

 その間にも少女は男たちに対して今回の件についての説明を行っているが、残念ながら少女の言葉よりも今は共通認識の確認の方が重要項目なのである。


「──って事よ!」

「えーっと。アーテ聞いてた?」

「俺様は……ニイさんは?」

「キモい呼び方すんな。ちなみに聞いてなかった」


 普段ならフィトゥスと呼ぶアーテがわざわざそんな呼び方をしたのはひとえに気遣いから、ただそんな気遣いは無駄でしかないといえばそれはそうなのである。


「まぁそういう訳なので。申し訳ないがもう一度」

「分かりました。もう一度説明しますのでちゃんと聞いてください」


 お願いすればもう一度話してくれる辺り元の性格は良い子のだろう。


「はっきり言って貴方達の対応はやりすぎです。自警団のメンバーとして到底見過ごせる物ではございません」

「あー、自警団のメンバーが泥棒してたのはどうなンだ?」

「アーテそれ言っちゃう?」

「あーあ、泣かせましたねこれは」

「泣いてないもん!」


 正論で、少なくともエルピス達ははそう思っている理論を問いかけると、少女は目を白黒させながらそう言葉を落とす。

 そう言葉を返されるとは思っていなかった、そんな反応にエルピスはなんとなく今回の事情を察する。

 あまりにも幼稚な手段でありそれを計画と呼ぶことすらおこがましいと言ってしまってもよいのかもしれないが、10歳になったばかりである少年少女たちが考えられる計画などこれくらいが限度なのかもしれない。

 騙されてあげることは簡単である、だが騙されてあげた結果それが通用する手段であると誤認されてしまうのは問題だ。


「あの子が貴方を狙ったのは外からやって来た貴方が貴方が善良な人かどうかを判断するためです!」

「それで盗みを? 街頭アンケートを装って旅の目的を聞けばよかったんじゃ?」

「うっ!」


 計画の稚拙さを指摘したうえで、新たな計画の提案。

 大人を相手にするのであればそれも有効な手法かもしれないが、子供を相手にするのであれば少々間違ったアプローチであると言わざる負えない。


「人の本性は悪い事をしている時こそ出るものよ! だからこれが一番良い方法なの!」

「んー、なら100%善意で教えてあげよう。いつかそれ誰かが死ぬよ?」


 強情になってしまう少女に対してエルピスは現実を押し付ける。

 夢を語るのは子供の仕事ではある、だがこの世界では10歳が成人であることを考えるといまだに夢を語らせ続けるわけにはいかない。


「たとえば俺があの子がモノを盗んだ瞬間に背中を斬りつけていたら、君は何かできたの?」

「そ、それは」

「いままで運良く悪い人と出会わなかっただけ。運が良かったね?」

「もし悪い人に捕まってもお兄ちゃんが助けに来てくれるもん!」

「お兄ちゃん?」

「そうよ。貴方と同じ最高位冒険者の、世界で一番かっこよくて強い私のお兄ちゃんの手にかかれば貴方なんてすぐに倒されちゃうんだから」


 想定外の角度からやってきた憧れを含んだ期待という精神攻撃、それはエルピスの体に突き刺さると見事に致命傷を与える。

 邪神の障壁ですらもはじくことのできない強敵であり、下手をすれば海神以来の強敵の出現にエルピスは膝を折ってしまう。


「うっ!!」

「おッ! これは致命傷だなァ!!」

「馬鹿何喜んでんだ、悲しめ」

「痛い痛い!」

「ちゃんと話を聞いているのですか!」


 さながら中学生のようにふざけ倒す三人に対して、少女はいたって真面目な顔で言葉を投げる。

 明確な子ども扱いともいえるその行動の原点となっているのは、やはり何といっても少女が何者であるかエルピス達が知ってしまっていることに起因している。

 どう扱おうかと頭を悩ませていたエルピス達だったが、ふと路地にやってくる新たな気配を感じてそちらの方を振り返ると苦い顔をした。

 アルへオ家の召使いの中でも最古参、両親直属の召使いでありその実力はフィトゥスやリリィを凌駕する。


「そろそろネタバラシの時間でよろしいでしょうか?」

「うっわやな人来た」

「ペディ! 来てくれたのね! この人達を懲らしめてあげて!!」


 同じ家の同じ血を継いでいる人間であるにも関わらず、見せる対応に差があるのはエルピスにはペディに対してのトラウマがあるからだろう。

 闇のように暗くなっていくエルピスの表情に対して少女の表情はさながら朝の木漏れ日のように光り輝いている。


「フィア様、残念ながらそれは不可能です。この方達は私よりよほど強いので。それにおっしゃっていることも間違いではありませんし」

「なンだこのおばさん──ギブギブ!!」

「アルヘオ家きっての武道派であるへリア先輩の師匠だぞその人」

「もうちョい早く言ッてくれねェか!?」


 締め上げられて辛そうな表情を浮かべるアーテだが、エルピスからしてみれば自分がそうなっていてもおかしくなかったのでそれを助けてあげることは残念ながらできはしない。


「ペディまで私の事をダメだって言うの?」

「フィア様、間違っている事を間違っていると教えるのも私の役目です。どうか受け止めてください」

「……ん、分かった」

「良い子だなぁ」

「ですねぇ」


 涙を浮かべて辛さを隠そうともしないフィアに対して、ペディは少しだけ辛そうな顔を見せると優しく抱きしめる。

 それはまるで姉妹のような姿であった、種族こそ違えどそこには確かに愛がある。

 共にその姿を眺めるフィトゥスとエルピスもやはり兄弟のような親しさがあるのだが、それは側から見なければ分からない事だ。


「試すような真似をしてすみませんでした」

「良いんだよ別に。怒ってるわけじゃないしね、あの子に盗みが悪い事だって事を教えるために一芝居打ってただけだし」


 少女──妹であるフィアからの謝罪を受け取ると、エルピスは今日初めてフィアに対して微笑みを見せる。


「お優しい方なんですね。失礼を働いたのはこらちですし、屋敷にご案内します。ぜひ着いていらしてください、ペディ、よろしくって?」

「ええ、もちろん」

「それでは着いていらして!」


 こちらを一瞥し拒否する気はなさそうだと判断したのか、フィアはエルピス達が何か口にする前にそそくさとこの場を後にした。

 残されたのはエルピス達とペディのみ、フィアと一緒にやってきていた少年少女達は気まずかったのかいつのまにか居なくなっている。


「えっ? 俺が誰かの説明なし?」

「どうせならバレるまでそのままにしていかれては?」

「絶対さっき嫌なやつって言ったの怒ってるよね、謝るから。謝るから!」


 トラウマの元凶を前にして謝罪の言葉を口にするのは癪に触ることではあるが、それが妹との橋渡しになるのであればエルピスは悪魔とだって契約できる。

 だがそうして後を追いかけるエルピスに対して、ペディは微笑を浮かべると言葉を発さずに路地を抜けていく。


「エルピス様女性関連本当にロクな事にならないな」

「俺様はあァはならないように気をつけねェとな」

「だな」


 二人の従者はそんな主人の背中を見つめながら言葉を軽く交わすと、問題ごとばかり巻き込まれる主人の元へと駆け出していく。

 かくしてエルピスは最愛の妹との出会いをこの地にて達成させた、偶然と言うにはあまりにも出来すぎたそれ、だがこの時ばかりはその幸運に感謝してもしきれない。

 最愛の妹との出会いはこうして幕を閉じたのであった。

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